目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

陽向がソファで眠ってしまった翌日。

私は朝から、なぜか昨日のことばかり考えていた。

テレビの中では。

いつだって明るくて。

元気で。

どんな話を振られても、大きな声で笑って。

メンバーが失敗すれば全力でツッコんで。

自分が失敗すれば、それすら笑いに変えてしまう。

そんな天城陽向が。

私の家――。

まだそう呼ぶことには少し抵抗があるけれど。

今、私が暮らしているこの部屋のソファで。

あんなにも無防備に眠っていた。

「……疲れてたんだろうな」

キッチンでコーヒーを淹れながら、ぽつりと呟く。

思い返せば。

陽向は何度も。

私の『大丈夫』を見抜いてきた。

何でもないと言っても。

泣いてないと言っても。

すぐに気づいた。

なのに。

私は。

陽向について。

どれだけちゃんと見てきただろう。

ファンだった頃は。

陽向が笑っていれば。

『今日も楽しそう』

と思っていた。

元気なら。

『よかった』

と思っていた。

でも。

本当は。

笑っているからって。

元気とは限らない。

そんなこと。

自分が一番よく分かっているはずなのに。

「……私、全然見えてなかったのかも」

テレビの中の陽向を。

知っているつもりになっていただけ。

そんなことを考えながら。

コーヒーを一口飲んだ。

そのとき。

スマートフォンが震える。

画面を見る。

陽向。

メッセージだった。

『今日夜そっち行っていい?』

「……」

少しだけ。

口元が緩む。

『いいよ』

送信。

すぐに。

『飯ある?』

「やっぱりそれか!」

思わず声が出た。

『自分で買ってきてください』

すると。

『ええええええ』

泣いているスタンプ。

「子どもか」

笑いながら。

『余裕があったら作る』

と送った。

『やった!!!!』

即レス。

本当に。

こういうところだけ見ていれば。

悩みなんて何もなさそうなのに。

私は。

スマートフォンを見ながら。

昨日の陽向の寝顔を思い出していた。

◇◇◇

その日の夜。

陽向が来たのは。

予定していた時間より。

一時間以上遅かった。

ピンポーン。

インターホンが鳴る。

「はーい」

玄関を開ける。

「……ただいまー」

「おかえり……って」

私は。

思わず陽向の顔を見た。

いつものように。

笑っている。

でも。

目が。

全然笑っていない。

「遅くなってごめん」

「仕事?」

「うん」

陽向は。

いつものように軽い調子で靴を脱ぐ。

「腹減ったー!」

「……」

「今日何?」

「生姜焼き」

「マジ!? 最高!」

大きなリアクション。

いつもの陽向。

なのに。

違う。

「……陽向」

「ん?」

「何かあった?」

陽向の動きが。

ほんの一瞬。

止まった。

でも。

すぐに笑う。

「何もないよ」

「……」

まただ。

「仕事長引いただけ」

「そっか」

私は。

それ以上聞かなかった。

陽向がリビングへ行く。

「めっちゃいい匂いする!」

「手洗ってきて」

「はーい」

返事も。

いつも通り。

でも。

なぜだろう。

今日は。

笑い声が。

少しだけ大きすぎるように感じた。

◇◇◇

「いただきます!」

「いただきます」

陽向は。

生姜焼きを口に入れる。

「うまっ!」

いつもの反応。

「これヤバい!」

「大げさ」

「いやマジで美味いって!」

「ありがとう」

「美月、店出せるよ」

「それは言いすぎ」

「俺毎日来る」

「それは困る」

「なんで!?」

私は笑った。

陽向も笑う。

でも。

その笑顔を見ながら。

やっぱり思う。

何か変。

「……」

陽向がご飯を口に運ぶ。

よく食べる。

話す。

笑う。

なのに。

ふとした瞬間。

黙る。

そして。

視線が。

どこか遠くに行く。

「陽向」

「ん?」

「美味しい?」

「え? めっちゃうまいよ!」

「じゃあよかった」

私は。

あえて。

それだけにした。

何があったの?

と。

何度も聞くのは。

違う気がした。

陽向が言いたくなったら。

話せばいい。

昨日。

陽向が私にしてくれたみたいに。

◇◇◇

食事を終え。

二人で食器を片づける。

今日は。

陽向が洗って。

私が拭く。

「そこ、まだ泡ついてる」

「え?」

「ここ」

「細か!」

「細かくないよ」

「美月、姑みたい」

「……」

陽向が。

「あ」

という顔をする。

「ごめん」

「別に大丈夫」

言ってから。

私は自分で笑った。

「今の大丈夫は、本当に大丈夫」

「ならよかった」

陽向も。

少しだけ笑う。

でも。

そのあと。

また黙った。

やっぱり。

何かある。

◇◇◇

片づけが終わり。

テレビをつける。

ちょうど。

陽向が出演している番組が放送されていた。

「あ」

私が言う。

「今日これだったんだ」

「うん」

陽向は。

ソファに座る。

画面の中。

今日の陽向。

収録されたのは。

少し前なのだろう。

ものすごく楽しそうに笑っている。

スタジオ中に響く。

大きな笑い声。

「……」

私は。

テレビと。

隣にいる陽向を。

交互に見る。

違う。

顔は同じ。

声も同じ。

でも。

全然違う。

テレビの中では。

誰よりも楽しそう。

今。

隣にいる陽向は。

笑っていない。

「……陽向」

「何?」

「これ、いつ撮ったの?」

「三週間くらい前」

「そうなんだ」

「うん」

画面の中で。

陽向が。

司会者にいじられて。

大笑いしている。

その瞬間。

陽向が。

リモコンを取った。

テレビを消す。

「……」

部屋が。

急に静かになる。

「ごめん」

陽向が言った。

「今日は見たくない」

「……うん」

私は。

理由を聞かなかった。

陽向が。

ソファの背もたれに。

身体を預ける。

そして。

天井を見る。

「……疲れた」

ぽつり。

本当に。

小さな声だった。

私は。

その言葉を。

初めて聞いた気がした。

「そっか」

それだけ答える。

陽向が。

少し驚いたように私を見る。

「聞かないの?」

「何を?」

「何があったとか」

私は。

少し考えて。

首を振る。

「陽向が話したくなったら聞く」

「……」

「でも今は」

ソファの隣に座る。

「疲れたんでしょ?」

「……うん」

「じゃあ、それだけでいいんじゃない?」

陽向は。

何も言わなかった。

◇◇◇

しばらく。

二人とも黙っていた。

テレビもつけない。

音楽もない。

静かな部屋。

不思議と。

気まずくはなかった。

少しして。

陽向が。

口を開いた。

「今日さ」

「うん」

「収録だったんだけど」

話し始めた。

私は。

ただ聞く。

「俺」

「うん」

「ちょっとミスって」

「うん」

「別に大したことじゃないんだけど」

陽向が。

指を組む。

「番組の流れ、止めちゃって」

「……」

「スタッフさんに怒られたとかじゃないよ」

「うん」

「みんなも大丈夫って言ってくれたし」

「うん」

「でも」

一度。

言葉が止まる。

「最近」

「?」

「俺、ちゃんとできてんのかなって思うことあって」

初めて聞く。

陽向の。

弱い声。

「何が?」

私は。

優しく聞いた。

「全部」

陽向が苦笑する。

「歌も」

「ダンスも」

「バラエティーも」

「……」

「後輩も増えてきて」

「俺らより若くて」

「上手いやつもいっぱい出てきて」

「……」

「ずっと」

陽向は。

手を見つめる。

「俺は明るい奴でいなきゃって思ってる」

胸が。

少し痛くなる。

「テレビで」

「楽屋で」

「ライブで」

「俺が落ちたら」

「みんなもテンション下がる気がして」

「……」

「だから」

陽向が。

笑った。

でも。

その笑顔は。

今にも崩れそうだった。

「何でも笑っとけばいいかなって」

私は。

その顔を見た瞬間。

分かった。

ああ。

この笑い方。

知ってる。

私も。

何度もした。

辛いのに。

笑う。

傷ついてるのに。

『大丈夫』

って言う。

本当は聞いてほしいのに。

『何でもない』

と言う。

「……陽向」

「ん?」

「あなたも」

少しだけ。

胸が詰まる。

「無理して笑うんだね」

陽向の笑顔が。

止まった。

「……」

「私」

ゆっくり続ける。

「ずっと陽向って」

「本当にいつも楽しい人だと思ってた」

「……」

「もちろん」

「楽しいときもいっぱいあるんだと思う」

「でも」

陽向を見る。

「笑ってるからって」

「いつも大丈夫なわけじゃないんだね」

陽向は。

何も答えなかった。

「私と一緒だね」

そう言うと。

陽向の目が。

少し大きくなった。

「美月と?」

「うん」

私は。

膝の上で手を組む。

「私もずっと」

「周りが嫌な空気にならないように」

「誰かが怒らないように」

「大丈夫って言ってた」

「……」

「悲しくても」

「傷ついてても」

「私が我慢すれば済むならって」

陽向の表情が。

少し曇る。

「だから」

私は。

笑った。

「分かる気がする」

「陽向が」

「笑ってたほうが楽なとき」

「……」

「自分が笑ってれば」

「周りが心配しなくて済むもんな」

陽向が。

ぽつりと言った。

「うん」

「でも」

私は。

少しだけ首を傾ける。

「それ、ずっとやってたら疲れるよ」

「……」

「私は疲れた」

陽向が。

私を見る。

「めちゃくちゃ疲れた」

私は。

苦笑した。

「なのに」

「やめ方分かんなかった」

陽向が。

少し。

笑った。

今度は。

作った笑顔じゃない。

「……俺もかも」

「そっか」

「俺さ」

「うん」

「ファンに元気もらってるって、よく言うじゃん」

「うん」

「本当にそうなんだけど」

「……」

「同時に」

陽向が。

少しだけ俯く。

「俺が元気でいなきゃって思うんだよ」

「……うん」

「俺見て元気になるって言ってくれる人いるから」

「だから」

「俺が落ちてる姿とか」

「疲れてる姿見せちゃダメって」

胸が。

ぎゅっとなる。

私は。

十年以上。

その『ファン』の一人だった。

陽向に。

笑ってほしい。

元気でいてほしい。

それを。

願っていた。

でも。

その願いが。

知らないうちに。

陽向の重荷になることもあったのかもしれない。

「……ごめん」

思わず言った。

陽向が顔を上げる。

「何で美月が謝るの?」

「私もファンだったから」

「は?」

「ずっと」

「陽向には笑っててほしいって思ってた」

「……」

「元気な陽向を見るのが好きだった」

「それは悪くないだろ」

「でも」

「美月」

陽向が。

少しだけ強い声を出す。

「そこまで背負わなくていい」

「……」

「ファンに求められるのが嫌だって言ってるわけじゃない」

「うん」

「俺が勝手に」

「そうしなきゃって思ってるだけ」

私は。

陽向を見る。

まただ。

陽向は。

私に言う。

全部。

自分のせいにするなって。

「……そっか」

「うん」

「じゃあ」

私は。

少し考えてから。

言った。

「ここでは」

「?」

「元気じゃなくてもいいよ」

陽向が。

固まった。

「前も言ったけど」

「ここにいるときくらい」

「笑いたくなかったら」

「笑わなくていい」

「……」

「面白くなかったら」

「リアクションしなくていい」

「……」

「疲れたなら」

「疲れたって言っていい」

陽向の目が。

少し揺れる。

「私」

胸に手を置く。

「陽向のファンだったけど」

「今は」

少しだけ。

言葉を探す。

「テレビの天城陽向だけを見てるわけじゃないから」

陽向が。

私を見る。

「玉ねぎ大きく切るし」

「そこ今言う?」

「片づけ苦手だし」

「美月?」

「ソファで寝落ちするし」

「……」

「疲れたら」

「ちゃんと疲れた顔する人だって」

私は。

笑った。

「もう知ってるから」

陽向は。

しばらく。

何も言わなかった。

それから。

「……なんか」

「?」

「恥ずかしい」

「何が?」

「ファンに裏側バレてんの」

「今さら?」

「俺のイメージ!」

「大丈夫」

「何が?」

「玉ねぎ大きくても好きだから」

言った瞬間。

「……」

二人とも。

止まった。

「あ」

私の顔が。

一気に熱くなる。

違う。

今のは。

「ファンとして!」

慌てて付け足す。

陽向が。

少しだけ口元を上げる。

「はいはい」

「本当に!」

「分かったって」

「絶対分かってない!」

「顔赤いけど?」

「もう!」

陽向が。

笑った。

今度は。

自然な笑い声。

私も。

つられて笑う。

さっきまで。

重かった空気が。

少しだけ軽くなった。

◇◇◇

しばらくして。

陽向は。

ソファに横になった。

「また寝る?」

「今日は寝ない」

「昨日もたぶんそう思ってたでしょ」

「今日はマジ」

「はいはい」

私は。

毛布を持ってくる。

「まだ寝ないって!」

「どうせ寝る」

「美月、俺の扱い雑になってない?」

「距離が縮まった証拠です」

言ってから。

また。

少し恥ずかしくなる。

陽向は。

一瞬だけ。

私を見た。

でも。

何も言わなかった。

ただ。

小さく笑った。

「……じゃあ」

毛布を受け取る。

「借りる」

「どうぞ」

陽向は。

毛布をかける。

そして。

天井を見ながら。

ぽつりと言った。

「美月」

「何?」

「俺」

「うん」

「今日」

「ここ来てよかった」

胸が。

少しだけ鳴った。

「そっか」

私は。

それだけ答えた。

「美月んとこ来ると」

陽向は。

目を閉じる。

「なんか楽なんだよな」

「……」

「飯出てくるから?」

冗談っぽく聞く。

陽向が。

目を閉じたまま。

笑う。

「それもある」

「やっぱり!」

「でも」

続ける。

「それだけじゃない」

心臓が。

ドクン。

「何?」

聞いた。

でも。

返事がない。

「陽向?」

近づく。

寝ている。

「……寝るの早っ」

思わず笑ってしまう。

やっぱり。

疲れていたんだ。

私は。

テレビをつけなかった。

部屋の照明を。

少しだけ暗くする。

そして。

陽向の寝顔を見る。

「……お疲れさま」

今日も。

聞こえていないと思って。

呟いた。

「いつも元気くれて」

「ありがとう」

ファンだった頃。

私は。

この人に。

何度も助けられた。

テレビの中の陽向が。

笑ってくれるだけで。

少しだけ。

辛い現実を忘れられた。

だけど。

今は。

思う。

陽向だって。

誰かに。

支えてもらっていい。

ずっと。

誰かを笑わせる側じゃなくてもいい。

「今度は」

小さな声で。

言った。

「私が少しくらい」

「陽向が休める場所になれたらいいな」

そのとき。

眠っているはずの陽向の指が。

ほんの少し。

動いたことに。

私は。

気づかなかった。

◇◇◇

陽向は。

目を閉じたまま。

美月の声を聞いていた。

――私が少しくらい。

――陽向が休める場所になれたらいいな。

胸の奥が。

妙に熱くなる。

これまで。

たくさんの人に。

言われてきた。

『元気をもらっています』

『陽向くんを見ると笑顔になれます』

『ずっと明るい陽向くんでいてください』

全部。

嬉しかった。

心から。

でも。

美月は。

初めて。

言った。

――笑わなくていい。

――疲れたって言っていい。

そして。

――休める場所になりたい。

「……」

眠ったふりをしながら。

陽向は。

そっと。

胸の前で手を握った。

紗良とは。

違う。

紗良は。

誰より長く自分を知っていた。

美月は。

まだ。

出会ったばかり。

それなのに。

どうしてだろう。

今まで。

誰にも見つけてもらえなかった部分を。

美月だけが。

少しずつ。

見つけていく。

そのことが。

嬉しくて。

同時に。

少しだけ。

怖かった。

高瀬美月。

この人といると。

自分が。

『天城陽向』ではなく。

ただの『陽向』に。

戻ってしまう。

そして。

その時間を。

もっと欲しいと思い始めている自分に。

陽向は。

まだ。

名前をつけることができなかった。