目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

翌朝。

私は。

鏡の前に立っていた。

「……」

映っているのは。

一ノ瀬紗良の顔。

何度見ても。

綺麗だと思う。

大きな瞳。

整った鼻。

薄い唇。

陽向が。

三十四年間。

見てきた顔。

そして。

陽向を。

ずっと好きだった女性の顔。

私は。

そっと。

頬に触れた。

昨日。

陽向は言った。

――俺も、さっき美月にキスしたいって思った。

思い出すだけで。

顔が。

熱くなる。

「……美月に」

自分で。

確認するように呟く。

紗良じゃない。

陽向は。

美月に。

そう言った。

それが。

嬉しくて。

仕方がなかった。

「……」

私は。

鏡の中の紗良を見る。

「ねえ、紗良さん」

もちろん。

返事はない。

「私」

胸に。

手を当てる。

「陽向のこと……」

好き。

もう。

たぶん。

分かっている。

でも。

最後の一歩が。

怖かった。

もし。

その瞬間に。

紗良の記憶が流れ込んできたら?

もし。

私が。

『好き』

と思うたびに。

紗良の気持ちが。

重なっているだけだったら?

そう考えると。

まだ。

言葉にできなかった。

◇◇◇

その日の午後。

私は。

仕事だった。

女優復帰後。

二度目の撮影。

前回より。

少しだけ。

緊張は減っていた。

「一ノ瀬さん、お願いします!」

「はい」

カメラの前へ立つ。

今日は。

化粧品の広告撮影。

笑顔。

横顔。

少し憂いのある表情。

カメラマンから。

次々に指示が飛ぶ。

「いいですね!」

「そのまま!」

「目線こっち!」

身体が。

自然に動く。

やっぱり。

紗良が。

積み重ねてきたもの。

私は。

まだ。

演技も。

モデルの仕事も。

何も知らない。

それなのに。

身体は。

知っている。

「……ありがとう」

心の中で。

また。

紗良に言う。

あなたが。

生きてきたものを。

私は。

借りている。

だからこそ。

大切にしたい。

◇◇◇

休憩中。

マネージャーが。

スマートフォンを持ってきた。

「一ノ瀬さん」

「はい?」

「天城さんから連絡きてます」

「え?」

思わず。

反応してしまう。

「事務所に?」

「いえ」

マネージャーが笑う。

「一ノ瀬さんの携帯、控室に置いてあったので」

「あ……」

「何度か鳴ってましたよ」

「すみません」

スマートフォンを受け取る。

画面。

陽向から。

三件。

『仕事どう?』

『ちゃんと昼食った?』

そして。

『終わる時間分かったら教えて』

「……」

口元が。

勝手に緩んだ。

「仲いいですね」

「え?」

マネージャーの声に。

びくっとする。

「天城さんと」

「……まあ」

「事故のあと特に」

「よく気にかけてもらってるみたいですし」

「……はい」

気にかけて。

もらっている。

それは。

間違っていない。

でも。

昨日。

キスしたいと言われた。

なんて。

さすがに。

言えない。

「顔赤いですよ?」

「暑くて!」

「今日スタジオ寒いくらいですよ」

「……」

最近。

この言い訳。

陽向も。

私も。

使いすぎている。

◇◇◇

私は。

陽向に返信した。

『今休憩。ちゃんとお昼食べたよ』

すぐに。

既読。

『えらい』

「子ども扱い……」

『終わるの18時くらい』

送信。

少しして。

『迎え行く』

「え?」

思わず。

声が出た。

『いいよ。自分で帰れる』

『俺今日もう終わってる』

『でも』

送った瞬間。

『でも禁止』

「……もう」

笑ってしまう。

『分かりました』

『よろしい』

「本当に先生みたい」

でも。

嬉しい。

迎えに来てくれる。

ただ。

それだけで。

仕事の残り時間が。

少し楽しみになる。

その瞬間。

私は。

ふと。

気づいた。

今。

陽向のメッセージを見て。

嬉しいと思った。

そこに。

紗良の記憶は。

何もなかった。

頭も痛くない。

景色も変わらない。

昔の陽向も。

現れない。

ただ。

今の私が。

今の陽向から届いた言葉に。

喜んでいる。

「……」

また。

ひとつ。

答えが。

近づいた気がした。

◇◇◇

午後六時過ぎ。

撮影を終えて。

裏口から外へ出る。

少し離れた場所に。

見覚えのある車。

運転席。

帽子を深くかぶった陽向。

「……いた」

自然に。

足が速くなる。

自分でも。

驚くくらい。

「お疲れ」

助手席へ乗ると。

陽向が笑った。

「お疲れさま」

「どうだった?」

「前よりちょっと慣れた」

「マジ?」

「うん」

「すげえじゃん」

やっぱり。

嬉しそうに。

一緒に喜んでくれる。

その顔を見た瞬間。

胸が。

温かくなる。

「何?」

陽向が。

こっちを見る。

「……好きだなって」

「え?」

「……」

時間が。

止まった。

「……え?」

陽向が。

もう一度。

聞く。

私も。

自分の言葉に。

固まっていた。

今。

何て言った?

「ち、違う!」

慌てて。

手を振る。

「何が違う!?」

「今のは!」

「好きって言ったよな!?」

「言ってない!」

「言った!」

「言ってない!」

「俺、耳いいから!」

「忘れて!」

「無理!」

陽向の顔が。

みるみる赤くなる。

私も。

絶対。

同じくらい赤い。

「……何が」

陽向が。

少し声を落とす。

「好きなの?」

「……」

逃げられない。

「その……」

私は。

視線を落とす。

「一緒に喜んでくれるところ」

「……」

「私が何かできたら」

「すごいって」

「ちゃんと言ってくれるところ」

陽向が。

黙る。

「そういうの」

小さく。

付け足す。

「好きだなって」

心臓。

壊れそう。

でも。

言ってみると。

不思議だった。

紗良の感情は。

流れてこない。

胸にあるのは。

今。

陽向と出会ってから。

私が感じてきたことだけ。

陽向が。

ゆっくり笑った。

「……そっか」

「うん」

「俺も」

「え?」

「美月が」

陽向が。

少し照れながら。

前を見る。

「何かできたとき」

「嬉しそうな顔するの」

「好き」

ドクン。

「……」

「あと」

「まだあるの?」

「ある」

指を折る。

「飯作ってるとき鼻歌歌うとこ」

「歌ってる?」

「歌ってる」

「知らなかった」

「テレビ見て笑うと声でかいとこ」

「それ悪口じゃない?」

「褒めてる」

「絶対違う」

「俺のこと推しって言ってたくせに、最近扱い雑なとこ」

「それも悪口!」

「でも」

陽向が。

私を見る。

「そういう美月」

「好きだよ」

「……」

言葉が。

出なかった。

たぶん。

これは。

まだ。

告白ではない。

でも。

以前より。

ずっと。

近い。

『好き』

だった。

◇◇◇

車が走り出す。

私は。

窓の外を見る。

顔が。

熱い。

陽向も。

さっきから。

妙に静か。

「……ねえ」

「ん?」

「昨日」

私は。

勇気を出す。

「陽向」

「うん」

「私に」

「……」

「キスしたいって」

陽向の手が。

ハンドルの上で。

一瞬。

ずれた。

「ちょ!」

「危ない!」

「急に言うからだろ!」

「陽向が言ったんでしょ!」

「言ったけど!」

二人で。

また。

顔が赤くなる。

「……あれ」

私は。

小さく聞いた。

「何で?」

車内が。

静かになる。

陽向は。

しばらく。

答えなかった。

「……聞く?」

「うん」

「昨日は聞くなって言ったじゃん」

「昨日は」

私は。

胸に手を当てる。

「まだ」

「分からなかったから」

「……」

「でも今日」

少しだけ。

分かった。

「何が?」

私は。

すぐには。

答えなかった。

まだ。

全部。

言う勇気はない。

でも。

一歩。

進みたい。

「陽向が迎えに来てくれるのが嬉しいのも」

「うん」

「仕事褒めてもらって嬉しいのも」

「うん」

「陽向が他の人と」

言いかけて。

少し。

詰まる。

「他の人と?」

陽向が。

少しだけ。

期待するような声。

「……女の人と仲良くしてたら」

「うん」

「嫌だなって思うのも」

陽向が。

明らかに。

口元を緩めた。

「何笑ってるの?」

「いや?」

「笑ってる」

「別に」

「それ禁止」

「美月も言うようになったな」

「で?」

「ん?」

「何で笑ったの?」

陽向が。

少しだけ。

意地悪そうに。

言う。

「嫉妬?」

「……」

今度は。

私が。

言葉に詰まる。

昨日。

陽向に。

散々言った言葉。

まさか。

自分に返ってくるとは。

「……たぶん」

小さく。

答えた。

「え?」

「たぶん嫉妬」

「……」

陽向が。

完全に黙った。

「何?」

「いや」

「だから何?」

「嬉しい」

ものすごく。

素直に。

言われた。

胸が。

また。

大きく鳴る。

「美月が俺に嫉妬すんの」

「……」

「普通に嬉しい」

「そんな嬉しそうに言わないで」

「無理」

「何で!」

「嬉しいから」

また。

笑う。

その笑顔を見ながら。

私は。

とうとう。

思ってしまった。

やっぱり。

好き。

これは。

紗良の感情じゃない。

紗良は。

今の陽向と。

こんなふうに。

恋を始めていない。

ゲームをして。

唐揚げを食べて。

私の歌を聴いて。

嫉妬して。

迎えに来て。

私の好きなものを。

メモして。

そんな陽向を。

好きになったのは。

私。

高瀬美月。

◇◇◇

その日の夜。

陽向は。

また。

私の部屋で。

夕食を食べていた。

「今日何?」

「親子丼」

「やった!」

「本当に何でも喜ぶね」

「美月の飯なら」

「……」

さらっと。

そういうことを言う。

心臓に悪い。

食事の途中。

陽向が。

ふと。

聞いた。

「今日さ」

「うん」

「撮影」

「うん」

「神崎くんいた?」

「……」

わざとらしい。

「いなかったよ」

「そっか」

ものすごく。

分かりやすく。

安心した顔。

私は。

笑いを堪える。

「陽向」

「何?」

「嫉妬?」

「……違う」

「昨日認めたでしょ」

「認めてない」

「メンバーにはバレてそう」

「何で分かるの!?」

「え?」

陽向の顔。

しまった。

「本当にバレてるの?」

「……」

「陽向?」

「うるさい」

「可愛い」

反射的に。

出た。

「……」

「……」

また。

止まる。

今日。

私。

どうしたんだろう。

好きだと。

認め始めたせいで。

口まで。

正直になっている。

陽向の耳が。

真っ赤になる。

「美月」

「ごめん」

「謝るな」

「……はい」

「あと」

「?」

陽向が。

少しだけ。

むっとした顔で。

「男に可愛いって言う?」

「だって」

「だって?」

「今の顔」

「……」

「可愛かった」

「俺、一応かっこいい担当なんだけど」

「そうなの?」

「おい!」

私は。

声を出して笑った。

陽向も。

結局。

笑う。

こんな時間が。

好き。

この人が。

好き。

もう。

逃げられない。

◇◇◇

食事が終わって。

二人で。

ソファに座る。

今日は。

テレビをつけていない。

静かな部屋。

でも。

気まずくない。

「陽向」

「ん?」

「聞いていい?」

「いいよ」

「紗良さんのこと」

陽向の表情が。

少し変わる。

「うん」

「陽向は」

私は。

ゆっくり。

言葉を選ぶ。

「紗良さんを」

「女の人として」

「好きだったことある?」

陽向は。

少し。

驚いた顔をした。

そして。

しばらく考える。

「……多分」

「うん」

「ない」

胸が。

小さく鳴る。

嬉しい。

そんな自分に。

罪悪感。

でも。

陽向は続けた。

「紗良は」

「うん」

「俺の中で」

「最初から近すぎたんだと思う」

「……」

「家族みたいで」

「いるのが当たり前で」

「失うとか考えたこともなくて」

「……うん」

「だから」

少し。

苦しそうに笑う。

「好きって気づくチャンスすら」

「なかったのかもしれない」

私は。

何も言わず。

聞いた。

「でも」

陽向が。

私を見る。

「美月は違う」

「……え?」

「最初から」

「知らない人だったから」

「うん」

「一個ずつ」

「知ってった」

胸が。

高鳴る。

「飯の好みも」

「歌好きなのも」

「すぐ謝るのも」

「変なとこ頑固なのも」

「変は余計」

「全部」

陽向が。

少し笑う。

「知るたび」

声が。

少しだけ。

低くなる。

「気になるようになった」

「……」

「もっと知りたいって」

「思った」

陽向の目が。

まっすぐ。

私を見ている。

逃げられない。

「だから」

「?」

「美月が」

陽向が。

一瞬。

言葉を止める。

「紗良の代わりだから」

「俺がそばにいるわけじゃない」

胸が。

熱くなる。

「……うん」

「そこだけは」

「ちゃんと分かってて」

「……うん」

涙が。

出そうになった。

私は。

頷く。

「ありがとう」

「何で泣きそうなの」

「嬉しいから」

「そっか」

陽向が。

優しく笑う。

「じゃあいい」

◇◇◇

その夜。

陽向が帰ったあと。

私は。

一人。

寝室の鏡の前に立った。

同じ。

紗良の顔。

朝と。

何も変わっていない。

でも。

今は。

見え方が。

少しだけ違った。

「紗良さん」

私は。

鏡に。

話しかける。

「私ね」

胸に。

手を置く。

「陽向が好き」

とうとう。

言った。

声に。

出した。

その瞬間。

何かが。

起きると思った。

記憶が。

流れ込むかもしれない。

紗良の悲しみ。

怒り。

嫉妬。

何かが。

来るかもしれない。

でも。

何も。

起きなかった。

頭も。

痛くない。

視界も。

変わらない。

胸の中にあるのは。

ただ。

私自身の鼓動。

「……」

涙が。

溢れた。

「私のだ」

笑いながら。

泣いた。

「この好き」

「私の気持ちだ」

紗良。

あなたが。

陽向を好きだったことは。

あなたの大切な恋。

私が。

奪っていいものじゃない。

でも。

私が今。

陽向を好きなことも。

私の大切な恋。

否定しなくていい。

「……好き」

もう一度。

言う。

今度は。

怖くなかった。

「私」

「天城陽向が好き」

アイドルだからじゃない。

最推しだからでもない。

紗良が。

愛していたからでもない。

私を。

美月と呼んでくれた人。

泣いている私を。

見つけてくれた人。

『大丈夫』の嘘に。

気づいてくれた人。

私の好きなものを。

一緒に探してくれた人。

そして。

ただの美月で。

いさせてくれる人。

その人を。

私は。

好きになった。

「……陽向」

次に。

会ったら。

言えるだろうか。

ちゃんと。

高瀬美月として。

あなたが。

好きだと。

その答えを。

今度こそ。

伝えたい。

そう。

思った。