目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

『明日暇?』

昨夜。

陽向から届いたメッセージ。

私は。

何度も。

その画面を見ていた。

暇だよ。

そう返したあと。

陽向から届いたのは。

『じゃあ昼くらいに行く』

それだけ。

いつもと。

何も変わらない。

陽向が来る。

一緒に過ごす。

最近なら。

珍しくもない。

なのに。

「……何着よう」

クローゼットの前で。

もう十分以上。

悩んでいる。

「いや、待って」

私は。

一人で首を振った。

「家だよ?」

デートじゃない。

陽向が。

遊びに来るだけ。

いつもと同じ。

なのに。

昨日。

自分の中にある気持ちを。

少しずつ。

認め始めてしまったから。

全部が。

今までと違って見える。

「……これ?」

ワンピースを手に取る。

いや。

気合い入りすぎ?

「じゃあこっち?」

シンプルなニット。

でも。

ちょっと地味?

「何してるんだろ、私……」

三十四歳。

五人の子どもの母親だった私が。

好きな人が家に来るからって。

服で悩んでいる。

「……好きな人」

口にした瞬間。

私は。

固まった。

「…………え?」

今。

自然に。

言った?

好きな人。

陽向のことを?

「いやいやいや」

まだ。

決めてない。

ちゃんと。

自分の気持ちだって。

確信できるまでは。

そう思っていたのに。

でも。

胸は。

知っているみたいだった。

陽向が来る。

楽しみ。

少しでも。

可愛いと思ってほしい。

「……これ」

私は。

自分の胸に手を当てた。

「もう答え出てるのかな」

でも。

そのとき。

また。

紗良の顔が。

頭に浮かんだ。

――ずっと好きだった。

胸が。

少しだけ。

苦しくなる。

「……」

私は。

鏡を見る。

映っているのは。

一ノ瀬紗良。

どれだけ。

中身が私でも。

陽向が今日見るのは。

この顔。

紗良が。

陽向を好きだった。

その顔。

急に。

怖くなった。

◇◇◇

昼前。

ピンポーン。

心臓が。

跳ねた。

「……来た」

玄関へ向かう。

一度。

深呼吸。

いつも通り。

いつも通りでいい。

ドアを開ける。

「よ」

陽向。

キャップ。

パーカー。

ラフな格好。

いつもの。

陽向。

なのに。

「……」

私は。

固まった。

「何?」

陽向が。

不思議そうに見る。

「……いや」

「また?」

「何でもない」

「それ俺が禁止されてるやつじゃん」

「今日はいいの!」

私が慌てて横を向くと。

陽向が笑う。

「何だよ」

「いいから入って」

「お邪魔しまーす」

靴を脱ぐ。

すぐ近くを。

陽向が通る。

ふわっと。

香水なのか。

柔軟剤なのか。

陽向の匂い。

「……っ」

ドクン。

今まで。

気にしたことなんて。

なかった。

いや。

ファンだった頃なら。

『陽向の匂い!』

なんて。

大騒ぎしていたかもしれない。

でも。

今のこれは。

違う。

男の人。

そう意識してしまう。

「美月?」

「何?」

「ドア閉めないの?」

「あ!」

私は慌てて。

玄関のドアを閉めた。

◇◇◇

陽向にも。

異変が起きていた。

「……」

昨日。

自分の気持ちに気づいた。

美月が。

好き。

認めてしまった。

たったそれだけで。

今日。

全部が。

おかしい。

「陽向、コーヒーでいい?」

「うん」

キッチンに立つ美月。

いつも。

見ている光景。

なのに。

今日は。

無駄に目で追ってしまう。

髪。

横顔。

細い首筋。

「……」

何見てんだ俺。

慌てて。

スマートフォンを見る。

意味もなく。

画面をスクロール。

「はい」

「うおっ!」

目の前に。

マグカップ。

「何その反応」

「いや!」

「びっくりした」

「私ずっとここにいたけど」

「知ってる!」

美月が。

不思議そうに座る。

隣。

いつもと同じ距離。

近い。

「……」

陽向は。

ほんの少し。

身体を反対側へずらした。

「?」

美月が。

こちらを見る。

「何?」

「いや」

「狭い?」

「全然!」

「じゃあ何で離れたの?」

「……暑い」

「今日そんな暑くないけど」

「俺暑がりなの!」

苦しい。

自分でも。

分かる。

言い訳が。

苦しすぎる。

◇◇◇

私は。

陽向を横目で見る。

今日。

絶対。

変。

いつもなら。

普通に。

もっと近くに座る。

ソファで。

肩が触れそうなくらい。

それでも。

何とも思っていないような顔をしていた。

なのに今日は。

妙に。

距離を取っている。

「……陽向」

「何?」

「何かあった?」

「ない」

「本当に?」

「本当に」

「私」

少し迷う。

「昨日のことで」

「?」

「何か変なこと言った?」

陽向の顔が。

固まった。

昨日。

好きな人の話をした。

それから。

神崎さんのことも。

陽向。

明らかに。

機嫌が悪かった。

「……私が神崎さんと話してたこと?」

「違う!」

早い。

「まだ何も言ってない」

「言ったじゃん」

「聞いただけ」

「別に神崎くん関係ないし」

「……」

やっぱり。

怪しい。

「もしかして」

私は。

少し笑った。

「嫉妬してた?」

その瞬間。

「は!?」

陽向の声が。

ひっくり返った。

私は。

びっくりして。

目を丸くする。

「え?」

「何で!?」

「いや」

「何でそうなる!?」

「だって昨日」

「嫉妬じゃない!」

「……」

私は。

じっと見る。

顔。

赤い。

「陽向」

「何」

「顔赤いよ」

「暑いから!」

「さっきからそればっかり」

「本当に暑い!」

陽向が。

コーヒーを飲む。

でも。

あまりに勢いよく飲んだせいで。

「熱っ!」

「ほら!」

私は。

思わず笑った。

「もう何してるの!」

「……」

陽向が。

恨めしそうに見る。

でも。

私の中には。

別の感情が。

生まれていた。

――もし。

本当に嫉妬だったら?

胸が。

ドクン。

その可能性を。

想像しただけで。

嬉しい。

「……」

私は。

自分の気持ちに。

また。

一つ。

気づいてしまった。

◇◇◇

「今日、何する?」

私が聞く。

「んー」

陽向が。

少し考える。

「ゲーム」

「また?」

「新しいの持ってきた」

バッグから。

ゲーム機を出す。

「二人でできるやつ」

「私あんまり上手くないよ」

「教える」

「陽向厳しそう」

「優しいって」

「本当?」

「任せろ」

三十分後。

「美月! そっちじゃない!」

「どっち!?」

「右!」

「右行った!」

「それ左!」

「私から見たら右!」

「画面は同じだろ!」

「あっ、落ちた!」

「美月ぃぃぃ!」

「だから無理って言ったじゃん!」

陽向が。

腹を抱えて笑う。

私も。

笑う。

結局。

いつも通り。

そう思った。

そのとき。

ゲームの中で。

二人のキャラクターが。

狭い足場を進む場面になる。

「美月、ここ」

陽向が。

私の手元を見る。

「こうやって」

「え?」

後ろから。

手が伸びる。

陽向の手が。

私の手に重なった。

「スティックこれくらい……」

「……」

「……」

止まった。

二人とも。

同時に。

気づいた。

近い。

ものすごく。

近い。

陽向が。

私のすぐ横にいる。

肩。

腕。

手。

触れている。

「……」

私は。

動けなくなった。

陽向も。

動かない。

心臓の音。

聞こえそう。

「……陽向」

「……うん」

声が。

近い。

私は。

ゆっくり。

顔を向けた。

陽向も。

こっちを見た。

思ったより。

ずっと。

顔が近かった。

目。

鼻。

唇。

全部。

はっきり見える。

陽向の瞳に。

私が映っている。

いや。

紗良の顔が。

映っている。

そう思った瞬間。

胸が。

締めつけられた。

「……っ」

私は。

反射的に。

身体を離した。

「美月?」

「ごめん」

「……」

「ちょっと」

立ち上がる。

「飲み物取ってくる」

逃げるように。

キッチンへ向かった。

◇◇◇

陽向は。

その場に。

動けずにいた。

「……」

今。

もし。

美月が離れなかったら。

自分は。

どうしていた?

顔が。

近かった。

あと。

ほんの少し。

美月が動いていたら。

「……何考えてんだよ」

両手で。

顔を覆う。

キス。

その言葉が。

頭をよぎった。

美月に。

キスしたい。

それを。

初めて。

はっきり。

思ってしまった。

でも。

同時に。

胸が痛んだ。

あの顔は。

紗良。

三十四年。

見続けてきた。

幼なじみの顔。

なのに。

さっき。

自分が見ていたのは。

紗良ではなかった。

美月。

完全に。

美月だった。

それが。

怖いくらい。

自然だった。

◇◇◇

キッチン。

私は。

冷蔵庫を開けたまま。

固まっていた。

何を取りに来たんだっけ。

「……」

陽向。

近かった。

手。

触れた。

顔。

近かった。

それだけで。

ドキドキして。

そして。

一瞬。

本当に一瞬。

もっと近づいてほしい。

そう思った。

「……私」

胸に。

手を当てる。

これは。

誰の気持ち?

問いかける。

でも。

今日は。

答えが。

少し違った。

さっき。

紗良の記憶は。

何も出てこなかった。

頭の痛みも。

映像も。

感情の流れ込みも。

何もない。

ただ。

高瀬美月として。

陽向とゲームをして。

触れられて。

ドキドキした。

「……私の」

小さく。

呟く。

「気持ち……?」

嬉しい。

でも。

怖い。

私は。

冷蔵庫を閉めた。

◇◇◇

「ごめん」

リビングへ戻る。

陽向が。

ソファに座っている。

さっきより。

距離がある。

「何が?」

「急に離れて」

「別に」

「……」

私は。

ソファの端に座る。

しばらく。

沈黙。

ゲームの画面だけが。

止まっている。

「美月」

「何?」

「俺」

陽向が。

ゆっくり。

口を開く。

「聞いていい?」

「……うん」

「さっき」

少し。

言いにくそうに。

「俺が触ったから嫌だった?」

「違う」

すぐに答えた。

陽向が。

こちらを見る。

「じゃあ?」

「……」

私は。

膝の上で。

手を握った。

逃げたくない。

陽向は。

いつも。

私の本音を。

聞こうとしてくれた。

だから。

「怖かった」

「俺が?」

「違う」

首を振る。

「自分が」

「……」

「陽向に触られて」

胸に手を置く。

「嬉しかったから」

陽向の目が。

大きくなる。

「……」

言った。

言ってしまった。

顔。

熱い。

「それで」

「うん」

「もっと」

声が。

小さくなる。

「近くても」

「嫌じゃないって」

「……」

「思っちゃったから」

陽向が。

完全に。

黙った。

「でも」

私は続ける。

「この顔」

自分の頬に。

触れる。

「紗良さんだから」

「……」

「陽向が」

「私を見てるのか」

「この顔を見てるのか」

怖い。

また。

同じところへ戻る。

でも。

陽向は。

少し黙ったあと。

言った。

「俺も」

「え?」

陽向が。

真っ直ぐ。

こちらを見る。

「さっき」

「美月に」

一度。

息を飲む。

「……キスしたいって思った」

「……」

時間が。

止まった。

「え?」

自分の声が。

かすれる。

陽向も。

顔が赤い。

「だから」

頭を掻く。

「俺もビビった」

「何で……」

「分かんない」

「……」

「いや」

陽向が。

首を振る。

「本当は」

「分かってる」

胸が。

ものすごい速さで。

鳴り始める。

陽向が。

何かを。

言おうとしている。

でも。

そのとき。

私の頭に。

昨夜読んだ。

紗良の日記が。

浮かんだ。

――触れたい。

――抱きしめたい。

――好き。

私は。

息を呑んだ。

「……待って」

陽向の言葉を。

止める。

「美月?」

「今は」

私は。

陽向を見る。

「言わないで」

「……」

何を。

なんて。

言わなくても。

きっと。

分かっている。

陽向の表情が。

少しだけ。

寂しそうになる。

でも。

「……分かった」

それ以上。

言わなかった。

◇◇◇

「ごめん」

「また謝ってる」

「だって」

「美月」

陽向は。

少し笑った。

「俺が言いたかっただけ」

「……」

「美月が今聞けないなら」

「今じゃなくていい」

胸が。

痛む。

優しい。

だから。

余計に。

好きになりそうになる。

いや。

もう。

好きなのかもしれない。

「陽向」

「ん?」

「私」

「うん」

「ちゃんと」

言葉を選ぶ。

「自分の気持ちが」

「私だけのものだって」

「分かってから」

「……」

「聞きたい」

陽向は。

しばらく。

私を見ていた。

そして。

「うん」

頷いた。

「じゃあ待つ」

「……ありがとう」

「でも」

「?」

少し。

悪戯っぽく。

陽向が笑う。

「一個だけ」

「何?」

「神崎くんと」

「?」

「楽しそうにしすぎないで」

「……え?」

陽向は。

言ったあと。

自分で。

しまった。

という顔をした。

私は。

数秒。

意味を理解する。

そして。

「それ」

口元が。

勝手に緩む。

「やっぱり嫉妬じゃん」

「違っ……」

「今の完全に嫉妬だよ!」

「うるさい!」

「陽向、顔真っ赤!」

「美月もだろ!」

「私は今関係ない!」

「ある!」

「何で!」

二人で。

言い合って。

結局。

笑ってしまった。

でも。

胸の奥は。

ずっと。

熱いままだった。

◇◇◇

その夜。

陽向が帰ったあと。

私は。

一人。

白いマグカップを持ちながら。

ソファに座っていた。

――俺も、さっき美月にキスしたいって思った。

思い出す。

顔が。

熱くなる。

「……無理」

マグカップで。

顔を隠す。

嬉しい。

はっきり。

嬉しい。

陽向が。

私に。

触れたいと思った。

それが。

嬉しかった。

紗良ではなく。

美月に。

そう言った。

そして。

私は。

もう。

分かり始めていた。

この気持ちは。

紗良のものだけではない。

紗良の記憶を知らなかったときから。

陽向に。

救われて。

笑わせてもらって。

見つけてもらって。

少しずつ。

一人の男性として。

好きになった。

「……私」

胸に。

手を当てる。

「陽向のこと」

その続きを。

今日も。

まだ。

声にはしなかった。

でも。

もう。

答えは。

すぐそこまで。

来ていた。

そして。

同じ頃。

帰宅した陽向は。

自宅のベッドへ。

顔から倒れ込んでいた。

「……言いかけた」

枕に。

顔を埋める。

「危な……」

『好き』

言いかけた。

でも。

美月に止められた。

嫌われたわけじゃない。

それは。

分かる。

むしろ。

『触られて嬉しかった』

なんて。

言われた。

「……無理だろ」

陽向は。

布団の上で。

転がった。

「そんなこと言われて待てって」

でも。

待つ。

美月が。

自分の気持ちに。

ちゃんと答えを出すまで。

紗良の恋ではなく。

高瀬美月として。

自分を見てくれるまで。

「……待つけどさ」

天井を見る。

「俺、もう」

小さく笑う。

「めちゃくちゃ好きなんだけど」

その夜。

二人は。

別々の場所で。

同じ相手のことを考えながら。

なかなか。

眠ることができなかった。