目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

星と陽向。

そして。

私。

三人で撮った写真。

撮影から数日が経っても。

私は。

何度も。

その写真を見ていた。

画面の真ん中には。

笑っている星。

その隣に。

陽向。

そして。

一ノ瀬紗良の姿をした私。

「……不思議」

どう見ても。

普通の記念写真。

だけど。

私にとっては。

ありえなかったはずの一枚。

前の人生で。

私が大好きだった人。

前の人生で。

私が何より大切にしていた娘。

その二人と。

今の私。

「……宝物だな」

小さく呟く。

すると。

スマートフォンが震えた。

陽向。

『その写真また見てる?』

「……何で分かるの?」

思わず。

声が出る。

『見てる』

と返すと。

すぐに。

『やっぱり』

『昨日も見てたじゃん』

『だって嬉しいんだもん』

送信。

数秒後。

『俺も保存してる』

「……え?」

思わず。

画面を見つめる。

『陽向も?』

『うん』

『なんで?』

返した瞬間。

電話が鳴った。

「もしもし」

『なんでって何?』

「だって」

私は。

ソファに座る。

「陽向には普通の写真でしょ?」

『普通じゃないけど』

「どうして?」

少し。

間があった。

『彼女と』

「うん」

『彼女が一番大事にしてる娘と』

「……」

『初めて三人で撮った写真だろ』

胸が。

きゅっとなる。

「……そういう言い方」

『何?』

「ずるい」

『なんで』

「好きになるから」

言ってから。

気づく。

もう。

好きだった。

電話の向こうで。

陽向が笑う。

『もう好きじゃん』

「……そうだった」

『忘れんなよ』

「ふふっ」

笑う。

その瞬間。

頭の奥に。

チクリと。

小さな痛みが走った。

「……っ」

『美月?』

「え?」

『どうした?』

「ううん」

私は。

こめかみに触れる。

「ちょっと頭痛いだけ」

『大丈夫?』

「うん。これくらいなら――」

言いかけた瞬間。

痛みが。

一気に。

強くなった。

「……っ!」

スマートフォンが。

手から滑り落ちる。

『美月!?』

陽向の声。

遠くなる。

視界が。

白く。

染まっていった。

◇◇◇

雨。

また。

雨だった。

「……ここ」

知っている。

紗良の。

事故の日。

車の中。

ハンドルを握る。

紗良の手。

スピーカーから。

ASTERの曲。

紗良は。

泣いていた。

『もう』

『終わりにしよう』

以前にも。

見た記憶。

『陽向のこと』

『ずっと好きだった』

『でも』

『これで最後』

胸が。

苦しい。

私は。

また。

あの事故を見るの?

そう思った。

でも。

違った。

今度は。

記憶が。

もっと前から始まっていた。

◇◇◇

事故の日。

数時間前。

紗良は。

一人で。

ある神社にいた。

「……神社?」

私は。

紗良の目を通して。

境内を見る。

夕方。

人は。

ほとんどいない。

仕事帰りなのか。

紗良は。

帽子を深くかぶっていた。

賽銭箱の前。

紗良が。

手を合わせる。

『……何お願いしてんだろ、私』

自嘲するような。

心の声。

『もう三十四歳なのに』

『神頼みなんて』

でも。

目を閉じる。

そして。

願った。

『陽向が』

『幸せでありますように』

胸が。

痛んだ。

やっぱり。

最後まで。

自分じゃない。

陽向の幸せ。

でも。

少しして。

紗良は。

もう一度。

ぎゅっと。

手を合わせた。

『……あと』

声にならない。

心の中だけの。

願い。

『もし』

『許されるなら』

『私も』

少し。

幸せになってみたかった。

「……」

その言葉に。

胸が。

震える。

日記と。

同じ。

――自分も幸せになりたい。

紗良は。

最後の日。

本当に。

そう願っていた。

『誰かを好きになって』

『その人に』

『好きって言ってもらって』

『怖がらずに』

『ちゃんと手を伸ばして』

『そういう人生』

『一回くらい』

『生きてみたかったな』

涙が。

紗良の頬を伝う。

『……次があるなら』

『今度は』

一度。

息を吸う。

『自分の気持ちを』

『ちゃんと大事にできますように』

その瞬間。

風が。

吹いた。

神社の木々が。

ざわっと揺れる。

そして。

紗良は。

目を開けた。

◇◇◇

場面が。

変わる。

同じ頃。

別の場所。

「……え?」

今度は。

紗良の記憶じゃない。

見覚えのある。

家。

私の。

前の家。

「どうして……?」

これは。

私の記憶?

その日の。

事故に遭う前。

私は。

洗濯物を畳んでいた。

テレビから。

ASTERの曲が流れている。

星が。

近くにいる。

『ママ』

『ん?』

『また陽向くん見てる』

『いいでしょ』

『好きだねー』

『好きだよ』

私は。

笑っていた。

星も。

笑っている。

そのあと。

子どもたちの声。

家の中。

生活音。

確かに。

幸せだった。

なのに。

ふと。

一人になった瞬間。

私は。

ため息をついた。

『……疲れた』

小さな。

誰にも聞こえない声。

『なんか』

『全部』

『私じゃなくてもいいのかな』

胸が。

締めつけられる。

覚えている。

私は。

何度も。

そう思った。

母親だから。

妻だから。

嫁だから。

やるべきことがある。

求められることがある。

でも。

高瀬美月として。

私は。

誰に。

必要とされているんだろう。

『……一回くらい』

昔の私が。

小さく呟く。

『誰かに』

『美月だから好きって』

『言ってもらいたかったな』

「……っ」

今の私の。

涙が。

溢れた。

覚えていなかった。

こんなこと。

思ってたんだ。

いや。

たぶん。

思った直後。

自分で。

打ち消した。

子どもがいる。

夫もいる。

何を言ってるの。

贅沢。

そんなふうに。

自分の気持ちを。

なかったことにした。

でも。

確かに。

私は願っていた。

役割じゃなく。

私自身を。

見てほしいと。

◇◇◇

再び。

紗良。

車の中。

雨。

事故の直前。

紗良の心に。

さっきの願いが。

残っている。

――次があるなら。

――自分の気持ちを大事に。

そして。

同じ時刻。

私は。

雨の中。

外にいた。

事故。

光。

ブレーキ音。

二つの場所で。

ほとんど同じ瞬間に。

命が。

消えようとしている。

その瞬間。

不思議なことが起きた。

真っ暗な。

何もない場所。

私は。

そこにいた。

身体はない。

ただ。

意識だけ。

「……ここは?」

遠く。

誰かがいる。

女性。

「……紗良さん?」

一ノ瀬紗良。

事故前の。

彼女。

でも。

これは。

記憶?

そんなはずない。

私は。

このとき。

紗良を知らない。

紗良も。

私を知らない。

なのに。

二人は。

向かい合っていた。

紗良が。

私を見る。

とても。

疲れた顔。

でも。

どこか。

優しい。

『あなたも?』

「え?」

『帰りたい?』

その言葉で。

子どもたちが。

浮かぶ。

星。

他の子どもたち。

「帰りたい」

私は。

すぐに答えた。

「子どもがいるの」

「帰らなきゃ」

「私、ママだから」

紗良が。

少し。

悲しそうに笑う。

『そっか』

「あなたは?」

私が聞く。

『私?』

紗良は。

少し考える。

そして。

遠くを見る。

そこには。

陽向の姿が。

見える気がした。

『……会いたい人はいる』

「じゃあ」

『でも』

紗良が。

笑う。

『もういいかな』

「え?」

『いっぱい好きだったから』

涙が。

一滴。

落ちる。

『次は』

『違う誰かに』

『ちゃんと幸せになってほしい』

意味が。

分からない。

「誰?」

紗良が。

私を見る。

そして。

なぜか。

その目が。

とても。

優しかった。

『あなた』

「……私?」

『うん』

『あなた』

『すごく帰りたそうだから』

「待って」

「どういう意味?」

紗良が。

私へ。

手を伸ばす。

『私の身体』

『まだ』

『生きられるかもしれない』

「……」

『もし』

『あなたが使えるなら』

「待って!」

私は。

首を振る。

「そんなのダメ」

「あなたの身体でしょ?」

『うん』

「あなたが戻ればいい」

『……私は』

紗良の表情が。

少し。

寂しくなる。

『もう』

『戻れないみたい』

「そんな……」

『でも』

紗良が。

また笑う。

『お願いがある』

「……何?」

『陽向に』

胸が。

ざわつく。

この時。

私は。

天城陽向を知っている。

最推し。

でも。

なぜ。

紗良から。

その名前が出るの?

『ごめんって』

『言わないで』

「え?」

『私が勝手に好きだっただけだから』

『気づかなかったこと』

『あの人が悪いわけじゃない』

「……」

『それから』

紗良の姿が。

少しずつ。

薄くなる。

「待って!」

『もし』

『あの人が』

『あなたを見てくれる日が来たら』

「……?」

紗良が。

本当に。

幸せそうに。

笑った。

『逃げないで』

「え?」

『私みたいに』

『自分から諦めないで』

「紗良さん!」

私は。

手を伸ばす。

でも。

届かない。

『だって』

最後に。

紗良が言った。

『あなたも』

『幸せになりたかったんでしょ?』

「……っ」

光。

一気に。

視界が。

白くなる。

『だったら』

『今度は』

紗良の声。

『ちゃんと』

『自分のために生きて』

そして。

最後。

とても。

小さな声。

でも。

はっきり。

聞こえた。

『私の分までじゃなくて』

『あなたの人生を』

◇◇◇

「……っ!」

目を開ける。

天井。

リビング。

床。

私は。

倒れていた。

「美月!」

陽向の声。

「……陽向?」

顔を上げる。

玄関のほうから。

ものすごい勢いで。

陽向が入ってくる。

「大丈夫!?」

「なんで……」

「電話!」

そうだ。

通話中だった。

スマートフォン。

床に。

落ちたまま。

「急に返事なくなるから!」

陽向が。

私のそばに。

膝をつく。

「救急車呼ぶ?」

「待って」

「でも!」

「違うの」

私は。

陽向の腕を掴んだ。

「見た」

「何を?」

「紗良さん」

陽向の顔が。

止まる。

「……紗良?」

私は。

何度も。

頷いた。

涙が。

止まらない。

「最後の」

「たぶん」

声が。

震える。

「最後の記憶」

◇◇◇

ソファ。

私は。

陽向の隣で。

さっき見たことを。

全部。

話した。

神社。

紗良の願い。

私自身が。

事故前に願っていたこと。

そして。

あの。

真っ暗な場所。

「紗良が」

陽向が。

呆然と。

呟く。

「美月に」

「身体を?」

「……うん」

「でも」

私は。

首を振る。

「本当にあったことかは分からない」

「……」

「夢かもしれない」

「私の頭が」

「今まで見た記憶を」

「勝手に繋げただけかもしれない」

科学的には。

何も。

説明できない。

でも。

あの感覚。

あの声。

あの表情。

私は。

知っている。

あれは。

紗良だった。

「最後に」

陽向が聞く。

「紗良」

「何て言った?」

私は。

涙を拭う。

「私の分までじゃなくて」

「……」

「あなたの人生を」

陽向が。

下を向いた。

「……紗良らしい」

小さく。

笑う。

でも。

その声は。

震えている。

「最後まで」

「自分のことじゃなく」

「人のこと考えて」

「……うん」

陽向の目から。

涙が落ちた。

私は。

初めて。

陽向が。

紗良のために。

静かに泣くのを見た。

「俺」

「うん」

「一回も」

陽向が。

拳を握る。

「ちゃんと聞いてやれなかった」

「……」

「寂しいとか」

「辛いとか」

「好きだとか」

「何にも」

「気づかなかった」

私は。

陽向の手に。

そっと。

自分の手を重ねた。

「紗良さん」

「陽向を責めてなかったよ」

「……」

「言ってた」

「気づかなかったこと」

「陽向が悪いんじゃないって」

「……」

「だから」

私は。

陽向を見る。

「もう」

「自分を責めなくていいんじゃないかな」

陽向が。

目を閉じる。

涙が。

また。

落ちる。

「……ごめんな」

小さな声。

誰に?

たぶん。

紗良に。

でも。

そのあと。

陽向は。

もう一度。

呟いた。

「ありがとう」

今度は。

少しだけ。

笑っていた。

「美月を」

「ここに残してくれて」

胸が。

大きく。

鳴った。

「……陽向」

「俺」

陽向が。

私を見る。

「紗良に戻ってきてほしいって」

「ずっと思ってた」

「うん」

「美月に」

「返してくれって」

「言ったこともある」

胸が。

少しだけ。

痛む。

でも。

もう。

あの頃とは違う。

「でも今」

陽向の手が。

私の手を。

握る。

「美月が」

「ここにいてくれてよかったって」

「思ってる」

「……」

「それって」

「紗良に悪いのかなって」

「ちょっと思ってた」

私も。

同じ。

陽向と幸せになるたび。

紗良に。

申し訳ないと思っていた。

「でも」

陽向が。

少し笑う。

「紗良が」

「自分の人生を生きろって」

「美月に言ったなら」

「……うん」

「俺たち」

「幸せになってもいいのかな」

涙が。

溢れた。

私は。

何度も。

頷いた。

「……うん」

「なろう」

初めて。

言えた。

「幸せに」

「なりたい」

陽向の目が。

少し。

揺れる。

そして。

柔らかく。

笑った。

「うん」

◇◇◇

しばらくして。

私は。

ふと。

鏡を見た。

そこに。

映っている。

紗良の顔。

今まで。

何度も。

思った。

これは。

借り物。

私は。

この身体を。

奪った人。

でも。

もし。

あの記憶が。

本当に。

最後の紗良の想いなら。

「……紗良さん」

私は。

鏡へ向かって。

小さく呼ぶ。

「ありがとう」

もう。

ごめんなさいではない。

ありがとう。

「私」

胸に。

手を当てる。

「生きるね」

「あなたの代わりじゃなくて」

「私として」

陽向が。

隣に立つ。

鏡の中。

私と。

陽向。

紗良の顔で。

美月として。

陽向の隣にいる。

不思議。

でも。

もう。

それを。

否定しなくていい気がした。

「……陽向」

「何?」

「一つだけ」

「うん」

私は。

少し。

恥ずかしくなりながら。

言った。

「この前」

「うん」

「キス」

陽向が。

固まる。

「……え?」

「しようとしたでしょ」

「……はい」

急に。

敬語。

「私」

頬が。

熱くなる。

「紗良さんの身体だからって」

「止めた」

「……うん」

陽向も。

少し。

顔が赤い。

「でも」

私は。

自分の胸に。

手を置く。

紗良の言葉。

――逃げないで。

――自分のために生きて。

「今は」

「……」

陽向を見る。

「逃げたくない」

陽向の目が。

大きくなる。

「美月」

「でも!」

慌てて。

付け足す。

「今すぐしろって意味じゃなくて!」

「……」

「心の準備とか!」

「……」

「そういうのもあるから!」

陽向が。

下を向く。

肩が。

震えている。

「……笑ってる?」

「あははっ!」

「陽向!」

「だって!」

「私すごい真剣なのに!」

「ごめんごめん!」

陽向が。

笑いながら。

私の手を握る。

「分かった」

「何が?」

「待つ」

少し。

悪戯っぽく笑う。

「美月が」

「キスしていいよって言うまで」

「……」

言葉にされると。

ものすごく。

恥ずかしい。

「やっぱ今のなし」

「なしにはできません」

「陽向!」

笑う。

私も。

結局。

笑ってしまった。

そのとき。

ほんの一瞬。

鏡の中。

私の後ろに。

誰かが。

立っているような気がした。

長い髪。

綺麗な女性。

一ノ瀬紗良。

「……?」

振り返る。

誰もいない。

「どうした?」

陽向が聞く。

私は。

もう一度。

鏡を見る。

そこには。

私と。

陽向だけ。

でも。

不思議と。

怖くなかった。

むしろ。

胸の奥が。

温かい。

「……ううん」

私は。

小さく笑う。

「何でもない」

「本当に?」

「うん」

今度の。

何でもないは。

本当。

そして。

心の中で。

そっと。

言った。

――紗良さん。

――ありがとう。

その瞬間。

どこかで。

笑う声が。

聞こえたような。

気がした。

それが。

一ノ瀬紗良の。

本当に最後の。

『記憶』だった。