目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

陽向が帰ったあと。

私は。

ほとんど眠れなかった。

ベッドに入って。

目を閉じても。

浮かんでくるのは。

陽向の顔。

そして。

紗良の記憶。

――好き。

――触れたい。

――でも、幼なじみではいられなくなる。

胸の奥に残る。

あの苦しいほどの想い。

「……」

私は。

ゆっくり目を開けた。

暗い寝室。

時計を見る。

午前二時を過ぎている。

「眠れない……」

ベッドから起き上がる。

水でも飲もう。

そう思って。

リビングへ向かった。

◇◇◇

キッチンで。

水を一口飲む。

それでも。

胸のざわつきは消えない。

私は。

リビングの棚へ目を向けた。

紗良のもの。

写真。

台本。

昔のアルバム。

そして。

以前見つけた。

陽向との写真が入った箱。

「……」

迷った。

勝手に見るのは。

よくない。

でも。

紗良のことを。

もっと知りたい。

陽向を。

どんなふうに好きだったのか。

そして。

自分の中にある気持ちと。

何が違うのか。

知りたい。

「ごめんね、紗良さん」

私は。

小さく謝ってから。

箱を開けた。

◇◇◇

最初に出てきたのは。

高校の卒業写真。

制服姿の陽向と紗良。

前にも見た。

『卒業! 陽向、絶対売れろ!』

裏に書かれた文字。

その下には。

もっと古い写真があった。

「……若い」

中学生くらい?

陽向の髪は。

今よりずっと短い。

紗良も。

まだ幼い。

二人で。

公園のベンチに座って。

アイスを持って笑っている。

「ずっと一緒だったんだ……」

次。

夏祭り。

浴衣。

紗良と。

陽向。

二人だけではない。

友人たちもいる。

でも。

写真の端。

紗良の目は。

陽向を見ている。

私は。

すぐに分かった。

「好きだったんだね」

この頃から?

それとも。

もっと前から?

写真をめくる。

高校。

大学生くらい。

陽向が。

少しずつ。

今の姿に近づいていく。

髪型。

服装。

表情。

そして。

写真の数が。

途中から。

急に減った。

「……あれ?」

デビューした頃。

それまでは。

何枚もあった。

でも。

芸能活動が忙しくなるにつれて。

陽向と紗良。

二人で写っている写真が。

ほとんどなくなっていく。

代わりに。

チケット。

ライブの半券。

雑誌の切り抜き。

CDショップのレシート。

そんなものが。

大切に保管されていた。

「……」

胸が。

少し苦しくなった。

近くにいた人が。

だんだん。

テレビの中の人になる。

紗良は。

どんな気持ちだったんだろう。

その瞬間だった。

ズキン――。

「っ……!」

頭の奥が痛む。

私は。

テーブルに手をついた。

そして。

視界が。

変わった。

◇◇◇

――『紗良!』

陽向の声。

目の前。

まだ二十代前半の陽向が。

満面の笑顔で立っている。

『決まった!』

『何が?』

紗良が聞く。

『デビュー!』

その瞬間。

紗良の胸が。

熱くなる。

『……本当に?』

『うん!』

陽向が。

子どもみたいに笑っている。

『やった……』

紗良の目から。

涙が落ちる。

『え!? 何で泣くの!?』

『だって……』

『ずっと頑張ってたじゃん』

『うん』

『よかったね』

『ありがとう!』

陽向が。

勢いのまま。

紗良を抱きしめる。

『……っ』

紗良の身体が。

固まる。

陽向は。

何も気づかない。

ただ。

嬉しくて。

抱きしめているだけ。

でも。

紗良は。

違う。

胸が。

壊れそうなくらい。

鳴っている。

――好き。

――好き。

――好き。

抱きしめ返したい。

でも。

腕が。

動かない。

『陽向』

『ん?』

『……おめでとう』

それだけ。

やっと。

言えた。

――私のことも。

――いつか。

――好きになってくれたらいいのに。

紗良の。

小さな願い。

◇◇◇

「……っ」

現実に戻った。

私は。

荒い息をしながら。

胸を押さえた。

「……デビューの日」

涙が。

勝手に出る。

悲しいわけじゃない。

これは。

紗良の感情。

嬉しくて。

誇らしくて。

そして。

ほんの少し。

切ない。

「こんなに……」

私は。

自分の胸を見る。

「こんなに好きだったんだ」

どうして。

言わなかったの?

いや。

言えなかったのか。

失いたくなかった。

幼なじみという場所を。

陽向のそばにいられる。

一番安全な場所を。

◇◇◇

私は。

箱の中を。

さらに見ていった。

すると。

一冊の。

小さなノートが出てきた。

「……日記?」

開こうとして。

手が止まる。

これは。

さすがに。

見ていいものなの?

一ノ瀬紗良の。

完全に。

個人的なもの。

私は。

しばらく迷った。

でも。

表紙の内側に。

短い文字が書かれていた。

『言えなかったこと』

心臓が。

跳ねる。

私は。

ゆっくり。

最初のページを開いた。

◇◇◇

『陽向がデビューした。』

『嬉しい。』

『本当に嬉しい。』

『ずっと夢だったもんね。』

『でも』

『少しだけ寂しいと思った私は、最低なのかな。』

私は。

息を呑んだ。

次のページ。

『陽向がテレビに出ていた。』

『みんなが陽向を知っていく。』

『嬉しい。』

『でも』

『私だけの陽向じゃなかったのは最初からなのに、どうして寂しいんだろう。』

また。

次。

『今日、久しぶりに会えた。』

『疲れていた。』

『大丈夫?って聞いたら、大丈夫って笑ってた。』

『陽向も嘘をつくようになった。』

私は。

読む手を止めた。

「……紗良さん」

気づいていた。

陽向が。

無理して笑うこと。

私より。

ずっと前に。

そして。

次の文章。

『でも私は、何も言えなかった。』

『頑張ってる人に、頑張らなくていいなんて、私には言えない。』

『だって陽向は、夢を叶えたんだから。』

『私が寂しいとか、休んでほしいとか言ったら、邪魔になる気がする。』

胸が。

苦しくなる。

似ている。

やっぱり。

私と紗良は。

似ている。

相手のため。

そう思って。

自分の気持ちを。

言わない。

我慢する。

そして。

一人で。

寂しくなる。

◇◇◇

ページをめくる。

陽向への想い。

仕事。

女優としての悩み。

日常。

いろんなことが書かれていた。

でも。

年月が進むにつれて。

陽向の名前は。

少しずつ。

増えていく。

『今日、陽向に彼女ができたって記事が出た。』

「……え?」

思わず。

声が出た。

続きを読む。

『たぶん違う。』

『陽向からすぐに、違うって連絡が来た。』

『どうして私に説明するんだろう。』

『幼なじみだから?』

『心配すると思ったから?』

『それだけなのに。』

『嬉しいと思ってしまった。』

私の胸が。

少しだけ。

ざわつく。

知らない。

陽向に。

そんな報道があったんだ。

ファン時代。

もしかしたら。

ニュースで見たことがあったのかもしれない。

でも。

紗良には。

本人から連絡が来ていた。

当たり前。

二人は。

幼なじみ。

でも。

今。

なぜか。

少しだけ。

羨ましい。

「……これ」

私は。

胸に手を当てる。

「私?」

紗良の嫉妬?

それとも。

私の嫉妬?

また。

分からない。

嫌になる。

◇◇◇

さらに。

ページを進める。

そして。

ある日付で。

手が止まった。

事故の。

一週間前。

『陽向に好きな人ができたらしい。』

「……」

息が止まった。

震える指で。

続きを読む。

『本人から聞いたわけじゃない。』

『共通の友人が、最近陽向が誰かを気にしてるみたいだって言っていた。』

『もう三十四歳だもんね。』

『好きな人くらいいるよね。』

『結婚したって、おかしくない。』

『分かってる。』

『ずっと分かってた。』

『私が陽向の隣にいる理由は、幼なじみだから。』

『それ以上にはなれない。』

胸が。

痛い。

紗良の気持ちが。

流れ込んでくる。

苦しい。

嫌だ。

誰かのものにならないで。

でも。

言えない。

『私も、もう終わりにしよう。』

あ。

事故の日。

記憶の中で。

紗良が言っていた。

――もう。

――陽向のこと。

――終わりにしよう。

「これだったんだ……」

私は。

続きを読む。

『好きだった。』

『本当に、ずっと好きだった。』

『でも陽向には幸せになってほしい。』

『だから今度会ったら、ちゃんと笑って言おう。』

『好きな人がいるなら、頑張れって。』

最後。

その一行を見て。

私は。

息を呑んだ。

『私が好きだったことは、一生言わなくていい。』

「……紗良さん」

涙が。

一滴。

ノートの上に落ちた。

「言わなくていいわけ……ないじゃん」

こんなに。

好きだったのに。

どうして。

自分だけで。

終わらせようとしたの?

でも。

同時に。

分かってしまう。

私も。

同じようなことを。

してきたから。

言っても。

困らせる。

言ったって。

変わらない。

私が我慢すれば。

それで済む。

そして。

本当の気持ちは。

誰にも届かない。

◇◇◇

ページをめくる。

事故の日。

最後の日記。

文字が。

少し乱れていた。

『今日は、陽向の曲を聴きながら帰った。』

『やっぱり好きだなと思った。』

『だから、終わりにする。』

『陽向には、私じゃない誰かと幸せになってほしい。』

『私も、自分の人生をちゃんと生きよう。』

その文章を見て。

身体が。

震えた。

私も。

自分の人生を。

生きたいと思っていた。

役割じゃなく。

高瀬美月として。

紗良も。

同じだった。

陽向を好きな自分から。

一度離れて。

一ノ瀬紗良として。

自分の人生を生きようとしていた。

その。

直後。

事故に遭った。

「……だから?」

私は。

自分の胸に手を置く。

同じ日。

同じ時間。

一人は。

家族の中で孤独を抱えながら。

自分自身を見失っていた。

一人は。

好きな人のそばにいながら。

恋心を隠し続け。

自分の人生を生き直そうとしていた。

そして。

二人とも。

事故に遭った。

「だから……私たちが?」

何かが。

繋がった?

紗良の身体に。

私が入ったのは。

偶然じゃない?

でも。

答えは。

誰にも分からない。

そのときだった。

ノートの最後。

ページの端に。

まだ。

続きがあることに気づいた。

小さな文字。

数行だけ。

『もし、生まれ変われるなら。』

『次は、ちゃんと好きって言える人になりたい。』

『誰かの幸せばかりじゃなくて。』

『自分も幸せになりたい。』

私は。

動けなくなった。

「……」

それは。

紗良の願い。

なのに。

なぜか。

自分の心まで。

痛かった。

自分も幸せになりたい。

その言葉。

私だって。

同じだった。

◇◇◇

翌朝。

ほとんど眠れないまま。

私は。

ソファに座っていた。

日記は。

元の箱に戻した。

知らなかった。

紗良という人。

ただ。

陽向を愛していた女性。

そう思っていた。

でも。

違った。

女優として生きて。

悩んで。

我慢して。

誰かのことを考えすぎて。

自分の幸せを。

後回しにしていた。

一人の女性。

「……私みたい」

本当に。

似ている。

だから。

気持ちが重なった?

分からない。

でも。

昨夜から。

ずっと。

考えていた。

――この恋は誰のもの?

陽向に触れたい。

会いたい。

そばにいたい。

それは。

紗良の願い?

私は。

目を閉じる。

紗良の記憶を。

全部。

取り除いて考えてみる。

もし。

私は。

ただの高瀬美月のまま。

何かの偶然で。

天城陽向と知り合っていたら?

一緒に。

ご飯を食べて。

歌って。

笑って。

辛いとき。

話を聞いてくれて。

私の好きなものを。

一つずつ覚えてくれて。

『ただの美月でいい』

と言ってくれる人。

そんな陽向を。

私は。

どう思った?

「……」

答えは。

すぐに。

出なかった。

でも。

ひとつだけ。

分かった。

私は。

紗良の恋を。

自分のものだと思って。

陽向を手に入れたくはない。

それだけは。

絶対に嫌だった。

もし。

私が陽向を好きになるなら。

高瀬美月として。

好きになりたい。

紗良の気持ちではなく。

自分の気持ちで。

私は。

胸に手を当てた。

「紗良さん」

小さく呼ぶ。

「あなたの気持ちは」

「ちゃんと」

「あなたのものだから」

そして。

自分自身に。

言い聞かせる。

「私の気持ちは」

「私が見つける」

そのとき。

スマートフォンが。

震えた。

画面。

陽向。

メッセージ。

『おはよ』

それだけ。

たった三文字。

なのに。

口元が。

自然に緩んだ。

「あ……」

私は。

自分の顔に触れる。

嬉しい。

陽向から。

連絡が来て。

嬉しい。

これは。

今。

紗良の記憶を見ているから?

違う。

メッセージを受け取ったのは。

私。

高瀬美月。

「……そっか」

まだ。

恋かどうかは。

分からない。

でも。

小さなものなら。

少しずつ。

見分けられるのかもしれない。

紗良の気持ち。

そして。

私の気持ち。

私は。

陽向へ。

返信した。

『おはよう😊』

少しして。

すぐに既読。

『今日仕事終わったら行っていい?』

また。

心臓が跳ねる。

私は。

その鼓動を。

今度は。

否定しなかった。

ただ。

そっと。

胸に手を当てた。

この気持ちが。

誰のものなのか。

いつか。

ちゃんと。

分かる日が来る。

そんな気がした。