目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

次に会ったら。

ちゃんと。

伝えよう。

そう決めた。

――はずだった。

「……無理」

私は。

朝から。

ソファに突っ伏していた。

陽向から届いたメッセージ。

『今日夜行く』

たったそれだけ。

いつもなら。

「今日何作ろうかな」

くらいなのに。

今日は違う。

今日。

言う。

陽向が好きだって。

高瀬美月として。

好きになったって。

「……言える?」

自分に聞く。

答えは。

「無理かもしれない……」

情けない。

昨日。

鏡の前では。

あんなにはっきり言えたのに。

本人を前にしたら。

絶対。

無理。

いや。

でも。

言うって決めた。

「よし」

私は。

身体を起こす。

「言う」

数秒後。

「……やっぱり怖い」

また。

ソファに沈んだ。

◇◇◇

夕方。

私は。

いつもより。

少しだけ丁寧に。

夕食を作っていた。

煮込みハンバーグ。

サラダ。

スープ。

陽向の好きなもの。

「……」

鍋を混ぜながら。

ふと思う。

これ。

完全に。

好きな人のために作ってる。

顔が。

熱くなる。

「何歳だと思ってるの、私……」

三十四歳。

結婚していた。

子どもも五人いる。

恋愛なんて。

もう。

自分には関係ないと思っていた。

それなのに。

今。

好きな人が来るから。

ハンバーグを作りながら。

緊張している。

不思議。

でも。

少しだけ。

嬉しかった。

こんな気持ち。

まだ。

私の中に残っていたんだ。

恋をする。

そんな自分が。

まだいたんだ。

◇◇◇

ピンポーン。

「……っ!」

来た。

一気に。

心臓が。

速くなる。

私は。

一度深呼吸して。

玄関へ向かった。

ドアを開ける。

「よ」

陽向。

いつもの。

帽子。

パーカー。

笑顔。

でも。

今日は。

顔を見た瞬間。

胸の奥が。

はっきり言った。

――好き。

私は。

ほんの一瞬。

固まった。

「……美月?」

「え?」

「大丈夫?」

「だ、大丈夫」

「顔赤くない?」

「暑い」

「今日寒いけど」

「料理してたから!」

「ふーん?」

怪しまれてる。

まずい。

「と、とにかく入って」

「はいはい」

陽向が。

靴を脱ぐ。

その横顔を見て。

また。

胸が鳴った。

今日。

言えるのかな。

◇◇◇

「うまっ!」

陽向が。

煮込みハンバーグを食べて。

いつものように。

大きな声を出す。

「これヤバい!」

「大げさ」

「いやマジで」

「店出せる」

「前も聞いた」

「じゃあ俺専属」

「それ店じゃないじゃん」

「じゃあ俺ん家住む?」

「っ!?」

フォークが。

止まった。

陽向も。

「あ」

という顔。

「いや!」

慌てる。

「飯の話!」

「分かってる!」

「今の深い意味ない!」

「分かってるって!」

二人とも。

顔が赤い。

何。

この空気。

昨日までなら。

もっと普通に流せた。

でも。

お互い。

もう。

分かり始めているから。

一言一言が。

変に。

意味を持つ。

「……食べよ」

「うん」

急に。

静かになる。

でも。

数秒後。

陽向が。

耐えきれないように笑った。

「何?」

「いや」

「美月も意識してんだなと思って」

「……」

図星。

「陽向だって」

「俺は」

少し間。

「してるよ」

「……」

さらっと。

言わないで。

心臓が。

もたない。

◇◇◇

食事を終える。

洗い物も。

終わる。

でも。

私は。

まだ。

言えない。

ソファに座る。

陽向も。

隣。

テレビ。

ついている。

でも。

内容なんて。

全く入ってこない。

今。

言う?

いや。

CMになってから?

何でタイミングを。

テレビ基準で考えてるの。

「……美月」

「何!?」

声が。

裏返った。

陽向が。

びっくりする。

「いや」

「今日ずっと変だけど」

「何か言いたいことある?」

「……」

分かりやすすぎた。

逃げる?

いや。

もう。

決めた。

「ある」

私が言うと。

陽向の表情が。

一瞬で。

真面目になった。

「……そっか」

テレビを。

消した。

部屋が。

静かになる。

余計に。

緊張する。

「言って」

「……」

私は。

膝の上で。

手を握った。

「この前」

「うん」

「私」

ゆっくり。

言葉を選ぶ。

「自分の気持ちが」

「紗良さんのものなのか」

「私のものなのか」

「分からないって言ったよね」

「うん」

陽向は。

何も急かさない。

「だから」

「ずっと考えた」

「うん」

「陽向が来ると嬉しいのは」

「紗良さんの気持ちなのか」

「陽向が帰ると寂しいのも」

「……うん」

「触られたらドキドキするのも」

陽向の耳が。

少し。

赤くなる。

私も。

絶対。

同じ。

「誰かと仲良くしてたら嫌だなって思うのも」

「……」

「全部」

胸に手を置く。

「紗良さんの恋が」

「残ってるからなのかなって」

陽向が。

静かに聞いている。

「でも」

私は。

顔を上げた。

「違った」

陽向の目が。

少し大きくなる。

「少なくとも」

「今、私が感じてる気持ちは」

「紗良さんの記憶が出てこなくても」

「ちゃんと」

「ここにある」

胸を押さえる。

「陽向が」

「美月って呼んでくれたとき」

「嬉しかった」

「泣いてたら」

「何でもない顔じゃないって」

「見つけてくれたときも」

「……」

「壊したマグカップより」

「私が怪我してないか心配してくれたときも」

陽向の表情が。

少しだけ。

柔らかくなる。

「私の好きなもの」

「一緒に探してくれたときも」

「歌を褒めてくれたときも」

「疲れたって」

「私の前で言ってくれたときも」

全部。

思い出せる。

全部。

高瀬美月として。

出会ってからの。

陽向との記憶。

「私ね」

涙が。

少し。

滲んだ。

「陽向のこと」

言える。

今なら。

言いたい。

「アイドルだから好きだったんじゃない」

「……」

「最初は」

少し笑う。

「最推しだったけど」

陽向も。

少し笑った。

「でも今は」

私は。

まっすぐ。

陽向を見る。

「ただの陽向が」

「好き」

静かな部屋。

自分の声だけが。

はっきり聞こえた。

「高瀬美月として」

一度。

息を吸う。

「天城陽向が好き」

言えた。

とうとう。

言えた。

◇◇◇

陽向は。

何も言わない。

「……」

え。

長い。

怖い。

「陽向?」

「……」

「何か」

「待って」

陽向が。

両手で顔を覆った。

「……無理」

「え!?」

無理!?

「無理って何!?」

「違う!」

陽向が。

顔を上げる。

真っ赤。

「嬉しすぎて無理!」

「……」

今度は。

私が。

固まる。

「心臓ヤバい」

陽向が。

胸を押さえる。

「マジで」

「……」

「美月」

呼ばれる。

いつもより。

少し低い声。

「俺も」

心臓が。

跳ねる。

「美月が好き」

分かっていた。

たぶん。

そうだろうって。

それでも。

本人の口から。

聞くのは。

全然違った。

「紗良じゃない」

陽向が続ける。

「美月」

涙が。

落ちた。

「俺が好きになったのは」

「高瀬美月」

「……うん」

「飯作って」

「笑って」

「すぐ謝って」

「でも最近ちょっと減って」

泣きながら。

笑ってしまう。

「歌うと」

「めちゃくちゃ楽しそうで」

「俺が疲れてるの」

「気づいてくれて」

「……」

「一緒にいると」

陽向が。

少しだけ。

息を吐く。

「俺が俺でいられる」

その言葉。

一番。

嬉しい。

「だから」

陽向が。

少し近づく。

「好き」

「……うん」

「めちゃくちゃ好き」

涙が。

また。

溢れる。

「そんな」

「何?」

「二回も言わなくていい」

「何で?」

「恥ずかしい」

「俺はもっと言える」

「やめて」

「美月好き」

「もう!」

私は。

泣きながら笑った。

陽向も。

笑う。

そして。

ふと。

陽向が。

手を伸ばす。

頬に。

触れる。

私は。

動けなかった。

いや。

動かなかった。

「……美月」

「うん」

「触っていい?」

前は。

勝手に。

額に触れてきたのに。

今日は。

聞く。

私は。

小さく。

頷いた。

「うん」

陽向の手が。

頬を包む。

温かい。

胸が。

速く鳴る。

でも。

怖くない。

今度は。

逃げたくない。

「……顔」

陽向が。

少し困ったように笑う。

「紗良なんだよな」

「……うん」

その言葉で。

ほんの少し。

現実に戻る。

私は。

目を伏せた。

「だから」

「?」

陽向が。

続ける。

「俺も最初」

「混乱した」

「……」

「美月を見てるのか」

「紗良を見てるのか」

「分かんなくなるときもあった」

胸が。

少し痛む。

でも。

聞かなきゃ。

「でも今」

陽向の親指が。

涙を拭う。

「こうやって触ってる相手」

「ちゃんと美月だって分かる」

「……」

「俺の中では」

「もう」

「全然違う」

涙が。

また。

出た。

「そっか」

「うん」

「よかった」

本当に。

それだけ。

◇◇◇

陽向が。

ゆっくり。

顔を近づける。

その瞬間。

私は。

息を止めた。

キス。

する?

このまま。

陽向の唇が。

近づく。

心臓が。

壊れそう。

でも。

あと。

ほんの少しのところで。

私は。

陽向の胸に。

手を置いた。

「……待って」

陽向が。

すぐに止まる。

「……ごめん」

「違う」

私は。

首を振る。

嫌じゃない。

むしろ。

したい。

そう思っている。

でも。

「まだ」

自分の顔に触れる。

「これ」

「……」

「紗良さんの身体だから」

陽向は。

何も言わず。

私を見る。

「好きって言うのは」

「私の気持ちだから」

「ちゃんと言えた」

「うん」

「でも」

声が。

少し震える。

「キスとか」

「それ以上のことは」

「……」

「紗良さんの身体を」

「私が勝手に使っていいのかなって」

陽向の表情が。

少しだけ。

曇る。

「美月」

「ごめん」

「謝んなくていい」

すぐに。

言われた。

「分かった」

陽向は。

少し離れた。

寂しい。

ほんの少し。

でも。

安心もした。

「待つよ」

「……」

「美月が」

「ちゃんと大丈夫って思えるまで」

「うん」

「だから」

陽向が。

少しだけ笑う。

「今はこれ」

手。

差し出される。

「え?」

「手」

「……」

私は。

その手を見る。

そして。

自分の手を。

重ねた。

陽向が。

ゆっくり。

指を絡める。

恋人繋ぎ。

「……っ」

これだけで。

充分。

心臓。

大変なことになっている。

「美月」

「何?」

「これもダメ?」

「……」

私は。

繋がれた手を見る。

「これは」

少し笑う。

「いい」

陽向の顔が。

一気に明るくなる。

「よっしゃ」

「そんな喜ぶ?」

「喜ぶ」

「子どもみたい」

「好きな子と手繋げたんだけど?」

「っ……!」

その言い方。

ずるい。

「もう黙って」

「えー」

でも。

手は。

離れなかった。

◇◇◇

しばらく。

二人で。

何も言わず。

手を繋いでいた。

静か。

でも。

昨日までとは。

違う。

好き。

ちゃんと。

伝わっている。

陽向も。

私が好き。

それが。

まだ。

信じられない。

「ねえ」

私が。

小さく聞く。

「何?」

「これって」

「うん」

「付き合う……ってこと?」

陽向が。

私を見る。

「美月は?」

「え?」

「俺と付き合いたい?」

また。

私に聞く。

どうしたい?

いつも。

陽向は。

そこを。

私に返す。

「……付き合いたい」

言った。

自分の気持ちで。

「陽向と」

陽向が。

笑った。

すごく。

嬉しそうに。

「じゃあ」

繋いだ手を。

少し強く握る。

「今日から彼女」

「……」

彼女。

その言葉に。

変な感じ。

私が。

天城陽向の。

彼女?

「いや待って」

「何?」

「本当に?」

「何が?」

「私が?」

「美月が」

「陽向の?」

「俺の」

「……」

「理解追いついてる?」

「全然」

陽向が。

声を上げて笑う。

「あはははっ!」

「笑わないで!」

「だって!」

「十年以上推してた人の彼女って!」

「やっぱそこ戻るんだ」

「戻るよ!」

「じゃあ」

陽向が。

少しだけ。

悪い顔で笑う。

「最推しと付き合えた感想は?」

「……」

私は。

数秒考えて。

「夢なら起こさないでほしい」

「俺が起こさない」

「何それ」

「ずっと夢にしとけば?」

陽向が。

笑う。

胸が。

また。

温かくなる。

でも。

私は。

繋いだ手を見ながら。

少しだけ。

真面目な声で言った。

「陽向」

「ん?」

「一つだけ」

「うん」

「私」

「子どもたちのこと」

「忘れられない」

「……うん」

「これからも」

「会いたいって思うし」

「母親でいたいって」

「思うと思う」

「うん」

「それでも」

「いい?」

陽向は。

考えることもなく。

答えた。

「忘れなくていい」

胸が。

ぎゅっとなる。

「美月が子ども大事なの」

「俺知ってるし」

「……」

「それごと美月でしょ」

「うん」

「俺と付き合うからって」

「前の人生なかったことにしなくていい」

涙が。

また。

出そうになる。

「……ありがとう」

「うん」

「あと」

陽向が。

少し笑う。

「星ちゃんたちのこと」

「俺も」

「少しずつ知りたい」

私は。

顔を上げた。

「……いいの?」

「美月の大事なもんでしょ?」

「……うん」

「じゃあ知りたい」

また。

その言葉。

知りたい。

私のことを。

私の好きなものを。

私の大切なものを。

全部。

「……陽向」

「ん?」

「好き」

今度は。

自然に。

言えた。

陽向が。

一瞬。

固まる。

「……もう一回」

「嫌」

「何で!?」

「恥ずかしい」

「俺言ったじゃん!」

「それは陽向が勝手に」

「美月!」

「ふふっ」

私は。

笑った。

陽向も。

少し不満そうにしながら。

笑った。

そして。

繋いだ手は。

最後まで。

離れなかった。

◇◇◇

その夜。

陽向が帰ったあと。

私は。

玄関のドアに。

背中を預けた。

「……彼女」

小さく。

呟く。

顔が。

にやける。

止められない。

でも。

同時に。

鏡を見る。

一ノ瀬紗良の顔。

「……紗良さん」

少しだけ。

胸が痛む。

あなたが。

ずっと。

好きだった人。

私は。

その人と。

恋人になった。

罪悪感が。

ないわけじゃない。

でも。

今日。

陽向は。

ちゃんと。

言ってくれた。

好きなのは。

高瀬美月だと。

そして。

私も。

自分の心で。

選んだ。

だから。

この恋を。

なかったことにはしたくない。

「……ごめんね」

でも。

すぐに。

首を振る。

違う。

謝るだけじゃ。

きっと。

また同じ。

「紗良さん」

私は。

鏡を見ながら。

言った。

「あなたの恋を」

「奪うつもりはない」

「でも」

胸に手を当てる。

「私も」

「幸せになりたい」

日記にあった。

紗良の言葉。

――誰かの幸せばかりじゃなくて。

――自分も幸せになりたい。

「私も」

「そう思っていいよね」

その瞬間。

頭の奥が。

ほんの少し。

温かくなった気がした。

痛みではない。

記憶でもない。

ただ。

何かに。

包まれたような。

優しい感覚。

そして。

一瞬だけ。

聞こえた気がした。

――うん。

「……?」

私は。

振り返る。

誰もいない。

気のせい。

たぶん。

そう。

思った。

でも。

なぜか。

胸が。

少しだけ。

軽くなっていた。