目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

翌日。

陽向は朝から仕事だった。

テレビ番組の収録。

雑誌の撮影。

そのあと、ASTERのメンバー全員で打ち合わせ。

いつもと変わらない。

忙しい一日。

……のはずだった。

「陽向」

「ん?」

楽屋。

隣に座っていたメンバーが、じっと陽向を見る。

「今日、変じゃない?」

「何が?」

「さっきからスマホ見すぎ」

「見てないけど」

「見てる」

「見てねーって」

言いながら。

陽向の手には。

スマートフォン。

画面には。

美月とのトーク画面が開かれていた。

最後のメッセージ。

美月から届いた、

『今日はちゃんと仕事頑張ってね😊』

それだけ。

別に。

返信しなければいけない内容でもない。

だから。

『了解!』

と返した。

それで終わり。

なのに。

そのあとも。

何度も画面を確認している。

「……」

新しいメッセージは。

来ていない。

「ほら」

メンバーが笑う。

「また見た」

「時間見ただけ」

「時計そこにあるけど?」

楽屋の壁を指差される。

「……うるさいな」

陽向はスマートフォンを伏せた。

すると。

今度は別のメンバーがやってくる。

「何? 陽向、誰かから連絡待ってんの?」

「待ってない」

「女?」

「違う!」

反応が。

早すぎた。

一瞬。

楽屋が静かになる。

「……」

「……」

陽向が。

ゆっくり周りを見る。

メンバーたち。

ニヤニヤしている。

「何だよ」

「いやぁ?」

「何でも?」

「絶対何かあるだろ」

「ないから!」

「今の否定、めっちゃ怪しい」

「うるせー!」

笑い声が。

楽屋に響く。

でも。

陽向自身。

少しだけ。

分かっていた。

今日。

おかしい。

理由も。

たぶん。

分かっている。

昨日。

美月と話した。

『誰かを好きになるなら、高瀬美月としてちゃんと好きになりたい』

その言葉。

そして。

最後。

『それだけ?』

美月に聞かれて。

答えられなかった。

あれから。

ずっと。

考えている。

もし。

美月が。

自分以外の誰かを好きになったら。

嫌だ。

それは。

認めてしまった。

でも。

なぜ嫌なのか。

そこから先を。

考えたくなかった。

◇◇◇

「次の撮影入りまーす!」

スタッフの声。

「はーい!」

陽向は。

いつものように。

明るく返事をする。

仕事になれば。

切り替える。

カメラの前では。

天城陽向。

笑って。

話して。

全力で。

盛り上げる。

そのはずだった。

◇◇◇

同じ頃。

私は。

一ノ瀬紗良として。

事務所に来ていた。

事故以来。

初めて。

本格的に。

仕事復帰について話すため。

「無理はしないようにしましょう」

マネージャーが言う。

「はい」

「記憶についても、まだ戻っていない部分が多いんですよね?」

「……はい」

正確には。

戻っていないのではなく。

知らない。

でも。

それを。

今さら説明しても仕方がない。

「まずは雑誌のインタビューや」

「短時間の撮影から」

「少しずつ戻していきましょう」

「分かりました」

女優。

一ノ瀬紗良。

その仕事を。

私が。

する。

考えるだけで。

不安。

演技なんて。

できるの?

台本。

覚えられる?

「……大丈夫かな」

思わず。

小さく呟いた。

マネージャーが。

心配そうに見る。

「無理そうですか?」

「あ、違います」

私は。

慌てて笑う。

「やってみます」

高瀬美月として。

この世界で。

生きる。

そう決めた。

だったら。

紗良が残してくれた人生を。

ただ。

借りているだけじゃなく。

ちゃんと。

歩いていかなくちゃ。

◇◇◇

その日の午後。

仕事復帰に向けた。

簡単な撮影テストが行われた。

スタジオに入る。

照明。

カメラ。

スタッフ。

全部。

初めて見る世界。

「緊張します?」

声をかけられて。

振り向く。

「……はい」

そこにいたのは。

若い男性。

二十代後半くらい。

爽やかな雰囲気。

見覚えが。

あるような。

ないような。

「やっぱり事故のあとって大変ですよね」

「すみません……」

「何で謝るんですか」

笑われる。

「あ」

また。

謝ってしまった。

「俺、神崎悠人です」

「……」

名前。

聞いたことある。

人気俳優。

ドラマで。

何度も見たことがある。

「知ってます」

「よかった」

悠人が笑う。

「一ノ瀬さんとは前にドラマで共演してるんですけど」

「……すみません、覚えてなくて」

「それは仕方ないですよ」

その言い方が。

優しかった。

「今日、一緒に撮影です」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

少しだけ。

安心する。

知らない世界。

知らない人。

でも。

こんなふうに。

普通に接してくれる人もいる。

「緊張してたら」

悠人が。

少し声を落とす。

「俺のことカメラだと思ってください」

「え?」

「緊張します?」

「余計緊張します」

「じゃあ壁」

「人ですらない」

思わず。

笑ってしまった。

「お」

悠人も笑う。

「今の笑顔いいじゃないですか」

「……ありがとうございます」

少し。

楽になった。

◇◇◇

撮影は。

思っていたより。

順調だった。

立ち位置。

目線。

表情。

細かい指示は。

その都度教えてもらえる。

しかも。

不思議なことに。

カメラの前に立つと。

身体が。

勝手に動くことがある。

顔の角度。

視線。

姿勢。

紗良の身体が。

覚えている。

「……すごい」

自分でも。

驚いた。

記憶はなくても。

身体には。

一ノ瀬紗良が。

女優として積み重ねてきたものが。

残っている。

『ありがとう』

心の中で。

紗良に伝える。

あなたが。

ずっと頑張ってきたもの。

私が。

大切にするから。

◇◇◇

「お疲れさまでした!」

撮影が終わる。

「お疲れさまでした」

頭を下げる。

「一ノ瀬さん」

悠人が。

飲み物を持ってやってくる。

「はい」

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「初日みたいなもんで疲れたでしょ」

「……ちょっと」

「顔に出てます」

「そんなに?」

「かなり」

笑われる。

「でも」

悠人が言う。

「前より話しやすくなりましたね」

「前より?」

「あ」

悠人が少し困った顔をする。

「嫌な意味じゃないですよ」

「紗良さん、前はもっと」

言葉を選ぶ。

「隙がない感じだったから」

「……」

「今は」

少し笑う。

「柔らかくなった」

その言葉。

最近。

いろんなところで聞く。

紗良と私。

やっぱり。

違う。

「そっか」

私も笑う。

「それ、いい意味で受け取っておきます」

「ぜひ」

そのとき。

スタッフの一人が言った。

「あ、ASTERさん隣のスタジオみたいですよ」

「え?」

私の顔が。

一瞬で反応した。

「ASTER?」

「はい。さっき天城さん見ました」

「……陽向」

無意識に。

名前が出た。

悠人が。

こちらを見る。

「仲いいんでしたっけ?」

「え?」

「天城さんと」

「……まあ」

どこまで。

言っていいんだろう。

紗良と陽向は。

幼なじみ。

公に知られているのか。

分からない。

困っていると。

「紗良!」

聞き慣れた声。

振り向く。

いや。

違う。

「……美月」

言い直した。

陽向。

撮影終わりなのか。

衣装姿。

そのまま。

こちらへ歩いてくる。

「陽向」

自然に。

笑顔になる。

「仕事だったんだ」

「うん」

「美月も?」

「今日、復帰の撮影」

「マジ?」

陽向の顔が。

ぱっと明るくなる。

「どうだった?」

「なんとか」

「すげえじゃん!」

大きなリアクション。

その声に。

周りの人も少し振り返る。

「声大きい」

「いや、だって復帰一発目でしょ?」

「うん」

「お疲れ!」

嬉しそう。

やっぱり。

こういう陽向を見ると。

安心する。

「ありがとう」

「……」

陽向が。

少しだけ。

私を見る。

何か。

言いたそう。

そのとき。

「天城さん、お疲れさまです」

悠人が。

声をかけた。

「あ」

陽向が。

そちらを見る。

「神崎くん」

「お久しぶりです」

「久しぶり」

男性同士。

笑顔。

でも。

何か。

空気が。

少し変わった気がした。

「一ノ瀬さんと今日一緒だったんですよ」

悠人が言う。

「……へえ」

陽向が。

私を見る。

「二人で?」

「うん」

「撮影?」

「うん」

「ふーん」

「……何?」

「別に」

何だろう。

急に。

反応が薄い。

「天城さん」

悠人が笑う。

「一ノ瀬さん、すごく雰囲気変わりましたね」

陽向の眉が。

ほんの少し。

動いた。

「そう?」

「前より柔らかくて」

「話しやすいです」

「……へえ」

また。

その言い方。

「今日も緊張してたから」

悠人が続ける。

「ちょっと笑わせてたんですけど」

「笑わせてた?」

陽向が。

聞き返す。

「はい」

「何して?」

「いや、普通に話しただけですよ」

「ふーん」

何か。

変。

「陽向?」

「何?」

「どうしたの?」

「何も」

顔。

笑ってる。

でも。

いつもの笑顔じゃない。

「あ」

私は。

気づく。

これ。

仕事の笑顔。

作ってる。

「……」

陽向が。

私の視線に気づく。

「何?」

「何でもない」

今は。

ここで聞くのはやめよう。

◇◇◇

「じゃあ俺、次あるんで」

悠人が立ち上がる。

「一ノ瀬さん、また次回よろしくお願いします」

「こちらこそ」

「無理しないでくださいね」

「ありがとう」

悠人が。

去っていく。

それを。

陽向が。

黙って見ている。

「……陽向?」

「仲いいの?」

「え?」

「神崎くん」

「今日初めて会った……」

正確には。

私として。

「紗良さんは前に共演してたみたいだけど」

「……へえ」

「何?」

「別に」

また。

別に。

「何か怒ってる?」

「怒ってない」

「じゃあ何?」

「だから何でもないって」

その言い方。

明らかに。

何でもある。

でも。

陽向は。

言わない。

「美月」

「何?」

「今日」

少し間を置く。

「帰り何時?」

「もう終わり」

「じゃあ」

すぐに。

「一緒に帰ろ」

「え?」

「俺もあと少しで終わるから」

「でも」

「待ってて」

有無を言わせない。

「……分かった」

陽向が。

少しだけ。

満足そうな顔をした。

何。

それ。

◇◇◇

「陽向」

仕事が終わり。

車へ乗ってから。

私は。

とうとう聞いた。

「何?」

「今日変」

「美月に言われたくない」

「何で」

「いつも変だから」

「失礼」

「……」

また。

黙る。

「神崎さんのこと」

私が言う。

陽向の手が。

ハンドルの上で。

少し止まる。

「何?」

「何か気になる?」

「別に」

「またそれ」

「気にならない」

「じゃあ、何で」

私は。

陽向を見る。

「私と神崎さんが話してたとき」

「急に機嫌悪くなったの?」

「なってない」

「なってた」

「なってない」

「なってたよ」

「美月」

「私」

少しだけ笑う。

「陽向の嘘」

「分かるようになってきたから」

陽向が。

黙った。

図星。

「……何だったの?」

しばらく。

返事はない。

信号。

赤。

車が止まる。

陽向が。

前を向いたまま。

言う。

「……笑ってたから」

「え?」

「美月」

声が小さい。

「神崎くんと」

「楽しそうに」

「……」

「笑ってたから」

「それが?」

「……」

そこで。

止まる。

「陽向?」

「何でもない」

「だから、それやめて」

「……」

私が。

以前。

何でもない。

大丈夫。

そう言うたびに。

陽向は。

聞いてくれた。

だったら。

私も。

同じことをしたい。

「本当は?」

信号が。

青になる。

車が動き出す。

陽向は。

答えない。

でも。

耳が。

少し赤い。

◇◇◇

その日の夜。

陽向は。

ASTERのメンバーと。

グループチャットで話していた。

ライブの打ち合わせ。

その途中。

一人のメンバーが。

突然送ってきた。

『今日、陽向さ』

『神崎と紗良ちゃん話してる時めっちゃ顔怖かったけど』

「……」

陽向の指が止まる。

すぐ。

別のメンバー。

『俺も見たw』

『あれ何?』

陽向。

『別に』

即座に。

返信。

すると。

『出た別に』

『女に言うやつw』

『嫉妬?』

陽向は。

画面を見たまま。

固まった。

「……嫉妬?」

声に出す。

違う。

そんなわけ。

美月は。

別に。

自分の彼女でもない。

誰と話そうが。

自由。

しかも。

仕事相手。

笑うくらい。

普通。

なのに。

思い出す。

悠人に向けていた。

美月の笑顔。

『前より話しやすいです』

その言葉。

妙に。

気に入らなかった。

「……」

スマートフォンが。

また鳴る。

『それ嫉妬だろ』

『陽向わかりやす』

「違う!」

誰もいない部屋で。

思わず。

声が出た。

でも。

胸の中。

どこかで。

分かっていた。

神崎悠人に。

美月が取られる。

そんなこと。

何一つ。

起きていない。

なのに。

美月が。

自分以外の男と。

楽しそうに笑っているだけで。

嫌だった。

「……これ」

陽向は。

ソファへ深く座る。

「嫉妬……なのか?」

言葉にした瞬間。

胸が。

ドクンと鳴った。

そして。

同時に。

昨日。

車の中で思ったこと。

――美月が他の男を好きになるのは嫌だ。

その感情と。

今日の感情が。

一本に。

繋がった。

「……マジか」

陽向が。

両手で顔を覆う。

「俺……」

その続きを。

今度は。

否定できなかった。

高瀬美月。

笑うと。

自分も嬉しい。

泣いていると。

そばにいたい。

疲れていたら。

休ませたい。

自分の前では。

無理しないでほしい。

好きなものを。

もっと知りたい。

自分のことも。

もっと知ってほしい。

そして。

他の男に。

その笑顔を。

向けてほしくない。

そこまで。

揃って。

まだ。

分からないふりなんて。

できなかった。

「……俺」

陽向は。

静かに。

呟いた。

「美月のこと」

一度。

息を吸う。

そして。

初めて。

その言葉を。

自分自身に認めた。

「……好きなんだ」

口にした瞬間。

不思議なくらい。

全部。

腑に落ちた。

紗良に対して。

抱いていたものとは。

違う。

紗良は。

大切。

家族。

失いたくない。

ずっとそばにいてほしかった。

でも。

美月は。

違う。

触れたい。

もっと。

近づきたい。

自分だけを。

見てほしい。

他の誰かに。

取られたくない。

それは。

どう考えても。

恋だった。

「……マジかよ」

陽向は。

もう一度。

顔を覆った。

相手は。

紗良の身体にいる。

別の女性。

前の人生では。

夫がいて。

五人の子どもがいた。

そして。

自分のファンだった。

「難易度高すぎだろ……」

思わず。

笑ってしまう。

でも。

その笑いは。

どこか。

嬉しそうだった。

だって。

ようやく。

分かった。

美月が。

誰を好きになるのか。

知りたかった理由。

美月が。

他の男を好きになるのが。

嫌だった理由。

そして。

美月から。

『それだけ?』

と聞かれたとき。

答えられなかった理由。

全部。

同じ。

陽向は。

スマートフォンを手に取る。

美月とのトーク画面。

何か。

送りたい。

でも。

『俺、美月のこと好きみたい』

なんて。

さすがに。

今。

送れるわけがない。

「……無理」

スマートフォンを。

また伏せる。

少しして。

もう一度。

手に取る。

『明日暇?』

送信。

数秒。

既読。

『暇だよ』

その返信だけで。

陽向の口元が。

勝手に緩んだ。

「……やっぱ好きじゃん」

自分で言って。

また。

顔が熱くなる。

そして。

その頃。

私は。

陽向から届いた。

『明日暇?』

というメッセージを見ながら。

同じように。

胸を押さえていた。

理由は。

まだ。

言葉にできなかった。

でも。

確実に。

二人の『好き』は。

別々の場所から。

少しずつ。

同じところへ。

向かい始めていた。