星との追加撮影から。
数日後。
また。
同じブランドの仕事が入った。
今回は。
前回撮影した写真を使った。
短い動画撮影と。
インタビュー。
そして。
星も一緒。
その知らせを聞いたとき。
私は。
もう。
前みたいに。
怖いだけではなかった。
もちろん。
緊張はする。
会えば。
抱きしめたくなる。
もっと。
近づきたくなる。
それでも。
「……会いたい」
ちゃんと。
そう思えた。
星の母親としてではなく。
今は。
一ノ瀬紗良として。
少しずつでも。
この子のそばにいられるなら。
それでいい。
少なくとも。
今は。
そう思うことにした。
◇◇◇
「おはようございます!」
スタジオに入ると。
すぐに。
聞き慣れた声。
「あ」
星が。
私を見つける。
その瞬間。
ぱっと。
表情が明るくなった。
「紗良さん!」
「おはよう、星ちゃん」
前より。
ずっと自然に。
名前が呼べた。
星も。
嬉しそうに。
こちらへ来る。
「今日また一緒ですね」
「うん」
「よかったぁ」
「え?」
「知ってる人いると安心するから」
胸が。
きゅっとなる。
知ってる人。
星にとって。
私はもう。
完全な知らない人ではなくなった。
それだけで。
嬉しい。
「私も」
「え?」
「星ちゃんいてくれてよかった」
そう言うと。
星が。
照れたように笑う。
その顔。
本当に。
変わらない。
昔。
私に褒められたときも。
同じ顔をしていた。
「今日も頑張ろうね」
「はい!」
思わず。
頭を撫でたくなる。
でも。
今日は。
手を伸ばさなかった。
我慢。
ではなく。
今の私たちの距離を。
大切にしたかった。
◇◇◇
午前の撮影は。
順調だった。
前回とは違って。
星もかなり慣れている。
「高瀬さん、いいね!」
「はい!」
「もう少し一ノ瀬さん側に寄って」
「はい」
星が。
私の隣に来る。
以前は。
この距離だけで。
涙が出そうだった。
でも。
今日は。
ちゃんと。
笑えた。
「紗良さん」
小さな声で。
星が呼ぶ。
「何?」
「私」
カメラに聞こえないくらいの声。
「前より上手くなりました?」
「うん」
即答。
「本当ですか?」
「本当」
「やった」
「表情も自然になったし」
「うん」
「立ち方も前より綺麗」
「……」
星が。
私を見る。
「何?」
「やっぱり」
「?」
「褒め方が」
少し。
不思議そうな顔。
「ママっぽい」
胸が。
ドクン。
また。
その言葉。
「……そう?」
「はい」
そこへ。
カメラマンの声。
「二人とも、こっちお願いしまーす!」
「あ、はい!」
星が。
前を向く。
私も。
笑顔を作る。
でも。
胸の奥に。
星の言葉が。
ずっと。
残っていた。
◇◇◇
昼休憩。
前回と同じように。
星が。
私のところへやってきた。
「紗良さん」
「うん?」
「今日も一緒に食べていいですか?」
「もちろん」
今度は。
迷わず言えた。
二人で。
お弁当を広げる。
「今日ちゃんと朝ご飯食べた?」
言ってから。
私は。
「あ」
と。
口を押さえた。
星が。
吹き出す。
「また!」
「ごめん」
「だから嫌じゃないですって」
笑っている。
「今日は食べました」
「何?」
「ご飯とお味噌汁」
「おかずは?」
「卵焼き」
「それなら合格」
「ほら!」
星が。
お箸を持ったまま。
私を指す。
「何?」
「それ!」
「え?」
「ママも言ってました」
胸が。
また。
大きく鳴る。
「ちゃんと食べたって言ったら」
星は。
少し懐かしそうに笑う。
「『それなら合格』って」
「……」
言った。
確かに。
私は。
よく言っていた。
星だけじゃない。
子どもたちが。
何かできたとき。
「はい、合格」
って。
「……偶然だよ」
やっと。
そう答える。
でも。
星は。
じっと。
私を見る。
「紗良さん」
「何?」
「前から思ってるんですけど」
「うん」
少し。
迷ったような顔。
「本当に」
胸が。
ざわつく。
「ママに似てるんです」
「……」
時間が。
止まったようだった。
「顔は」
星が。
慌てて付け足す。
「全然違いますよ?」
「うん」
「声も違うし」
「うん」
「ママは芸能人じゃなかったし」
「……うん」
「でも」
星は。
私を見つめる。
「言うこととか」
「笑い方とか」
「人の心配するときの顔とか」
一つずつ。
言われるたび。
胸が。
締めつけられる。
「あと」
「……」
「私が緊張してるとき」
「大丈夫って言ってから」
「失敗してもやり直せるって言ったでしょ?」
「うん」
「それも」
星が。
小さく笑う。
「ママがよく言ってた」
もう。
誤魔化せる気がしない。
でも。
本当のことを。
言えるわけもない。
「星ちゃん」
「はい」
「お母さんのこと」
声が。
少し震える。
「すごく好きだったんだね」
星が。
目を伏せる。
「……はい」
「今も?」
「今も」
迷いのない答え。
胸の奥が。
熱くなる。
「大好きです」
泣きそうになる。
でも。
星が。
先に笑った。
「だからかな」
「?」
「紗良さんといると」
「ママのこと思い出すんです」
「……」
「最初は」
星が。
少し申し訳なさそうに。
「それって紗良さんに失礼かなって思ってました」
「どうして?」
「だって」
「紗良さんは紗良さんなのに」
その言葉に。
息が止まった。
――紗良さんは紗良さん。
そう。
そうなんだ。
今の身体は。
紗良。
でも。
中にいる私は。
美月。
そして。
星は。
何も知らないまま。
人は。
見た目だけじゃないと。
言ってくれているような気がした。
「でも最近」
星が続ける。
「似てるから好きなんじゃなくて」
「……」
「紗良さん自身のことも」
にこっと。
笑った。
「好きなんだなって思って」
胸の奥が。
大きく揺れた。
「……そっか」
「はい」
「ありがとう」
今度は。
涙を。
どうしても。
抑えられなかった。
一滴。
頬を流れる。
「また泣いてる」
星が笑う。
「紗良さん、意外と泣き虫ですよね」
「……そうかも」
「ママも結構泣き虫でした」
「……」
「ドラマとか見ても泣くし」
「それは感動したら泣くでしょ」
「ほら!」
「え?」
「今の言い方も似てる!」
「……」
二人で。
顔を見合わせる。
そして。
笑った。
久しぶりだった。
娘と。
こんなふうに。
何でもないことで。
笑うのは。
◇◇◇
「そういえば」
星が。
お弁当を食べながら。
言った。
「紗良さん」
「何?」
「陽向くんとは」
危うく。
お茶をこぼしそうになった。
また。
その話。
「……うん」
「最近も仲いいんですか?」
「まあ……」
彼氏です。
とは。
言えない。
絶対に。
「たまに会うよ」
「ええっ!」
星の目が。
一瞬で。
輝いた。
「本当に!?」
「う、うん」
「いいなあ!」
この反応。
完全に。
ファン。
「LINEとかもするんですか?」
「……する」
「すごい!」
星が。
羨ましそうに。
私を見る。
「私も一回でいいから会いたいなあ」
「……」
この前。
陽向も。
会いたいと言っていた。
本当に。
会わせてあげたい。
でも。
どうやって?
一ノ瀬紗良が。
若い新人モデルの星を。
幼なじみの天城陽向に紹介する。
仕事上なら。
不自然ではない。
むしろ。
今日。
もし。
陽向が近くにいたら――。
そんなことを。
考えた瞬間。
スタジオの外が。
少し。
騒がしくなった。
「ASTERさん入られまーす!」
「……え?」
私と。
星。
同時に。
顔を上げた。
「今」
星が。
固まる。
「ASTERって……」
「言ったね」
「え」
「え?」
「えええええええ!?」
「星ちゃん、声!」
慌てて。
口元に。
指を立てる。
でも。
星は。
完全に。
パニック。
「待って待って待って!」
「落ち着いて」
「無理です!」
「私も昔なら無理だったから分かるけど」
「え?」
「あ」
しまった。
「昔?」
星が。
不思議そうにする。
「いや」
私は。
必死で誤魔化す。
「人気あるから」
「そりゃ会ったら緊張するよねって」
「そ、そうです!」
危ない。
本当に。
気を抜くと。
母親としてだけじゃなく。
ファンだった美月まで。
出てしまう。
◇◇◇
そして。
数分後。
スタジオの入口。
スタッフと。
話しながら。
ASTERのメンバーたちが。
入ってきた。
その中。
「……」
見慣れた。
ピンクが似合う人。
陽向。
星の身体が。
横で。
完全に固まった。
「……」
「星ちゃん?」
「……本物」
小さな声。
「うん」
「本物の」
「うん」
「天城陽向……」
「呼び捨てになってるよ」
「無理です」
顔。
真っ赤。
手。
震えてる。
昔。
私が。
テレビの向こうの陽向を見ながら。
「いつか会えたらなぁ」
なんて。
言ったとき。
星は。
隣で笑っていた。
その娘が。
今。
本物の陽向を。
目の前にしている。
私の胸まで。
熱くなった。
そのとき。
陽向が。
こちらに気づいた。
一瞬。
私を見る。
そして。
隣の星を見る。
陽向の目が。
少しだけ。
大きくなった。
分かった。
この子が。
星。
私の娘だって。
そして。
陽向は。
いつもの。
誰にでも向ける。
アイドルの笑顔ではなく。
少しだけ。
柔らかい顔で。
こちらへ歩いてきた。
「お疲れ」
「お疲れさま」
私は。
なるべく。
普通に返す。
横を見る。
星。
動かない。
「……星ちゃん?」
「……」
陽向が。
少し。
屈むようにして。
星を見る。
「高瀬星ちゃん?」
「っ!」
名前を。
呼ばれた瞬間。
星の目が。
見開かれた。
「は、はい!」
声。
裏返った。
陽向が。
笑う。
「あははっ」
「そんな緊張しなくて大丈夫だよ」
「む、無理です……!」
「無理?」
「ずっと……」
星が。
必死に。
言葉を探す。
「ずっとファンで……」
陽向が。
私を見る。
ほんの一瞬。
目が合う。
――知ってる。
その目が。
そう言っていた。
「ありがとう」
陽向は。
星へ。
笑いかける。
「嬉しい」
星の目に。
みるみる。
涙が溜まった。
「え!?」
陽向が。
焦る。
「ちょ、泣いた!?」
「す、すみません!」
「いやいや!」
陽向が。
両手を振る。
「謝らなくていいって!」
私は。
思わず。
笑いそうになった。
ああ。
似てる。
私も。
陽向に。
同じこと。
何度も言われた。
「陽向」
私が呼ぶ。
「何?」
「星ちゃん」
「うん」
「ずっと会いたかったんだって」
陽向の表情が。
少しだけ。
真面目になる。
「俺に?」
星が。
頷く。
「……はい」
そして。
星は。
少し迷ってから。
言った。
「ママが」
陽向の目が。
揺れた。
「お母さん?」
「はい」
星は。
涙を拭う。
「ママが」
「陽向くんのこと」
「ずっと大好きだったんです」
「……」
陽向が。
静かになる。
私も。
何も言えない。
「だから」
星が。
少し笑う。
「私も小さい頃から」
「一緒にテレビ見てて」
「いつか」
声が。
少し震える。
「ママと一緒に会えたらいいねって」
胸が。
痛い。
陽向も。
私を見ない。
ちゃんと。
星だけを見ている。
「でも」
「ママは」
星が。
少し俯く。
「もういないから」
「……うん」
陽向の声が。
すごく優しい。
「だから」
星が。
顔を上げる。
「私が会えたら」
「ママも」
少し。
泣きながら笑った。
「喜んでくれるかなって」
ダメ。
涙が。
出そうになる。
でも。
今。
私が泣いたら。
おかしい。
陽向が。
星を。
まっすぐ見る。
そして。
言った。
「喜んでると思うよ」
「……!」
星の目が。
大きくなる。
「本当に?」
「うん」
陽向は。
少しだけ。
笑った。
「だって」
ほんの一瞬。
私のほうへ。
視線を向ける。
「自分の娘が」
「自分の好きだった人に会えて」
「こんなに喜んでたら」
胸が。
締めつけられる。
「絶対」
「お母さんも嬉しいでしょ」
「……」
星が。
泣きながら。
何度も頷く。
「はい……」
「それに」
陽向が。
続ける。
「星ちゃんが」
「お母さんとの思い出」
「今も大事にしてるの」
「それが一番」
少し笑う。
「嬉しいんじゃないかな」
「……陽向」
私の口から。
小さく。
名前が出た。
陽向は。
こっちを見ない。
でも。
分かる。
今。
私に。
言っている。
美月。
嬉しいだろ?
そう。
言われている気がした。
嬉しい。
本当に。
嬉しいよ。
◇◇◇
「写真……」
星が。
おずおずと。
スマートフォンを持つ。
「撮ってもらってもいいですか?」
「もちろん」
陽向が。
笑う。
「紗良も入る?」
「え?」
私が。
固まる。
「せっかくだし」
陽向が。
当たり前のように言う。
星も。
ぱっと。
こちらを見る。
「紗良さんも!」
「私?」
「お願いします!」
断れない。
いや。
断りたくない。
三人。
並ぶ。
陽向。
私。
星。
「じゃあ撮りますねー」
スタッフが。
スマートフォンを持つ。
私は。
星の隣。
陽向は。
反対側。
ほんの少し。
不思議な並び。
私が。
母親だとは。
誰も知らない。
陽向と私が。
恋人だとも。
誰も知らない。
でも。
写真の中。
そこには。
今の私が。
一番大切にしたい二人が。
いる。
「はい、チーズ!」
カシャ。
シャッター音。
その瞬間。
胸が。
いっぱいになった。
もし。
前の人生の私に。
この写真を見せたら。
何て言うだろう。
たぶん。
信じない。
「いやいやいや」
って。
笑うと思う。
だって。
最推し。
娘。
そして。
私。
三人で。
写真を撮る日が来るなんて。
考えたことすら。
なかった。
◇◇◇
「ありがとうございます!」
星が。
何度も。
陽向に頭を下げる。
「こちらこそ」
「本当に」
「今日死んでもいいです」
「ダメ!」
私と。
陽向の声が。
同時に出た。
「……」
星が。
目を丸くする。
私も。
陽向も。
固まる。
「え?」
「いや」
陽向が。
先に誤魔化す。
「それファンの子よく言うけど」
「ダメだから」
「そうそう!」
私も。
必死に頷く。
「そんなこと言っちゃダメ」
「……」
星が。
私を見る。
それから。
陽向を見る。
「二人」
「え?」
「何?」
「なんか」
少し笑う。
「似てますね」
「俺と美月……」
陽向が。
言いかける。
「ん?」
星が。
首を傾げる。
「え?」
私の心臓が。
止まりそうになる。
陽向。
今。
美月って。
「……ミヅ?」
星が。
聞き返す。
「いや!」
陽向が。
明らかに。
焦った。
「何でもない!」
「絶対何かありましたよね?」
「ないない!」
「陽向」
私は。
低い声で呼ぶ。
「……ごめん」
小声。
本当に。
危なすぎる。
◇◇◇
その日の撮影が終わるころ。
星が。
私のところへ来た。
「紗良さん」
「何?」
「今日」
「うん」
「ありがとうございました」
「私は何もしてないよ」
「でも」
星が。
嬉しそうに。
スマートフォンを見る。
さっき撮った。
三人の写真。
「これ」
「家宝にします」
「家宝?」
思わず笑う。
「ママにも見せたかったな」
その一言に。
胸が。
止まりそうになる。
でも。
今度は。
泣かなかった。
だって。
見てる。
今。
一緒に。
写ってる。
「……見てると思うよ」
私は。
静かに言った。
星が。
顔を上げる。
「どこかで」
「うん」
「ちゃんと」
「見てると思う」
星は。
少しだけ。
寂しそうに。
でも。
嬉しそうに。
笑った。
「そうだったらいいな」
「うん」
「絶対」
私は。
言い切った。
そして。
星が帰ろうとしたとき。
「あ、紗良さん」
「何?」
振り返る。
星は。
少し。
迷ったような顔。
「私」
「うん」
「やっぱり」
胸が。
ざわつく。
「紗良さんって」
「……」
「ママにすごく似てます」
「……」
「今日」
星が。
少し笑った。
「陽向くんと話してる紗良さん見て」
心臓が。
跳ねる。
「ママも」
「テレビの陽向くん見てるとき」
「同じ顔してたなって」
「……え?」
「すごく」
星が。
優しく笑う。
「嬉しそうな顔」
何も。
言えなくなった。
「変ですよね」
「顔は全然違うのに」
「……」
「でも」
星は。
自分の胸に手を当てる。
「ここが」
「似てるって言ってる感じがするんです」
胸が。
大きく。
揺れた。
「……星ちゃん」
「だから」
少し。
恥ずかしそうに。
笑う。
「紗良さんといると」
「ママが」
「ちょっとだけ帰ってきたみたいで」
「……っ」
もう。
ダメだった。
涙が。
溢れた。
「紗良さん!?」
「ごめん」
私は。
慌てて。
笑う。
「今日」
「涙腺弱いみたい」
「大丈夫ですか?」
「うん」
でも。
本当は。
叫びたかった。
星。
ママだよ。
帰ってきてるよ。
ここにいる。
あなたの前に。
いるんだよ。
でも。
言えない。
だから。
私は。
今できる。
精一杯の言葉を。
星に渡した。
「星ちゃん」
「はい」
「もし」
声が。
震える。
「私といることで」
「お母さんのこと」
「思い出せるなら」
「……」
私は。
笑った。
「いつでも」
「会いにきて」
星の目が。
少し。
大きくなる。
「いいんですか?」
「うん」
「迷惑じゃ……」
「絶対に」
私は。
すぐに言った。
「迷惑じゃない」
絶対。
そんなこと。
あるわけない。
「むしろ」
涙を拭う。
「嬉しい」
星が。
ぱっと。
笑った。
「じゃあ」
「また会いに来ます」
「うん」
「約束」
「うん」
「約束」
星が。
手を振りながら。
去っていく。
私は。
その後ろ姿を。
ずっと。
見つめていた。
そして。
姿が見えなくなったあと。
小さく。
呟いた。
「……おかえりって」
「いつか」
「言えたらいいね」
◇◇◇
その夜。
陽向と。
二人になってから。
私は。
今日。
星に言われたことを。
話した。
「ママがちょっと帰ってきたみたい……か」
陽向が。
静かに呟く。
「うん」
私は。
泣き疲れて。
陽向の肩へ。
頭を預けていた。
「すごいな」
「何が?」
「星ちゃん」
「……うん」
「何も知らないのに」
陽向が。
私の手を。
そっと握る。
「ちゃんと美月のこと」
「見つけてる」
胸が。
温かくなる。
「顔じゃなくて」
「声じゃなくて」
「美月の中身」
「……」
「やっぱ」
陽向が笑う。
「親子なんだな」
私は。
陽向の肩に。
もう少しだけ。
身体を寄せた。
「今日ね」
「うん」
「すごく嬉しかった」
「陽向と星が」
「話してるの」
「うん」
「ずっと見たかった景色みたいだった」
前の人生では。
叶わなかった。
でも。
今。
叶った。
「陽向」
「何?」
「星に」
「ありがとうって言ってくれて」
「ありがとう」
「俺」
陽向が。
少し考える。
「まだ言えてないけど」
「?」
「本当は」
私を見る。
「星ちゃんに」
「俺もありがとうって思ってる」
「どうして?」
「だって」
陽向が。
優しく笑う。
「昔の美月のこと」
「いっぱい教えてくれたから」
「……」
「俺が知らない美月」
胸が。
ドクン。
「これから」
陽向が。
繋いだ手を。
少し強く握った。
「もっと知りたい」
私は。
笑った。
「うん」
「教える」
そして。
心の中で。
思った。
星。
あなたが。
気づいてくれた。
顔が違っても。
声が違っても。
ママに似ていると。
だったら。
いつか。
もしかしたら。
本当のことを。
伝えられる日が。
来るのだろうか。
――私が。
――あなたの母親だと。
そんな希望が。
ほんの少しだけ。
胸の中に。
生まれ始めていた。
数日後。
また。
同じブランドの仕事が入った。
今回は。
前回撮影した写真を使った。
短い動画撮影と。
インタビュー。
そして。
星も一緒。
その知らせを聞いたとき。
私は。
もう。
前みたいに。
怖いだけではなかった。
もちろん。
緊張はする。
会えば。
抱きしめたくなる。
もっと。
近づきたくなる。
それでも。
「……会いたい」
ちゃんと。
そう思えた。
星の母親としてではなく。
今は。
一ノ瀬紗良として。
少しずつでも。
この子のそばにいられるなら。
それでいい。
少なくとも。
今は。
そう思うことにした。
◇◇◇
「おはようございます!」
スタジオに入ると。
すぐに。
聞き慣れた声。
「あ」
星が。
私を見つける。
その瞬間。
ぱっと。
表情が明るくなった。
「紗良さん!」
「おはよう、星ちゃん」
前より。
ずっと自然に。
名前が呼べた。
星も。
嬉しそうに。
こちらへ来る。
「今日また一緒ですね」
「うん」
「よかったぁ」
「え?」
「知ってる人いると安心するから」
胸が。
きゅっとなる。
知ってる人。
星にとって。
私はもう。
完全な知らない人ではなくなった。
それだけで。
嬉しい。
「私も」
「え?」
「星ちゃんいてくれてよかった」
そう言うと。
星が。
照れたように笑う。
その顔。
本当に。
変わらない。
昔。
私に褒められたときも。
同じ顔をしていた。
「今日も頑張ろうね」
「はい!」
思わず。
頭を撫でたくなる。
でも。
今日は。
手を伸ばさなかった。
我慢。
ではなく。
今の私たちの距離を。
大切にしたかった。
◇◇◇
午前の撮影は。
順調だった。
前回とは違って。
星もかなり慣れている。
「高瀬さん、いいね!」
「はい!」
「もう少し一ノ瀬さん側に寄って」
「はい」
星が。
私の隣に来る。
以前は。
この距離だけで。
涙が出そうだった。
でも。
今日は。
ちゃんと。
笑えた。
「紗良さん」
小さな声で。
星が呼ぶ。
「何?」
「私」
カメラに聞こえないくらいの声。
「前より上手くなりました?」
「うん」
即答。
「本当ですか?」
「本当」
「やった」
「表情も自然になったし」
「うん」
「立ち方も前より綺麗」
「……」
星が。
私を見る。
「何?」
「やっぱり」
「?」
「褒め方が」
少し。
不思議そうな顔。
「ママっぽい」
胸が。
ドクン。
また。
その言葉。
「……そう?」
「はい」
そこへ。
カメラマンの声。
「二人とも、こっちお願いしまーす!」
「あ、はい!」
星が。
前を向く。
私も。
笑顔を作る。
でも。
胸の奥に。
星の言葉が。
ずっと。
残っていた。
◇◇◇
昼休憩。
前回と同じように。
星が。
私のところへやってきた。
「紗良さん」
「うん?」
「今日も一緒に食べていいですか?」
「もちろん」
今度は。
迷わず言えた。
二人で。
お弁当を広げる。
「今日ちゃんと朝ご飯食べた?」
言ってから。
私は。
「あ」
と。
口を押さえた。
星が。
吹き出す。
「また!」
「ごめん」
「だから嫌じゃないですって」
笑っている。
「今日は食べました」
「何?」
「ご飯とお味噌汁」
「おかずは?」
「卵焼き」
「それなら合格」
「ほら!」
星が。
お箸を持ったまま。
私を指す。
「何?」
「それ!」
「え?」
「ママも言ってました」
胸が。
また。
大きく鳴る。
「ちゃんと食べたって言ったら」
星は。
少し懐かしそうに笑う。
「『それなら合格』って」
「……」
言った。
確かに。
私は。
よく言っていた。
星だけじゃない。
子どもたちが。
何かできたとき。
「はい、合格」
って。
「……偶然だよ」
やっと。
そう答える。
でも。
星は。
じっと。
私を見る。
「紗良さん」
「何?」
「前から思ってるんですけど」
「うん」
少し。
迷ったような顔。
「本当に」
胸が。
ざわつく。
「ママに似てるんです」
「……」
時間が。
止まったようだった。
「顔は」
星が。
慌てて付け足す。
「全然違いますよ?」
「うん」
「声も違うし」
「うん」
「ママは芸能人じゃなかったし」
「……うん」
「でも」
星は。
私を見つめる。
「言うこととか」
「笑い方とか」
「人の心配するときの顔とか」
一つずつ。
言われるたび。
胸が。
締めつけられる。
「あと」
「……」
「私が緊張してるとき」
「大丈夫って言ってから」
「失敗してもやり直せるって言ったでしょ?」
「うん」
「それも」
星が。
小さく笑う。
「ママがよく言ってた」
もう。
誤魔化せる気がしない。
でも。
本当のことを。
言えるわけもない。
「星ちゃん」
「はい」
「お母さんのこと」
声が。
少し震える。
「すごく好きだったんだね」
星が。
目を伏せる。
「……はい」
「今も?」
「今も」
迷いのない答え。
胸の奥が。
熱くなる。
「大好きです」
泣きそうになる。
でも。
星が。
先に笑った。
「だからかな」
「?」
「紗良さんといると」
「ママのこと思い出すんです」
「……」
「最初は」
星が。
少し申し訳なさそうに。
「それって紗良さんに失礼かなって思ってました」
「どうして?」
「だって」
「紗良さんは紗良さんなのに」
その言葉に。
息が止まった。
――紗良さんは紗良さん。
そう。
そうなんだ。
今の身体は。
紗良。
でも。
中にいる私は。
美月。
そして。
星は。
何も知らないまま。
人は。
見た目だけじゃないと。
言ってくれているような気がした。
「でも最近」
星が続ける。
「似てるから好きなんじゃなくて」
「……」
「紗良さん自身のことも」
にこっと。
笑った。
「好きなんだなって思って」
胸の奥が。
大きく揺れた。
「……そっか」
「はい」
「ありがとう」
今度は。
涙を。
どうしても。
抑えられなかった。
一滴。
頬を流れる。
「また泣いてる」
星が笑う。
「紗良さん、意外と泣き虫ですよね」
「……そうかも」
「ママも結構泣き虫でした」
「……」
「ドラマとか見ても泣くし」
「それは感動したら泣くでしょ」
「ほら!」
「え?」
「今の言い方も似てる!」
「……」
二人で。
顔を見合わせる。
そして。
笑った。
久しぶりだった。
娘と。
こんなふうに。
何でもないことで。
笑うのは。
◇◇◇
「そういえば」
星が。
お弁当を食べながら。
言った。
「紗良さん」
「何?」
「陽向くんとは」
危うく。
お茶をこぼしそうになった。
また。
その話。
「……うん」
「最近も仲いいんですか?」
「まあ……」
彼氏です。
とは。
言えない。
絶対に。
「たまに会うよ」
「ええっ!」
星の目が。
一瞬で。
輝いた。
「本当に!?」
「う、うん」
「いいなあ!」
この反応。
完全に。
ファン。
「LINEとかもするんですか?」
「……する」
「すごい!」
星が。
羨ましそうに。
私を見る。
「私も一回でいいから会いたいなあ」
「……」
この前。
陽向も。
会いたいと言っていた。
本当に。
会わせてあげたい。
でも。
どうやって?
一ノ瀬紗良が。
若い新人モデルの星を。
幼なじみの天城陽向に紹介する。
仕事上なら。
不自然ではない。
むしろ。
今日。
もし。
陽向が近くにいたら――。
そんなことを。
考えた瞬間。
スタジオの外が。
少し。
騒がしくなった。
「ASTERさん入られまーす!」
「……え?」
私と。
星。
同時に。
顔を上げた。
「今」
星が。
固まる。
「ASTERって……」
「言ったね」
「え」
「え?」
「えええええええ!?」
「星ちゃん、声!」
慌てて。
口元に。
指を立てる。
でも。
星は。
完全に。
パニック。
「待って待って待って!」
「落ち着いて」
「無理です!」
「私も昔なら無理だったから分かるけど」
「え?」
「あ」
しまった。
「昔?」
星が。
不思議そうにする。
「いや」
私は。
必死で誤魔化す。
「人気あるから」
「そりゃ会ったら緊張するよねって」
「そ、そうです!」
危ない。
本当に。
気を抜くと。
母親としてだけじゃなく。
ファンだった美月まで。
出てしまう。
◇◇◇
そして。
数分後。
スタジオの入口。
スタッフと。
話しながら。
ASTERのメンバーたちが。
入ってきた。
その中。
「……」
見慣れた。
ピンクが似合う人。
陽向。
星の身体が。
横で。
完全に固まった。
「……」
「星ちゃん?」
「……本物」
小さな声。
「うん」
「本物の」
「うん」
「天城陽向……」
「呼び捨てになってるよ」
「無理です」
顔。
真っ赤。
手。
震えてる。
昔。
私が。
テレビの向こうの陽向を見ながら。
「いつか会えたらなぁ」
なんて。
言ったとき。
星は。
隣で笑っていた。
その娘が。
今。
本物の陽向を。
目の前にしている。
私の胸まで。
熱くなった。
そのとき。
陽向が。
こちらに気づいた。
一瞬。
私を見る。
そして。
隣の星を見る。
陽向の目が。
少しだけ。
大きくなった。
分かった。
この子が。
星。
私の娘だって。
そして。
陽向は。
いつもの。
誰にでも向ける。
アイドルの笑顔ではなく。
少しだけ。
柔らかい顔で。
こちらへ歩いてきた。
「お疲れ」
「お疲れさま」
私は。
なるべく。
普通に返す。
横を見る。
星。
動かない。
「……星ちゃん?」
「……」
陽向が。
少し。
屈むようにして。
星を見る。
「高瀬星ちゃん?」
「っ!」
名前を。
呼ばれた瞬間。
星の目が。
見開かれた。
「は、はい!」
声。
裏返った。
陽向が。
笑う。
「あははっ」
「そんな緊張しなくて大丈夫だよ」
「む、無理です……!」
「無理?」
「ずっと……」
星が。
必死に。
言葉を探す。
「ずっとファンで……」
陽向が。
私を見る。
ほんの一瞬。
目が合う。
――知ってる。
その目が。
そう言っていた。
「ありがとう」
陽向は。
星へ。
笑いかける。
「嬉しい」
星の目に。
みるみる。
涙が溜まった。
「え!?」
陽向が。
焦る。
「ちょ、泣いた!?」
「す、すみません!」
「いやいや!」
陽向が。
両手を振る。
「謝らなくていいって!」
私は。
思わず。
笑いそうになった。
ああ。
似てる。
私も。
陽向に。
同じこと。
何度も言われた。
「陽向」
私が呼ぶ。
「何?」
「星ちゃん」
「うん」
「ずっと会いたかったんだって」
陽向の表情が。
少しだけ。
真面目になる。
「俺に?」
星が。
頷く。
「……はい」
そして。
星は。
少し迷ってから。
言った。
「ママが」
陽向の目が。
揺れた。
「お母さん?」
「はい」
星は。
涙を拭う。
「ママが」
「陽向くんのこと」
「ずっと大好きだったんです」
「……」
陽向が。
静かになる。
私も。
何も言えない。
「だから」
星が。
少し笑う。
「私も小さい頃から」
「一緒にテレビ見てて」
「いつか」
声が。
少し震える。
「ママと一緒に会えたらいいねって」
胸が。
痛い。
陽向も。
私を見ない。
ちゃんと。
星だけを見ている。
「でも」
「ママは」
星が。
少し俯く。
「もういないから」
「……うん」
陽向の声が。
すごく優しい。
「だから」
星が。
顔を上げる。
「私が会えたら」
「ママも」
少し。
泣きながら笑った。
「喜んでくれるかなって」
ダメ。
涙が。
出そうになる。
でも。
今。
私が泣いたら。
おかしい。
陽向が。
星を。
まっすぐ見る。
そして。
言った。
「喜んでると思うよ」
「……!」
星の目が。
大きくなる。
「本当に?」
「うん」
陽向は。
少しだけ。
笑った。
「だって」
ほんの一瞬。
私のほうへ。
視線を向ける。
「自分の娘が」
「自分の好きだった人に会えて」
「こんなに喜んでたら」
胸が。
締めつけられる。
「絶対」
「お母さんも嬉しいでしょ」
「……」
星が。
泣きながら。
何度も頷く。
「はい……」
「それに」
陽向が。
続ける。
「星ちゃんが」
「お母さんとの思い出」
「今も大事にしてるの」
「それが一番」
少し笑う。
「嬉しいんじゃないかな」
「……陽向」
私の口から。
小さく。
名前が出た。
陽向は。
こっちを見ない。
でも。
分かる。
今。
私に。
言っている。
美月。
嬉しいだろ?
そう。
言われている気がした。
嬉しい。
本当に。
嬉しいよ。
◇◇◇
「写真……」
星が。
おずおずと。
スマートフォンを持つ。
「撮ってもらってもいいですか?」
「もちろん」
陽向が。
笑う。
「紗良も入る?」
「え?」
私が。
固まる。
「せっかくだし」
陽向が。
当たり前のように言う。
星も。
ぱっと。
こちらを見る。
「紗良さんも!」
「私?」
「お願いします!」
断れない。
いや。
断りたくない。
三人。
並ぶ。
陽向。
私。
星。
「じゃあ撮りますねー」
スタッフが。
スマートフォンを持つ。
私は。
星の隣。
陽向は。
反対側。
ほんの少し。
不思議な並び。
私が。
母親だとは。
誰も知らない。
陽向と私が。
恋人だとも。
誰も知らない。
でも。
写真の中。
そこには。
今の私が。
一番大切にしたい二人が。
いる。
「はい、チーズ!」
カシャ。
シャッター音。
その瞬間。
胸が。
いっぱいになった。
もし。
前の人生の私に。
この写真を見せたら。
何て言うだろう。
たぶん。
信じない。
「いやいやいや」
って。
笑うと思う。
だって。
最推し。
娘。
そして。
私。
三人で。
写真を撮る日が来るなんて。
考えたことすら。
なかった。
◇◇◇
「ありがとうございます!」
星が。
何度も。
陽向に頭を下げる。
「こちらこそ」
「本当に」
「今日死んでもいいです」
「ダメ!」
私と。
陽向の声が。
同時に出た。
「……」
星が。
目を丸くする。
私も。
陽向も。
固まる。
「え?」
「いや」
陽向が。
先に誤魔化す。
「それファンの子よく言うけど」
「ダメだから」
「そうそう!」
私も。
必死に頷く。
「そんなこと言っちゃダメ」
「……」
星が。
私を見る。
それから。
陽向を見る。
「二人」
「え?」
「何?」
「なんか」
少し笑う。
「似てますね」
「俺と美月……」
陽向が。
言いかける。
「ん?」
星が。
首を傾げる。
「え?」
私の心臓が。
止まりそうになる。
陽向。
今。
美月って。
「……ミヅ?」
星が。
聞き返す。
「いや!」
陽向が。
明らかに。
焦った。
「何でもない!」
「絶対何かありましたよね?」
「ないない!」
「陽向」
私は。
低い声で呼ぶ。
「……ごめん」
小声。
本当に。
危なすぎる。
◇◇◇
その日の撮影が終わるころ。
星が。
私のところへ来た。
「紗良さん」
「何?」
「今日」
「うん」
「ありがとうございました」
「私は何もしてないよ」
「でも」
星が。
嬉しそうに。
スマートフォンを見る。
さっき撮った。
三人の写真。
「これ」
「家宝にします」
「家宝?」
思わず笑う。
「ママにも見せたかったな」
その一言に。
胸が。
止まりそうになる。
でも。
今度は。
泣かなかった。
だって。
見てる。
今。
一緒に。
写ってる。
「……見てると思うよ」
私は。
静かに言った。
星が。
顔を上げる。
「どこかで」
「うん」
「ちゃんと」
「見てると思う」
星は。
少しだけ。
寂しそうに。
でも。
嬉しそうに。
笑った。
「そうだったらいいな」
「うん」
「絶対」
私は。
言い切った。
そして。
星が帰ろうとしたとき。
「あ、紗良さん」
「何?」
振り返る。
星は。
少し。
迷ったような顔。
「私」
「うん」
「やっぱり」
胸が。
ざわつく。
「紗良さんって」
「……」
「ママにすごく似てます」
「……」
「今日」
星が。
少し笑った。
「陽向くんと話してる紗良さん見て」
心臓が。
跳ねる。
「ママも」
「テレビの陽向くん見てるとき」
「同じ顔してたなって」
「……え?」
「すごく」
星が。
優しく笑う。
「嬉しそうな顔」
何も。
言えなくなった。
「変ですよね」
「顔は全然違うのに」
「……」
「でも」
星は。
自分の胸に手を当てる。
「ここが」
「似てるって言ってる感じがするんです」
胸が。
大きく。
揺れた。
「……星ちゃん」
「だから」
少し。
恥ずかしそうに。
笑う。
「紗良さんといると」
「ママが」
「ちょっとだけ帰ってきたみたいで」
「……っ」
もう。
ダメだった。
涙が。
溢れた。
「紗良さん!?」
「ごめん」
私は。
慌てて。
笑う。
「今日」
「涙腺弱いみたい」
「大丈夫ですか?」
「うん」
でも。
本当は。
叫びたかった。
星。
ママだよ。
帰ってきてるよ。
ここにいる。
あなたの前に。
いるんだよ。
でも。
言えない。
だから。
私は。
今できる。
精一杯の言葉を。
星に渡した。
「星ちゃん」
「はい」
「もし」
声が。
震える。
「私といることで」
「お母さんのこと」
「思い出せるなら」
「……」
私は。
笑った。
「いつでも」
「会いにきて」
星の目が。
少し。
大きくなる。
「いいんですか?」
「うん」
「迷惑じゃ……」
「絶対に」
私は。
すぐに言った。
「迷惑じゃない」
絶対。
そんなこと。
あるわけない。
「むしろ」
涙を拭う。
「嬉しい」
星が。
ぱっと。
笑った。
「じゃあ」
「また会いに来ます」
「うん」
「約束」
「うん」
「約束」
星が。
手を振りながら。
去っていく。
私は。
その後ろ姿を。
ずっと。
見つめていた。
そして。
姿が見えなくなったあと。
小さく。
呟いた。
「……おかえりって」
「いつか」
「言えたらいいね」
◇◇◇
その夜。
陽向と。
二人になってから。
私は。
今日。
星に言われたことを。
話した。
「ママがちょっと帰ってきたみたい……か」
陽向が。
静かに呟く。
「うん」
私は。
泣き疲れて。
陽向の肩へ。
頭を預けていた。
「すごいな」
「何が?」
「星ちゃん」
「……うん」
「何も知らないのに」
陽向が。
私の手を。
そっと握る。
「ちゃんと美月のこと」
「見つけてる」
胸が。
温かくなる。
「顔じゃなくて」
「声じゃなくて」
「美月の中身」
「……」
「やっぱ」
陽向が笑う。
「親子なんだな」
私は。
陽向の肩に。
もう少しだけ。
身体を寄せた。
「今日ね」
「うん」
「すごく嬉しかった」
「陽向と星が」
「話してるの」
「うん」
「ずっと見たかった景色みたいだった」
前の人生では。
叶わなかった。
でも。
今。
叶った。
「陽向」
「何?」
「星に」
「ありがとうって言ってくれて」
「ありがとう」
「俺」
陽向が。
少し考える。
「まだ言えてないけど」
「?」
「本当は」
私を見る。
「星ちゃんに」
「俺もありがとうって思ってる」
「どうして?」
「だって」
陽向が。
優しく笑う。
「昔の美月のこと」
「いっぱい教えてくれたから」
「……」
「俺が知らない美月」
胸が。
ドクン。
「これから」
陽向が。
繋いだ手を。
少し強く握った。
「もっと知りたい」
私は。
笑った。
「うん」
「教える」
そして。
心の中で。
思った。
星。
あなたが。
気づいてくれた。
顔が違っても。
声が違っても。
ママに似ていると。
だったら。
いつか。
もしかしたら。
本当のことを。
伝えられる日が。
来るのだろうか。
――私が。
――あなたの母親だと。
そんな希望が。
ほんの少しだけ。
胸の中に。
生まれ始めていた。



