目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

翌朝。

目を覚まして。

最初に思ったことは。

「……夢?」

だった。

ベッドの中。

ぼんやりと天井を見る。

昨日。

陽向に。

好きだと伝えた。

陽向も。

私が好きだと言ってくれた。

手を繋いだ。

そして。

付き合うことになった。

「……」

私は。

ゆっくり。

自分の右手を見る。

昨日。

陽向と。

指を絡めた手。

もちろん。

もう。

何も残っていない。

それなのに。

触れられていたところだけ。

まだ。

温かいような気がする。

「……本当に?」

スマートフォンを取る。

画面。

陽向から。

一件。

『おはよう、彼女』

「……っ!」

私は。

布団を頭までかぶった。

「無理無理無理!」

本当だった。

夢じゃない。

私。

天城陽向の。

彼女。

十年以上。

テレビの向こうで。

応援してきた。

最推しの。

「……彼女」

口にしただけで。

また。

顔が熱くなる。

すると。

スマートフォンが。

もう一度震えた。

『起きてる?』

返事をしなきゃ。

そう思うのに。

指が。

動かない。

何て返すの?

『おはよう、彼氏』

……無理。

恥ずかしすぎる。

結局。

『おはよう』

だけ送った。

すぐに。

既読。

『彼氏ってつけて』

「嫌!」

思わず。

声が出た。

◇◇◇

それから。

十分後。

電話が鳴った。

陽向。

「……もしもし」

『何で彼氏って言ってくれないの?』

開口一番。

それ?

「恥ずかしいから」

『昨日好きって言ったじゃん』

「それもかなり頑張ったの!」

『俺、めちゃくちゃ嬉しかった』

「……」

朝から。

そういうこと言わないで。

『美月?』

「聞こえてる」

『じゃあ一回だけ』

「何が?」

『陽向、好き』

「嫌」

『即答!?』

私は。

思わず笑った。

電話の向こうから。

「えー!」

と。

本気で不満そうな声。

付き合った途端。

何か。

陽向の甘え方が。

増えてない?

「仕事は?」

『これから』

「じゃあ準備しないと」

『してる』

「電話しながら?」

『うん』

ガサガサ。

何かを探している音。

「何してるの?」

『靴下ない』

「知らないよ」

『昨日までなら探してって言ったら怒られてたかな』

「今日からでも怒るよ」

『彼女なのに?』

「彼女はお母さんじゃありません」

『冷たい!』

「自分で探してください」

少しして。

『あった』

「よかったね」

『美月』

「何?」

一瞬。

陽向の声が。

静かになった。

『昨日のこと』

「……うん」

『やっぱ夢じゃないよな』

胸が。

きゅっとなる。

陽向も。

同じこと。

思ってたんだ。

「うん」

私は。

少し笑った。

「夢じゃないよ」

『そっか』

声だけで。

陽向が笑ったのが。

分かった。

『じゃあ仕事頑張れる』

「今までも頑張ってたでしょ」

『今日はもっと』

「無理しすぎないで」

『はい』

「ちゃんとご飯食べて」

『はい』

「寝れるとき寝て」

『……やっぱ母親じゃん』

「じゃあもう言わない」

『言って』

「どっちなの!」

陽向が。

大きな声で笑う。

私も。

笑った。

恋人になった。

だからって。

急に。

何もかも変わるわけじゃない。

でも。

一つ。

違う。

この人を。

好きだと思っていい。

それだけで。

世界が。

少し違って見えた。

◇◇◇

午後。

私は。

事務所へ向かった。

これからの。

仕事復帰について。

改めて。

スケジュールを相談するためだった。

「一ノ瀬さん」

マネージャーが。

資料を広げる。

「来月から少しずつ増やしていきたいと思っています」

「はい」

「まず雑誌撮影」

「それからドラマのゲスト出演の話も来ています」

「ドラマ……」

演技。

一番。

不安なもの。

「もちろん」

マネージャーが。

私の表情に気づく。

「記憶のこともありますし」

「いきなり以前と同じ仕事量にはしません」

「ありがとうございます」

「それと」

一枚。

別の資料が。

出された。

「こちら」

「……?」

「ファッションブランドの新企画です」

ページをめくる。

若いモデルたちと。

女優が。

世代を越えて。

同じブランドを着る。

そんな企画らしい。

「一ノ瀬さんには」

「メイン側で出演してほしいと」

「……はい」

モデル。

私は。

資料に載っている。

何人かのモデル候補を見る。

十代。

二十代。

若い子たち。

その中。

一枚の。

まだ。

プロフィール写真だけの女の子に。

なぜか。

目が止まった。

「……」

長い髪。

まだ。

あどけない。

でも。

その笑顔。

どこか。

「……星?」

口から。

出た。

「え?」

マネージャーが。

資料を見る。

「この子ですか?」

「……」

指先が。

震える。

名前。

高瀬 星

読み。

たかせ ひかり

「……っ」

息が。

止まりそうになった。

間違いない。

私の。

娘。

星。

「一ノ瀬さん?」

「この子……」

声が。

うまく出ない。

「知ってるんですか?」

「……」

どう答える?

知ってる。

私の娘。

なんて。

言えるわけがない。

「前に」

必死に。

言葉を探す。

「SNSで……見たことがあって」

「そうなんですね」

マネージャーは。

疑う様子もなく。

資料を確認する。

「最近モデル活動を始めた子みたいですよ」

「最近……?」

「はい」

「まだ本格デビューしたばかりですね」

心臓が。

速くなる。

星が。

芸能界に?

どうして?

そんな話。

前の人生では。

聞いたことがなかった。

まだ。

興味がある程度だった?

それとも。

私が死んでから。

何か変わった?

「この企画」

私は。

資料から。

目を離せなかった。

「この子も参加するんですか?」

「現状は候補ですが」

マネージャーが答える。

「かなり可能性は高いみたいです」

「……」

また。

会える。

今度は。

遠くからじゃない。

同じ仕事。

同じ場所で。

星に。

会えるかもしれない。

嬉しい。

でも。

怖い。

私は。

母親として。

抱きしめられない。

星。

ママだよ。

そう言えない。

知らない女優として。

会わなければならない。

「……一ノ瀬さん」

「はい」

「大丈夫ですか?」

「……大丈夫」

反射的に。

言ってしまった。

でも。

すぐに。

止まる。

「あ」

陽向に。

何度も言われた。

大丈夫じゃないときは。

言わなくていい。

「……すみません」

また。

謝る。

「ちょっと」

息を吐く。

「驚いただけです」

「そうですか」

「はい」

私は。

もう一度。

星の写真を見る。

大きくなった。

前に見た。

あの日よりも。

写真の中の星は。

少し。

大人っぽく見えた。

「……頑張ってるんだね」

小さな声で。

呟いた。

◇◇◇

事務所を出たあと。

私は。

すぐに。

陽向へ連絡した。

『今日会える?』

送ったあと。

思う。

付き合って。

初めて。

私から。

会いたいと言った。

それだけで。

少し。

恥ずかしい。

でも。

今は。

それどころじゃない。

数分後。

電話。

「もしもし」

『何かあった?』

声のトーンが。

いつもより低い。

私のメッセージで。

何かあったと。

察したらしい。

「うん」

『どこ?』

「事務所出たところ」

『俺、あと一時間くらいで終わる』

「うん」

『美月ん家行く』

「分かった」

少し。

黙る。

「陽向」

『何?』

「……会いたい」

自分でも。

驚いた。

自然に。

出た。

電話の向こうが。

静かになる。

「……陽向?」

『ごめん』

「え?」

『今』

少し。

声が上ずる。

『めっちゃニヤけた』

「もう!」

『だって美月から会いたいって!』

「今そういうのいいから!」

『何かあったのは分かってる』

すぐに。

声が優しくなる。

『ちゃんと行くから』

「……うん」

『一人で考えすぎんなよ』

その一言で。

少し。

胸が楽になった。

「うん」

今度は。

素直に頷けた。

◇◇◇

夜。

陽向が来る。

玄関を開けた瞬間。

「美月」

いつもの。

明るい声ではなかった。

心配そうな顔。

「何あった?」

「……入って」

「うん」

二人で。

リビングへ向かう。

私は。

昼間もらった。

企画資料を。

テーブルに置いていた。

陽向へ。

見せる。

「これ」

「仕事?」

「うん」

「来月の?」

「モデル企画」

「へえ」

陽向が。

資料をめくる。

そして。

私が。

印をつけたページで。

手を止めた。

「……」

名前を見た。

高瀬 星。

陽向が。

私を見る。

「星ちゃん?」

私は。

ゆっくり。

頷いた。

「うん」

陽向の表情が。

一気に変わった。

「マジ?」

「候補だけど」

「一緒に仕事するかもしれないって」

「……」

「星が」

声が。

震える。

「モデル始めてた」

陽向は。

もう一度。

写真を見る。

「前に見た子だ」

「うん」

あの日。

遠くから。

星を見た。

陽向も。

あとから。

私の娘だと知った。

「……会えるじゃん」

陽向が。

静かに言った。

「うん」

「近くで」

「……うん」

それが。

嬉しい。

でも。

涙が。

落ちた。

「美月」

「でも……」

今日は。

陽向も。

禁止と言わなかった。

「会ったら」

私は。

泣きながら。

笑う。

「抱きしめたくなる」

「……」

「星って」

「呼びたくなる」

「うん」

「ママだよって」

「……うん」

「言いたくなる」

涙が。

止まらない。

「でも」

「言えない」

陽向は。

何も言わず。

聞いてくれる。

「知らない人みたいに」

「初めましてって」

「言わなきゃいけない」

「……うん」

「できるかな」

怖い。

近づける。

でも。

近づいたぶん。

母親ではないことを。

突きつけられる。

「……私」

胸を押さえる。

「会いたいのに」

「会うのが怖い」

陽向が。

静かに。

私の隣へ座った。

昨日までなら。

ここで。

抱きしめてほしい。

そんなこと。

思わなかったかもしれない。

でも。

今は。

好きな人。

彼氏。

私は。

自分から。

ほんの少し。

陽向の肩へ。

身体を寄せた。

陽向が。

驚いたように。

こちらを見る。

「……美月?」

「少しだけ」

私は。

小さく聞く。

「こうしててもいい?」

「……うん」

すぐに。

陽向の腕が。

私の肩に回った。

優しく。

抱き寄せられる。

キスではない。

でも。

昨日より。

ずっと近い。

私は。

陽向の胸に。

顔を寄せた。

鼓動が。

聞こえる。

自分だけじゃない。

陽向の心臓も。

少し。

速い。

「陽向」

「うん」

「私ね」

「うん」

「星が」

涙を拭う。

「芸能界に入るなんて」

「思ってなかった」

「そっか」

「私が生きてた頃」

「まだ」

「そんな話はしてなかったから」

「……」

「何でだろ」

陽向が。

少し考える。

「美月が死んだこと」

「何か関係あんのかな」

胸が。

痛む。

「……分かんない」

「星ちゃん」

「昔から芸能界好きだった?」

「テレビは好きだった」

私は。

少し笑った。

「ASTERも」

「え?」

陽向が。

顔を覗き込む。

「星ちゃん、俺ら知ってた?」

「知ってるどころじゃないよ」

「……マジ?」

「私が見てたから」

思い出す。

テレビ。

ライブ映像。

音楽番組。

陽向が出れば。

私が。

嬉しそうに見ていた。

その隣に。

子どもたち。

そして。

星。

「星も」

「陽向のこと好きだったよ」

陽向が。

固まる。

「……俺?」

「うん」

「どれくらい?」

「結構」

「……」

「何その顔」

「いや」

陽向が。

ものすごく。

複雑そうな顔をする。

「彼女の娘が俺のファンって」

「情報量多いなって」

私は。

思わず笑った。

「本当だね」

でも。

笑っているうちに。

一つ。

記憶が。

浮かんだ。

『ママ、陽向くん好きだもんね』

星が。

言っていた。

『いつか会えたらいいね』

私は。

笑って。

答えた。

『会えるわけないよー』

「……」

胸が。

ぎゅっとなる。

「どうした?」

「昔ね」

私は。

陽向を見た。

「星が」

「?」

「いつか陽向に会えたらいいねって」

「私に言ったことあった」

「……」

「私」

涙を浮かべながら。

笑った。

「会えるわけないって答えた」

陽向の目が。

少し。

揺れる。

「それが」

「今」

「こんなことになってる」

本当に。

人生って。

分からない。

私は。

一度。

死んだ。

陽向の。

幼なじみの身体で。

目覚めて。

最推しだった人と。

恋人になって。

そして。

今度は。

娘まで。

この世界へ。

近づいてきている。

「……美月」

「うん」

陽向が。

少し迷ってから。

言った。

「星ちゃんが俺のファンならさ」

「うん」

「いつか」

「?」

「普通に」

「会ってみたいな」

私は。

陽向を見る。

「普通に?」

「仕事とかじゃなく」

「……」

「美月の大事な人として」

胸が。

大きく鳴った。

でも。

すぐに。

現実が。

胸に刺さる。

「でも」

今度は。

どうしても。

言う。

「私が母親だって」

「言えないのに?」

陽向は。

黙った。

そして。

「今は」

答えた。

「言えなくても」

「……」

「美月が大事にしてる子ってことは」

「俺には分かるから」

涙が。

また。

出た。

「陽向」

「何?」

「彼氏になった途端」

「?」

「優しさ増えてない?」

「前から優しいけど?」

「自分で言う?」

陽向が。

笑う。

私も。

少しだけ笑った。

そして。

そのまま。

もう一度。

陽向の肩へ寄りかかった。

◇◇◇

しばらくして。

陽向が。

小さく言った。

「美月」

「ん?」

「次の撮影」

「うん」

「星ちゃん来ることになったら」

「連絡して」

「何で?」

「美月、絶対前の日眠れないから」

「……」

否定できない。

「で」

「?」

「当日も」

「絶対大丈夫って言うから」

私は。

陽向を見る。

「……言うと思う」

「だろ?」

「うん」

「だから」

陽向が。

私の頭を。

軽く撫でた。

「俺にくらい」

「大丈夫じゃないって言えよ」

その手。

頭を撫でられる感覚。

私は。

少し目を閉じた。

前の人生。

ずっと。

誰かに。

そうしてほしかったのかもしれない。

答えを。

出してほしいわけじゃない。

解決してほしいわけでもない。

ただ。

怖いね。

辛いね。

大丈夫じゃなくてもいいよ。

そう言ってほしかった。

そして。

今。

それをしてくれる人が。

隣にいる。

「……うん」

私は。

陽向の服を。

少しだけ。

掴んだ。

「怖い」

初めて。

素直に。

言った。

「星に会うの」

「うん」

「すごく嬉しいのに」

「うん」

「すごく怖い」

「そっか」

それだけ。

否定しない。

励ましすぎない。

陽向は。

ただ。

私の肩を抱いた。

「怖くても」

「?」

「会いたいんだろ?」

「……うん」

「じゃあ」

少し笑う。

「会おう」

「うん」

「泣きそうになったら?」

「……我慢する」

「違う」

「え?」

「終わったら俺んとこ来て泣けばいい」

胸が。

また。

いっぱいになった。

「……陽向」

「何?」

「好き」

今度は。

自然に。

言えた。

陽向が。

完全に。

固まる。

「……」

「陽向?」

「もう一回」

「嫌」

「何で!?」

「一回言ったから」

「今の録音してない!」

「録音しないで!」

「あーもう!」

陽向が。

悔しそうに。

私を抱く腕へ。

少し力を込めた。

「俺はもっと言うからな」

「何を?」

「美月好き」

「……っ」

「大好き」

「ちょっと!」

「彼女なんだからいいだろ」

「恥ずかしい!」

「あはははっ!」

陽向の。

大きな笑い声。

私は。

顔を隠しながら。

思った。

この人と。

恋をしている。

でも。

同時に。

私は。

母親でもある。

どちらかを。

捨てなくていい。

そう言ってくれる人と。

今。

一緒にいる。

そして。

私の二つの人生は。

少しずつ。

一つの場所へ。

近づき始めていた。

一ノ瀬紗良として生きる。

今の私。

高瀬美月として生きた。

過去の私。

そして。

その二つを。

繋ぐように。

娘。

星が。

芸能界へ。

現れようとしていた。