目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

数日後。

マネージャーから。

一本の電話が入った。

『一ノ瀬さん、例のブランド企画なんですが』

「はい」

その瞬間。

胸が。

嫌なほど速く鳴った。

『共演モデルが正式に決まりました』

「……」

聞く前から。

分かっていた。

いや。

そうであってほしいと。

願っていた。

『高瀬星さんも参加されます』

「……っ」

やっぱり。

星。

私の娘。

「そう……ですか」

やっと。

それだけ答える。

『撮影は来週です。詳しい資料、あとで送りますね』

「はい」

『一ノ瀬さん?』

「はい?」

『大丈夫ですか?』

また。

その言葉。

いつもの癖なら。

すぐに。

大丈夫です。

そう答える。

でも。

私は。

一度。

息を吸った。

「……少し緊張してます」

『久しぶりの大人数撮影ですからね』

「はい」

マネージャーは。

そう受け取った。

それでいい。

「でも」

私は。

星の名前が書かれた資料を見つめながら。

「頑張ります」

電話を切った。

そして。

すぐに。

陽向へ。

メッセージを送った。

『星、決まった』

既読。

ほとんど。

一瞬だった。

『撮影?』

「うん」

『いつ?』

日付を送る。

すると。

すぐに。

『その日、終わったら空けとく』

「……」

私は。

スマートフォンを見つめる。

『仕事は?』

『夕方まで。そのあと行ける』

そして。

続けて。

『大丈夫じゃなくなったら連絡して』

胸が。

きゅっとなる。

「うん」

それだけ。

返した。

今は。

まだ。

大丈夫じゃない。

でも。

それを。

隠さなくてもいい人がいる。

そのことが。

少しだけ。

心強かった。

◇◇◇

撮影前日。

予想通り。

眠れなかった。

「……寝なきゃ」

ベッドに入って。

目を閉じる。

でも。

浮かんでくるのは。

星の顔。

生まれた日のこと。

初めて。

私の指を握った。

小さな手。

「ママ」

と。

初めて呼んだ日。

転んで。

泣きながら。

私のところへ走ってきた日。

髪を結んで。

学校へ送り出した朝。

一緒に。

陽向が出ているテレビを見て。

笑った夜。

全部。

昨日のことみたいに。

思い出せる。

「星……」

会いたい。

抱きしめたい。

でも。

明日。

私は。

それをしてはいけない。

一ノ瀬紗良として。

高瀬星と。

初めて会う。

「……できるかな」

スマートフォンが。

震えた。

午前零時を過ぎている。

陽向。

『寝てる?』

私は。

少し迷ってから。

『寝てない』

電話が。

すぐに鳴った。

「もしもし」

『やっぱり』

「何が?」

『絶対寝てないと思った』

「……」

図星。

『怖い?』

陽向が。

静かに聞く。

私は。

布団の中で。

小さく丸くなる。

「うん」

『そっか』

「会いたかったのに」

『うん』

「明日にならなきゃいいって」

「ちょっと思ってる」

電話の向こう。

陽向は。

何も否定しなかった。

『それくらい怖いんだな』

「……うん」

『じゃあ』

少し間。

『明日の目標、一個だけにしよ』

「目標?」

『うん』

「何?」

『星ちゃんに会う』

「……それだけ?」

『それだけ』

「ちゃんと仕事しないと」

『仕事は美月じゃなくても、一ノ瀬紗良の身体が覚えてる部分あるんだろ?』

「うん」

『だったら』

陽向の声が。

柔らかくなる。

『母親として完璧に我慢するとか』

『泣かないとか』

『自然に振る舞うとか』

『全部やろうとしなくていい』

胸が。

少し。

楽になる。

『明日はただ』

『会えた』

『それで百点』

「……陽向」

『何?』

「会ったら」

声が震える。

「触りたくなると思う」

『うん』

「名前も」

「昔みたいに呼びそう」

『うん』

「ママだよって」

『言いたくなるよな』

「……うん」

涙が。

頬を伝う。

でも。

陽向は。

『言っちゃダメ』

とも。

『我慢しろ』

とも。

言わなかった。

ただ。

分かってくれた。

「……ありがとう」

『何が?』

「聞いてくれて」

『彼氏なんで』

「そういうときだけ言う」

『いつでも彼氏ですけど?』

少し。

笑ってしまう。

『笑った』

「笑うよ」

『じゃあ今日はそれでよし』

「何それ」

『寝ろ』

「眠れなかったら?」

『また電話して』

「陽向寝れないじゃん」

『一日くらい平気』

「それはダメ」

『じゃあ一緒に寝落ちする?』

「電話繋いだまま?」

『うん』

「……子どもみたい」

『美月が寝るまで』

「……」

少し。

嬉しい。

「じゃあ」

「ちょっとだけ」

『はい』

その夜。

陽向の。

「まだ起きてる?」

という声を。

何度か聞きながら。

私は。

いつの間にか。

眠っていた。

◇◇◇

撮影当日。

スタジオには。

たくさんの人がいた。

モデル。

スタイリスト。

ヘアメイク。

カメラマン。

スタッフ。

私は。

一ノ瀬紗良として。

挨拶をしていく。

「おはようございます」

「よろしくお願いします」

普通に。

できている。

大丈夫。

そう思っていた。

そのとき。

スタジオの入口が。

少し騒がしくなった。

「おはようございます!」

若い。

女の子の声。

身体が。

固まった。

分かる。

振り返る前から。

分かってしまう。

この声。

何年。

聞いてきたと思ってるの。

私は。

ゆっくり。

振り返った。

「……」

そこに。

いた。

星。

少し。

背が伸びている。

髪も。

以前より長い。

私が知っている娘より。

ほんの少し。

大人びて見える。

でも。

笑ったとき。

口元が。

あの頃と同じ。

「……星」

声が。

出そうになった。

慌てて。

唇を噛む。

ダメ。

今。

呼んだら。

私は。

一ノ瀬紗良。

星にとって。

知らない女性。

「高瀬さん、こちら一ノ瀬紗良さんです」

スタッフが。

星を連れてくる。

近づいてくる。

一歩。

また一歩。

私の娘が。

私のところへ。

「初めまして」

星が。

少し緊張しながら。

頭を下げる。

「高瀬星です」

「……」

返事を。

しなきゃ。

「一ノ瀬……」

喉が。

詰まる。

「紗良です」

やっと。

言えた。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

星が。

顔を上げる。

目が。

合った。

その瞬間。

星の表情が。

少しだけ。

変わった。

「……?」

私を。

じっと見る。

あの日と。

同じ。

遠くから。

目が合ったときと。

同じ顔。

「どうしたの?」

スタッフが。

星に聞く。

「え?」

「あ、いえ」

星が。

少し。

困ったように笑った。

「なんか……」

心臓が。

止まりそうになる。

「一ノ瀬さん」

星が。

もう一度。

私を見る。

「初めて会った気がしなくて」

「……っ」

息が。

止まった。

聞きたかった。

でも。

聞いたら。

泣いてしまう。

「そう?」

私は。

精一杯。

笑った。

「はい」

星が。

首を傾げる。

「どこかで会ったことあります?」

「……ないと」

声が。

震えそうになる。

「思うよ」

本当は。

何千回。

何万回と。

会っている。

朝。

起こした。

髪を整えた。

ご飯を作った。

抱きしめた。

叱った。

笑った。

泣いた。

ずっと。

そばにいた。

でも。

今は。

「初めまして」

それしか。

言えない。

「そっか」

星が。

少し不思議そうに笑った。

その笑顔を見た瞬間。

泣きそうになった。

でも。

今は。

仕事。

私は。

爪が食い込むくらい。

手を握った。

◇◇◇

撮影が始まった。

今回は。

世代の違う女性たちが。

同じブランドの洋服を。

それぞれの着こなしで表現する企画。

星は。

若いモデルたちの中でも。

一番。

経験が浅いらしい。

「高瀬さん、もう少し肩の力抜いて!」

「はい!」

カメラマンの声。

星の顔が。

少し。

硬い。

分かる。

緊張してる。

昔から。

真面目な子。

失敗しちゃいけないと思うと。

余計に。

身体が固くなる。

「もうちょっと自然に笑って」

「はい」

でも。

うまくいかない。

スタッフの空気が。

少しずつ。

重くなる。

私は。

見ていられなかった。

「……星」

呼びそうになる。

ダメ。

でも。

身体が。

先に動いた。

「高瀬さん」

私は。

星の近くへ行く。

「はい!」

緊張した顔。

昔。

習い事の発表前にも。

こんな顔をしていた。

私は。

無意識に。

言った。

「大丈夫」

「……」

「失敗しても」

「やり直せるから」

星の目が。

少し大きくなる。

「肩」

私は。

自分の肩を。

軽く上下させる。

「一回、力抜いて」

「息吐いて」

「……はい」

星が。

ふうっと。

息を吐く。

「そう」

「それで」

その瞬間。

昔の癖で。

手が。

星の頭へ伸びかけた。

「……っ」

止める。

頭を。

撫でそうになった。

いつも。

緊張している星に。

していたみたいに。

私は。

慌てて。

手を下ろす。

「……?」

星が。

その手を見る。

「あ、ごめんね」

「いえ」

そして。

私は。

思わず。

続けてしまった。

「星ならできるよ」

しん。

自分の中だけ。

時間が止まった。

「……」

やってしまった。

高瀬さん。

じゃない。

星。

呼び捨て。

「……あ」

私が。

慌てて言い直そうとすると。

星が。

じっと。

私を見ていた。

「……今」

「ご、ごめんなさい」

「名前」

「つい……」

何て。

言い訳する?

プロフィールを見て。

読み方を知っていた。

それで。

いい。

なのに。

星は。

小さな声で言った。

「……ママみたい」

「……っ」

心臓を。

掴まれたようだった。

「え?」

聞き返した声が。

震えた。

星自身も。

少し驚いたように。

笑う。

「すみません」

「変ですよね」

「何か」

星が。

目を伏せる。

「ママも」

「緊張してるとき」

「同じこと言ってくれてたから」

涙が。

出そうになる。

ダメ。

泣くな。

今は。

まだ。

「……そうなんだ」

どうにか。

笑う。

「うん」

星が。

少し寂しそうに笑った。

「もう、いないんですけど」

「……」

知ってる。

私だから。

「……そっか」

それしか。

言えなかった。

でも。

胸の中では。

何度も。

叫んでいた。

ここにいるよ。

星。

ママ。

ここにいるよ。

◇◇◇

撮影が再開された。

星は。

さっきより。

自然に笑えていた。

「いいね!」

「その表情!」

カメラマンの声。

私は。

少し離れたところから。

見ていた。

誇らしい。

すごいね。

頑張ったね。

言いたい。

撮影が終わったら。

抱きしめたい。

でも。

できない。

だから。

せめて。

誰にも見えないところで。

小さく。

拍手した。

「……よくできました」

昔と同じ。

母親の声で。

誰にも。

聞こえないように。

◇◇◇

休憩。

私は。

人の少ない廊下へ出た。

限界だった。

トイレへ。

行こうと思った。

でも。

途中で。

歩けなくなる。

壁に。

背中を預ける。

「……っ」

涙が。

溢れた。

会えた。

星に。

会えた。

話した。

声も。

聞けた。

頑張っている姿も。

見られた。

嬉しい。

本当に。

嬉しい。

なのに。

苦しい。

あんなに近くにいたのに。

触れられなかった。

ママって。

言えなかった。

「……星」

口を押さえる。

声を出したら。

止まらなくなる。

そのとき。

「一ノ瀬さん?」

「……!」

慌てて。

涙を拭く。

振り返る。

星だった。

「どうしたの?」

私は。

顔を隠す。

「ちょっと、目にゴミ入って」

苦しすぎる。

星が。

心配そうに。

近づいてくる。

「大丈夫ですか?」

「うん」

「本当に?」

「……うん」

私が。

何度も言ってきた。

大丈夫。

その言葉を。

娘にまで。

使っている。

星が。

少し。

私の顔を見る。

そして。

「一ノ瀬さん」

「何?」

「変なこと聞いていいですか?」

嫌な。

いや。

期待してしまうような。

予感。

「うん」

星が。

少し迷ってから。

言った。

「私のこと」

「前から知ってました?」

「……」

「なんで?」

「だって」

星は。

首を傾げる。

「初めてなのに」

「すごく」

言葉を探す。

「私のこと知ってる人みたいに話すから」

「……」

何も。

言えない。

「それに」

「?」

「なんか」

星が。

胸元を押さえる。

「一ノ瀬さんの近くにいると」

「変なんです」

「変?」

「安心するっていうか」

涙が。

また。

出そうになる。

「……懐かしいっていうか」

その一言。

私の胸を。

貫いた。

星。

分かるの?

顔は。

違うのに。

声も。

違うのに。

「私も」

口から。

言葉が出そうになる。

私も。

あなたを。

ずっと知ってる。

あなたが。

生まれた日から。

でも。

言えない。

私は。

ただ。

笑った。

「もしかしたら」

「?」

「相性がいいのかもね」

「……相性?」

「うん」

「私も」

喉が。

苦しい。

「星ちゃんといると」

「すごく」

泣かないように。

笑う。

「大切にしたいって思うから」

星の目が。

少し。

大きくなった。

「……」

言いすぎた。

そう思った。

でも。

星は。

少し照れたように。

笑った。

「嬉しいです」

そして。

「私」

「?」

「一ノ瀬さんのこと」

星が。

柔らかく笑う。

「好きかも」

「……っ」

「え?」

「変な意味じゃなくて!」

慌てて。

星が手を振る。

「憧れるっていうか」

「もっと話したいっていうか」

「……うん」

私の涙が。

とうとう。

一滴。

落ちた。

「一ノ瀬さん?」

「ごめん」

笑う。

「嬉しくて」

今の涙だけは。

それで。

いいと思った。

「私も」

私は。

星を見つめる。

「もっと話したい」

本当は。

話したいこと。

山ほどある。

学校どう?

ちゃんと食べてる?

夜。

眠れてる?

弟たちとは。

仲良くしてる?

パパは?

寂しくない?

ママがいなくなって。

泣いた?

聞きたい。

でも。

今日は。

それでいい。

会えた。

話せた。

陽向が言った。

それで。

百点。

「また」

星が。

笑う。

「撮影で会えたらいいですね」

「……うん」

私は。

頷いた。

「また会おうね」

今度は。

母親ではなく。

一ノ瀬紗良として。

それでも。

また。

あなたのそばに。

行けるなら。

◇◇◇

撮影が終わったのは。

夕方だった。

スタジオを出る。

スマートフォンを見る。

陽向から。

『終わった?』

『近くにいる』

私は。

すぐに。

『終わった』

と送った。

数分後。

見慣れた車。

私は。

助手席へ乗り込んだ。

「お疲れ」

陽向の顔を見た瞬間。

もう。

ダメだった。

「……陽向」

「うん」

「会えた」

涙が。

落ちる。

陽向は。

何も聞かず。

腕を広げた。

私は。

自分から。

その胸へ。

飛び込んだ。

「星に」

「うん」

「会えたよ」

「うん」

「話した」

「うん」

「すごく」

声が。

震える。

「大きくなってた」

「そっか」

「頑張ってた」

「うん」

「私ね」

陽向の服を。

握る。

「頭撫でそうになった」

「……うん」

「星って呼んじゃった」

「うん」

「ママみたいって」

「言われた」

陽向の腕が。

少し強くなる。

「……そっか」

「それから」

涙と一緒に。

笑う。

「初めて会った気がしないって」

「懐かしいって」

陽向が。

何も言わず。

私の背中を撫でる。

「分かってないよ」

「うん」

「星は」

「私がママだって」

「知らない」

「うん」

「でも」

私は。

顔を上げる。

「何か」

「感じてくれたのかな」

陽向は。

少し笑った。

「俺は」

「?」

「あると思う」

「……本当に?」

「だって」

陽向が。

涙を。

指で拭ってくれる。

「母親って」

「顔だけじゃないだろ」

その言葉に。

また。

涙が。

溢れた。

「声が違っても」

「姿が違っても」

「美月が星ちゃん見てる目とか」

「話し方とか」

「そういうの」

少し照れたように。

笑う。

「子どものほうが」

「案外気づくんじゃない?」

「……陽向」

「何?」

「今日」

私は。

泣きながら笑った。

「百点だった?」

陽向が。

一瞬。

目を丸くする。

そして。

ものすごく優しく。

笑った。

「百点」

「……うん」

「いや」

少し考えて。

「二百点」

「増えた」

「会えたし」

「仕事もしたし」

「ちゃんと帰ってきたし」

「……うん」

「よく頑張りました」

陽向の手が。

私の頭を。

優しく撫でる。

その瞬間。

我慢していたものが。

全部。

溢れた。

「……頑張った」

私は。

子どもみたいに。

陽向の胸で。

泣いた。

「うん」

「すごく頑張った」

「うん」

「抱きしめなかった」

「うん」

「ママって言わなかった」

「うん」

「ちゃんと」

声が。

崩れる。

「初めましてって言った」

陽向は。

何も否定しない。

ただ。

何度も。

背中を撫でてくれた。

その日。

私は。

娘と。

二度目の。

『初めまして』

をした。

一度目は。

星が生まれた日。

小さな身体を。

初めて腕に抱いたとき。

そして。

二度目は。

私は母親であることを。

名乗れないまま。

娘の前に立った。

でも。

それでも。

星は。

私を見て。

言った。

――初めて会った気がしない。

その言葉だけで。

今は。

十分だった。

きっと。

親子だった時間は。

姿が変わったくらいで。

全部。

消えてしまうものじゃない。

私は。

そう。

信じたかった。