目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

『今日仕事終わったら行っていい?』

陽向から届いたメッセージを見ながら。

私は。

しばらく返信できずにいた。

会いたい。

そう思う。

昨日は。

あんなに悩んでいたのに。

陽向から連絡が来ただけで。

顔が見たいと思ってしまう。

「……これは」

私は。

自分の胸に手を当てた。

「私の気持ち……だよね?」

もちろん。

誰も答えてくれない。

でも。

今までとは。

少しだけ違った。

紗良の記憶が流れ込んできたときの感情は。

もっと。

切ない。

胸を締めつけられるような。

長い年月を積み重ねた。

深い想い。

それに比べて。

今の私の気持ちは。

もっと。

新しい。

陽向から連絡が来た。

嬉しい。

今日会える。

楽しみ。

何を作ろう。

何を話そう。

そんな。

小さくて。

温かい気持ち。

これは。

紗良が抱えていた恋とは。

少し違う。

「……うん」

私は。

ようやく返信した。

『いいよ』

すぐに既読がつく。

『やった!』

そして。

『今日何食べる?』

「……やっぱりご飯なんだ」

思わず笑ってしまった。

『まだ決めてない』

『じゃあ俺肉食いたい』

『この前も肉だったじゃん』

『肉は毎日いける』

『子どもみたい』

『34歳です』

「知ってるよ」

一人。

スマートフォンに向かって笑う。

こういう。

くだらないやり取り。

紗良の記憶には。

ない。

少なくとも。

これは。

今の私と陽向の時間。

そう思えた。

◇◇◇

その日の夕方。

私は。

スーパーに来ていた。

帽子とマスク。

すっかり。

一ノ瀬紗良として外へ出る格好にも慣れてきた。

今夜は。

陽向の希望通り。

肉料理。

「唐揚げにしようかな」

鶏肉を手に取る。

陽向。

絶対喜びそう。

そう思った瞬間。

自然に。

口元が緩んだ。

「……」

私は。

自分で。

少し驚いた。

誰かのために。

料理を考える。

それは。

前の人生でも。

毎日のようにしていた。

子どもたちが喜ぶもの。

夫が好きなもの。

家族が食べられるもの。

でも。

あの頃とは。

少し違う。

今日は。

『作らなきゃ』

じゃない。

陽向が喜ぶ顔を。

見たい。

だから。

作りたい。

「……何か」

小さく笑う。

「全然違うな」

義務ではなく。

自分がしたいからする。

たったそれだけで。

こんなに気持ちが違う。

私は。

鶏肉をカゴに入れた。

そのとき。

近くにいた若い女の子たちの会話が聞こえてきた。

「ねえ、今日ASTERの配信あるよね?」

「ある! 陽向くん出るやつ!」

思わず。

足が止まる。

「陽向くんマジで好き」

「分かる! 彼氏だったら絶対楽しいよね」

「絶対毎日笑わせてくれそう!」

少し前の私なら。

心の中で。

『分かる!』

と。

全力で同意していたと思う。

でも。

今は。

胸の奥に。

小さな違和感。

何だろう。

「……」

その女の子が続ける。

「陽向くんと付き合える人いいなー」

ドクン。

胸が。

少しだけ。

嫌な鳴り方をした。

私は。

その場から。

そっと離れた。

「……今の何?」

別に。

普通のファンの会話。

陽向は。

人気アイドル。

好きだという女性なんて。

何万人。

何十万人といる。

私だって。

その一人だった。

なのに。

――陽向くんと付き合える人いいな。

その言葉が。

妙に。

引っかかった。

「……嫉妬?」

小さく呟く。

まさか。

でも。

考えてみる。

もし。

陽向に。

好きな女性ができたら?

その人の家に。

仕事終わりに行くようになって。

一緒にご飯を食べて。

疲れたら。

その人の前で寝て。

その人に。

『一緒にいると楽』

と言う。

「……嫌だ」

口から。

出ていた。

自分で。

固まる。

「……嫌なの?」

胸に問いかける。

嫌。

だった。

陽向が。

私ではない誰かと。

今みたいな時間を過ごすのを。

想像しただけで。

胸が苦しい。

その瞬間。

頭の奥に。

また。

紗良の日記の言葉が浮かんだ。

――誰かのものにならないで。

「……違う」

私は。

首を振る。

これは。

紗良の気持ち?

また。

分からなくなる。

でも。

今日は。

逃げずに考えることにした。

今。

紗良の記憶が。

何も出てこなかったとしても。

私は。

女の子たちの会話を聞いて。

嫌だった。

だったら。

この感情は。

少なくとも。

私の中にもある。

「……そっか」

私は。

ゆっくり息を吐いた。

少しずつ。

分かってきている。

◇◇◇

夜。

ピンポーン。

インターホンが鳴る。

「来た」

自分でも。

分かる。

声が少し弾んでいる。

玄関を開ける。

「ただいまー!」

「また普通にただいまって言う」

「もういいじゃん」

陽向が。

大きな紙袋を持っている。

「何それ?」

「差し入れ」

「また?」

「今日はちゃんと意味ある」

部屋に入り。

陽向が。

紙袋をテーブルへ置く。

「はい」

出てきたのは。

箱。

「……何?」

「開けて」

「私に?」

「うん」

少し。

ドキドキしながら。

箱を開ける。

「……あ!」

中には。

綺麗なチーズケーキ。

「これ……」

「好きなんでしょ?」

陽向が。

得意そうに笑う。

「チーズケーキ」

胸が。

大きく鳴った。

「美月メモ?」

「正解」

「本当に使ってるんだ……」

「言ったじゃん」

「でも」

ケーキを見る。

「わざわざ?」

「今日仕事先の近くに有名な店あったから」

「……」

「美月好きだったなって思って」

それだけ。

それだけなのに。

泣きそうになった。

「……ありがとう」

「お」

陽向が笑う。

「ごめんじゃなくて、ありがとう言えた」

「そこ褒める?」

「成長」

「子ども扱い」

でも。

嬉しい。

本当に。

嬉しい。

私の好きなものを。

覚えていてくれた。

そして。

自分がいない場所で。

私のことを。

思い出してくれた。

その事実が。

ケーキそのものより。

嬉しかった。

「陽向」

「ん?」

「私も」

「?」

「今日、陽向のこと考えたよ」

言ってから。

恥ずかしくなる。

「え?」

陽向が。

目を丸くする。

「何それ」

「唐揚げ」

「唐揚げ?」

「陽向、肉食べたいって言ってたから」

キッチンを指す。

「作った」

陽向の顔が。

一気に明るくなる。

「マジ!?」

「うん」

「やった!!」

その反応。

本当に。

分かりやすい。

私は。

思わず笑う。

この顔が。

見たかった。

そう。

思った。

◇◇◇

「うまっ!」

陽向が。

唐揚げを口に入れた瞬間。

大きな声を出す。

「美月、これマジでうまい!」

「よかった」

「外カリカリ!」

「二度揚げしたから」

「最高!」

「そんな喜ぶ?」

「だってうまい!」

私は。

陽向を見ながら。

笑う。

幸せ。

その言葉が。

自然に。

頭に浮かんだ。

怖くなって。

すぐに消そうとした。

でも。

今日は。

消さなかった。

今。

私は。

幸せ。

それでいい。

「……美月?」

「何?」

「また見てる」

「え?」

「俺のこと」

「……見てない」

「見てた」

「唐揚げ食べてるなって」

「それ見てんじゃん」

陽向が笑う。

「何?」

「……嬉しいだけ」

私は。

今度は。

ちゃんと言った。

「何が?」

「美味しそうに食べてもらえるの」

陽向が。

少しだけ。

目を細める。

「じゃあもっと食う」

「それは意味違う」

「おかわり!」

「早いよ!」

また。

二人で笑う。

◇◇◇

食事を終え。

買ってきてくれたチーズケーキを。

二人で食べる。

「おいしい……!」

思わず。

声が出た。

「そんなに?」

「うん!」

「買ってきてよかった」

陽向が。

本当に嬉しそうに言う。

その顔を見て。

私は。

思う。

私が喜ぶと。

陽向も喜ぶ。

陽向が喜ぶと。

私も嬉しい。

それは。

紗良の恋心を知らなくても。

今。

ここで。

二人の間に生まれた感情。

「……ねえ、陽向」

「ん?」

今日は。

一つ。

聞きたいことがあった。

スーパーで。

女の子たちの話を聞いてから。

ずっと。

気になっていること。

「好きな人」

陽向の手が。

止まった。

「……え?」

「いるの?」

しん。

部屋が。

静かになった。

「急に何?」

「なんとなく」

「なんとなくで聞く?」

「嫌ならいいけど」

「……」

陽向が。

フォークを置いた。

そして。

私を見る。

「何で気になるの?」

心臓が。

ドクン。

そこ。

聞く?

「……ファンとして」

また。

逃げた。

陽向の眉が。

少し上がる。

「便利だな、それ」

「何が?」

「何でもファンで逃げられる」

「逃げてない」

「じゃあ」

陽向が。

少し身を乗り出す。

「俺に好きな人いたらどう思う?」

「……」

今度は。

私が。

答えに詰まる。

本当のこと。

言える?

嫌。

そんなの。

言えるわけがない。

「幸せなら……」

言いかける。

それは。

昔の私。

ファンだった頃の。

模範解答。

陽向が幸せなら。

それでいい。

そう思っていた。

でも。

今。

口にしようとしたら。

胸が苦しくなった。

「……美月?」

「分かんない」

正直に答えた。

「え?」

「前なら」

私は。

フォークを見つめる。

「陽向が幸せならいいって」

「本当に思ってた」

「……」

「好きな人ができても」

「結婚しても」

「幸せならそれでいいって」

陽向は。

何も言わない。

「でも今」

「うん」

「なんか」

言葉を探す。

「素直にそう思えるか」

「……」

「分かんない」

言ってしまった。

顔が。

熱い。

陽向が。

じっと私を見ている。

「……何その顔」

「いや」

「何?」

「それって」

陽向が。

何か言おうとする。

「やっぱいい」

「何!」

「いや」

少し笑う。

でも。

耳が。

赤い。

「陽向?」

「美月は?」

「え?」

突然。

返された。

「好きな人」

心臓が。

止まりそうになる。

「……いない」

反射的に答える。

陽向の顔が。

一瞬。

何か。

微妙な表情をした。

「……そっか」

「何?」

「別に」

「何その反応」

「何でもない」

また。

陽向が逃げる。

でも。

私は。

気づかなかった。

その『いない』に。

陽向が。

ほんの少し。

がっかりしていたことに。

◇◇◇

食後。

テレビを見る。

でも。

私は。

さっきの会話が。

頭から離れなかった。

好きな人。

私は。

いないと言った。

嘘?

いや。

まだ。

分からない。

好き。

そう認めるには。

私は。

怖い。

だって。

私が陽向を好きだと思っても。

その中に。

紗良の気持ちが。

どれくらい混ざっているか。

分からない。

それに。

陽向にとって。

私は。

紗良の身体にいる人。

もし。

私が。

好き。

なんて言ったら。

陽向は。

どう思う?

紗良の想いを利用している。

そう思われたら。

嫌だ。

絶対に。

それだけは。

嫌だった。

「……陽向」

「ん?」

テレビを見たまま。

返事をする。

「もし」

「うん」

「私が」

声が。

少し震える。

「紗良さんの記憶を使って」

「?」

「陽向に近づいたら」

陽向が。

こちらを見る。

「嫌?」

「どういう意味?」

「例えば」

胸の前で。

指を握る。

「紗良さんしか知らないこととか」

「紗良さんが陽向を好きだった気持ちとか」

「そういうのを使って」

「……」

「陽向に好きになってもらおうとしたら」

陽向の顔から。

笑顔が消えた。

「美月」

「うん」

「それするつもりなの?」

「しない!」

すぐに。

答えた。

「絶対しない」

「……」

「だから」

私は。

真っ直ぐ。

陽向を見る。

「ちゃんと決めておきたいの」

「何を?」

「紗良さんの気持ちは」

胸に手を当てる。

「紗良さんのもの」

「……」

「私のものじゃない」

陽向が。

静かに聞いている。

「だから」

「もし私が」

一瞬。

言葉が。

詰まる。

「……誰かを好きになるなら」

『誰か』

陽向のことだと。

きっと。

二人とも分かっている。

でも。

まだ。

名前にはできない。

「高瀬美月として」

私は。

続ける。

「ちゃんと好きになりたい」

「……」

「紗良さんの恋を」

「自分の恋みたいにして」

「誰かを手に入れるのは嫌」

陽向は。

しばらく。

何も言わなかった。

それから。

「……美月って」

「何?」

少し。

困ったように笑う。

「変なとこ真面目だよな」

「変って何」

「いや」

陽向が。

ソファに身体を預ける。

「でも」

私を見る。

「俺は」

「うん」

「美月が美月じゃなくなるとは」

「思ってないよ」

胸が。

跳ねる。

「紗良の記憶があっても」

「……」

「紗良の気持ちが残ってても」

「美月は美月」

また。

その言葉。

「だって」

陽向が笑う。

「紗良、唐揚げ二度揚げとか絶対しないし」

「そこ?」

「美月はする」

「料理で判断するの?」

「あと歌うとめっちゃ楽しそう」

「……」

「褒めたらすぐ顔赤くする」

「それ言わなくていい」

「すぐ謝る」

「最近減った」

「『でも』多い」

「それも減ってる!」

陽向が。

笑う。

私も。

少し笑ってしまう。

「だから」

陽向が。

ほんの少しだけ。

声を落とした。

「俺が見てるのは」

「……」

「ちゃんと美月だよ」

胸が。

痛いくらい。

鳴った。

「……ありがとう」

「うん」

「それ言ってもらえるの」

私は。

ゆっくり息を吐く。

「すごく嬉しい」

「……そっか」

陽向が。

少しだけ。

視線を逸らした。

その横顔が。

なぜか。

照れているように見えた。

◇◇◇

陽向が帰る時間。

玄関まで。

見送る。

「じゃあ」

「うん」

「チーズケーキありがと」

「また美月メモ増やしとく」

「何を?」

「唐揚げ好き」

「それ陽向でしょ?」

「あ、そうだった」

「自分メモ作りなよ」

「じゃ美月が作って」

「何で!」

二人で笑う。

陽向が。

靴を履く。

そして。

ドアを開ける前に。

「美月」

「何?」

「さっき」

少し。

真面目な顔。

「誰かを好きになるなら」

「……うん」

「美月として好きになりたいって言ったじゃん」

心臓が。

一瞬で。

速くなる。

「……言った」

陽向が。

私を見る。

「それ」

「?」

「ちゃんと分かったら」

少し間を置く。

「俺にも教えて」

「……え?」

何を?

誰を好きになったか?

「何で?」

また。

聞いてしまう。

陽向自身も。

一瞬。

答えに困ったようだった。

「……気になるから」

「誰を好きになるか?」

「うん」

「何で?」

「だから!」

陽向が。

少しだけ。

焦ったように笑う。

「俺、美月のこと知りたいって言ったじゃん」

「……それだけ?」

私の口から。

勝手に。

そんな言葉が出た。

陽向が。

固まる。

私も。

固まる。

「……」

「……」

「じゃあな!」

急に。

陽向が。

ドアを開けた。

「ちょっと陽向!」

「仕事早いから!」

「明日休みって言ってたじゃん!」

「あっ」

「嘘下手!」

「じゃ!」

そのまま。

逃げるように。

出ていった。

「……何なの」

閉じたドアを見ながら。

私は。

胸を押さえる。

ドクン。

ドクン。

速い。

今日。

何度。

この音を聞いただろう。

そして。

今の鼓動は。

紗良の記憶とは。

何の関係もない。

「……私だ」

小さく。

呟く。

陽向が。

誰を好きになるのか気になった。

陽向が。

私の好きな人を気にしてくれたのが。

嬉しかった。

陽向に。

ちゃんと美月を見ていると言われて。

胸がいっぱいになった。

これは。

全部。

今日。

高瀬美月として。

陽向と過ごした中で。

生まれた感情。

「……紗良さん」

私は。

自分の胸に手を置いた。

「少しずつ」

「分かってきたかもしれない」

あなたが。

陽向を愛していた気持ちは。

あなたのもの。

そして。

私がこれから。

誰かを好きになるなら。

それは。

私のもの。

この恋だけは。

誰かからもらったものじゃなく。

自分自身の心で。

見つけたい。

そう思った。

◇◇◇

その頃。

マンションを出た陽向は。

車に乗ったものの。

すぐにはエンジンをかけられずにいた。

「……」

ハンドルに。

額をつける。

『それだけ?』

美月の声が。

頭から離れない。

何で。

あんなこと聞かれて。

答えられなかった?

美月が。

誰を好きになるか。

知りたい。

理由。

本当に。

ただ。

美月のことを知りたいから?

もし。

美月が。

『好きな人できた』

と言って。

その相手が。

自分じゃない男だったら?

想像する。

美月が。

知らない男の話をしながら。

今日みたいに笑う。

その男のために。

唐揚げを作る。

好きなものを覚える。

その男に。

『一緒にいると楽』

と言われる。

「……」

胸の奥が。

ざわついた。

ものすごく。

面白くない。

「……は?」

自分自身に。

声が出る。

「何で?」

そして。

もう一度。

想像する。

美月が。

誰かに。

『好き』

と言う。

「……嫌だな」

ぽつり。

言ってから。

固まった。

「…………え?」

自分の口から。

出た言葉。

嫌。

美月が。

他の誰かを好きになるのが。

嫌。

「いやいやいや」

陽向は。

一人で。

首を振る。

「待て待て」

相手は。

美月。

紗良の身体にいる女性。

まだ。

出会って。

それほど経っていない。

なのに。

「……俺」

胸に。

手を当てる。

「美月のこと……」

その続きを。

言おうとして。

陽向は。

止めた。

まだ。

認められなかった。

でも。

確実に。

何かが。

変わり始めていた。