目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

「なんで一人で全部決めんだよ」

陽向の言葉が。

胸の奥に突き刺さった。

私は何も言えなかった。

一人で決めた。

確かにそうだ。

陽向が苦しそうだったから。

紗良を返してほしいと言ったから。

私がいなくなれば。

少しは楽になるんじゃないかと思った。

でも。

陽向に。

「離れてほしい」

と言われたわけじゃない。

「……だって」

やっと声を出す。

「陽向が辛そうだったから」

「だからって」

「私の顔見るたび、紗良さんのこと思い出すでしょ?」

「思い出すよ」

迷いのない返事だった。

胸が痛む。

「だったら……」

「でも」

陽向が遮った。

「それと、美月にいなくなってほしいのは別だろ」

「……」

「俺が紗良のこと思い出して辛いからって」

陽向の眉が寄る。

「美月が一人でどっか行かなきゃいけない理由になんの?」

「でも私……」

「また『でも』」

「……」

言葉を飲み込む。

陽向が。

大きく息を吐いた。

「昨日の俺が悪かった」

「陽向は悪くないよ」

「悪い」

「だって紗良さんは――」

「そういうことじゃない」

陽向が首を振る。

「紗良に戻ってきてほしいって思ってるのは本当」

「……うん」

「それは今も変わってない」

分かっている。

それを。

嘘で否定してほしいとも思わない。

「でも」

陽向が私を見る。

「『紗良を返してくれ』って美月に言ったって、どうしようもないじゃん」

「……」

「美月が紗良をどっかに隠してるわけじゃない」

「うん」

「自分でこの身体に入ったわけでもない」

「……うん」

「なのに俺」

拳を握る。

「美月なら何とかできるみたいに」

「美月が悪いみたいに言った」

「そんなつもりじゃ……」

「なくても、そう聞こえただろ」

何も言えなかった。

聞こえた。

そして。

傷ついた。

でも。

それを言ったら。

陽向を責めることになる気がして。

言えなかった。

すると。

「美月」

優しい声で呼ばれた。

「昨日の言葉」

「……」

「傷ついた?」

心臓が跳ねた。

真っ直ぐ聞かれる。

逃げられない。

いつもの私は。

ここで。

『大丈夫』

と言う。

『気にしてない』

と笑う。

相手の罪悪感を減らすために。

本当の気持ちを。

飲み込む。

でも。

陽向はずっと。

それをやめろと言っていた。

私は。

ぎゅっと手を握った。

「……傷ついた」

ようやく言った。

陽向の顔が歪んだ。

「うん」

「すごく」

「……うん」

「私だって好きでここにいるわけじゃないのにって」

涙が滲む。

「私だって子どもたちのところに帰りたいのに」

「うん」

「自分の身体に戻りたいのに」

「……うん」

「なのに」

声が震える。

「『返して』って言われても」

「どうしたらいいのか分からないよって」

陽向は。

一度も遮らなかった。

「それに」

一番。

言いたくなかった気持ち。

でも。

口にする。

「私……」

「うん」

「陽向に」

喉が詰まる。

「いなくなってほしいって言われたみたいで」

陽向が。

はっとした。

「……違う」

「分かってる」

「違う、美月」

今度は。

強く言われた。

「俺は」

一歩近づく。

「美月にいなくなってほしいなんて思ってない」

「……」

「昨日だって」

陽向は苦しそうに眉を寄せる。

「紗良の事故のこと聞いて」

「紗良が俺のこと好きだったって知って」

「俺、何にも気づいてなかったって思って」

「……」

「頭ぐちゃぐちゃになって」

だから。

あの言葉が出た。

「でも、それを美月にぶつけていい理由にはならない」

陽向が。

深く頭を下げた。

「……ごめん」

驚いた。

「陽向……」

「本当にごめん」

トップアイドルの天城陽向が。

私に。

頭を下げている。

そんなことじゃない。

そう言おうとして。

やめた。

陽向は。

ちゃんと謝ってくれている。

だったら。

私も。

ちゃんと受け取らなければいけない。

「……うん」

私は涙を拭った。

「分かった」

「……許してくれる?」

「うん」

少しだけ間を置いて。

「でも、もう言わないで」

初めて。

そんなことを言った。

陽向が目を見開く。

「『紗良さんを返して』って」

「……うん」

「私、本当に何もできないから」

「分かった」

「それ言われたら」

胸に手を当てる。

「私、自分がここにいることまで悪いことみたいに思っちゃう」

陽向の目が。

少し揺れた。

「……分かった」

今度は。

ゆっくり。

噛みしめるように頷いた。

「言わない」

「うん」

「約束する」

その言葉を聞いて。

少しだけ。

胸の力が抜けた。

◇◇◇

「……さっきの子」

陽向が。

私の後ろを見る。

星たちは。

もうどこにも見えない。

「娘?」

胸がきゅっとなる。

「……うん」

「星ちゃん?」

「うん」

「そっか」

陽向は。

星が消えていった方向を見る。

「会えたな」

「……会えた、のかな」

私は。

少しだけ笑った。

「何も話してないけど」

「でも見れたじゃん」

「うん」

元気だった。

笑っていた。

それだけで。

どれだけ安心したか。

「目が合ったの」

「え?」

「星と」

あの瞬間を思い出す。

知らない女性を見る目。

でも。

なぜか。

長い間こちらを見つめていた。

「私ね」

声が震える。

「一瞬だけ」

「……」

「もしかして、分かったのかなって思っちゃった」

「……」

「そんなわけないのに」

今の顔は。

一ノ瀬紗良。

母親だった頃の面影なんて。

どこにもない。

「でも」

陽向が言った。

「何か感じた可能性くらいはあるんじゃない?」

「え?」

「だって」

少し笑う。

「美月が紗良の身体に入ってんのだって、普通ならありえないんだろ?」

「……うん」

「だったら」

肩をすくめる。

「娘が母親の何か感じても、もう俺は驚かない」

私は。

思わず笑った。

「何それ」

「いや、マジで」

陽向も笑う。

「最近、俺の常識めちゃくちゃだから」

「私のせい?」

「そこは美月のせいじゃない」

すぐに言われた。

その言葉に。

胸が少し温かくなる。

「……星」

もう一度名前を口にする。

「大きくなったら」

「うん」

「どんな子になるんだろ」

「見たい?」

「……見たい」

迷わず答えた。

「ずっと見たい」

「じゃあ」

陽向が。

当たり前みたいに言った。

「生きなきゃな」

私は顔を上げた。

「……」

「美月が消えるかもとか」

「紗良が戻るかもとか」

「俺たち今、何にも分かってない」

「うん」

「だったら」

陽向が私を見る。

「分かんないことで、先に自分から消えようとすんなよ」

胸が。

ぎゅっと締めつけられる。

「でも」

言いかける。

陽向の眉が上がった。

「あ」

自分で気づいて。

口を閉じた。

「また『でも』言うところだった」

「言ったけどな」

「途中だからセーフ」

「アウトだろ」

思わず。

二人で笑った。

こんな状況なのに。

笑える。

それが。

不思議だった。

◇◇◇

「で」

陽向が。

私のバッグを見る。

「これ、何?」

「……荷物」

「見りゃ分かる」

「数日分の服とか」

「家出じゃん」

「家出って……」

「三十四歳で家出」

「陽向も三十四歳でしょ!」

「俺はしてない」

「もう」

少しだけ。

いつもの陽向に戻ってきた。

それが。

嬉しかった。

「どこ泊まるつもりだったの?」

「……」

答えられない。

陽向がじっと見る。

「ホテル?」

「……たぶん」

「取った?」

「まだ」

「金は?」

「紗良さんの財布に……」

言いながら。

また。

罪悪感。

「ほら」

陽向がため息をつく。

「何にも決めてなかったんじゃん」

「……うん」

「行く場所もなくて」

「うん」

「金使うのも紗良に悪いって思って」

「……なんで分かったの?」

「美月だから」

即答。

「美月なら絶対そう考える」

言葉が止まった。

陽向が。

私のことを。

分かるようになっている。

まだ。

出会って間もないのに。

紗良ではなく。

私の考え方を。

「……陽向」

「ん?」

「私のこと」

「うん」

「分かってきた?」

陽向が一瞬固まった。

「まあ」

少し照れたように。

視線を逸らす。

「分かりやすいし」

「またそれ」

「すぐ顔に出る」

「嫌だな」

「俺は楽だけど」

「何で?」

「言ってることと顔違ったら分かるから」

「……」

それ。

私には。

少し怖い。

でも。

同時に。

嬉しい。

『大丈夫』

と言っても。

本当は大丈夫じゃないことに。

気づいてくれる。

そんな人が。

いる。

「じゃ」

陽向が突然。

私のバッグを持った。

「え?」

「帰るぞ」

「……どこに?」

「家」

胸が。

ざわつく。

「紗良さんの家?」

言った瞬間。

陽向が。

少し考えた。

そして。

「今は」

私を見る。

「美月が住んでる家」

「……」

「名義とかそういうのは紗良だけど」

「……うん」

「今そこで寝て」

「飯食って」

「生活してんの、美月だろ」

胸の奥が。

熱くなる。

「でも」

「あ」

陽向が指差す。

「今言った」

「……」

「でも禁止」

「そんなルール聞いてない」

「今作った」

「勝手!」

陽向が笑う。

「帰ろ」

もう一度。

今度は。

少し優しく言った。

「美月」

その一言。

『美月』

私の名前。

高瀬美月。

もう。

公的には。

この世界からいなくなった人。

ニュースでは。

死亡した女性。

家族にとっては。

亡くなった母親。

だけど。

陽向だけは。

今の私を。

美月と呼ぶ。

「……帰っていいの?」

小さく聞く。

陽向は。

少し困ったように笑った。

「だから」

「俺に聞くなって」

「え?」

「美月が帰りたいかどうかだろ」

また。

私に聞く。

どうしたい?

自分で決めていい。

私は。

今まで。

周りがどう思うかばかり考えていた。

迷惑じゃないか。

怒られないか。

嫌われないか。

それから。

自分がどうしたいのかを考える。

だから。

突然聞かれると。

難しい。

「……私」

ゆっくり考える。

あの部屋。

知らない場所だった。

最初は。

怖かった。

でも。

陽向とコーヒーを飲んだ。

ハンバーグを作った。

テレビを見て笑った。

一緒にマグカップを選んだ。

ほんの少しずつ。

私の時間が。

あそこにも増えていた。

「帰りたい」

私は。

初めて。

自分の気持ちだけで答えた。

「……あの家に」

陽向が。

笑った。

「じゃあ帰ろ」

「うん」

私は。

一歩。

陽向の隣を歩き出した。

◇◇◇

車に乗ると。

急に疲れが押し寄せてきた。

一晩。

ほとんど眠っていない。

朝から歩き続けて。

星を見つけて。

泣いて。

陽向と話して。

限界だった。

助手席に座る。

陽向がエンジンをかける。

「寝ていいよ」

「大丈夫」

「はい、出た」

「……眠いです」

言い直した。

陽向が。

満足そうに頷く。

「よろしい」

「先生みたい」

「美月が素直じゃないから」

「陽向に言われたくない」

「俺めっちゃ素直だけど?」

「どこが?」

話しながら。

瞼が。

少しずつ重くなる。

「……陽向」

「ん?」

「今日」

「うん」

「来てくれてありがとう」

陽向が。

一瞬。

黙った。

「もう」

「?」

「勝手にいなくなんないで」

低い声。

私は。

横顔を見る。

「……うん」

「せめて連絡して」

「うん」

「電話出て」

「……うん」

「マジで心臓止まるかと思ったから」

その言葉に。

胸が。

少しだけ鳴った。

「そんなに?」

聞いてしまった。

陽向は。

前を向いたまま。

「そんなに」

答えた。

「……」

それ以上。

何も言えなかった。

私は。

窓の外へ視線を向ける。

胸の奥。

紗良の感情なのか。

私の感情なのか。

まだ。

分からない。

でも。

ひとつだけ。

分かったことがあった。

私は。

陽向に見つけてもらえたことが。

嬉しかった。

帰ろうと言われたことが。

嬉しかった。

そして。

もう一度。

陽向の隣にいていいのだと。

思えたことが。

どうしようもなく。

嬉しかった。

◇◇◇

どれくらい経ったのか。

気づけば。

私は眠っていた。

車が赤信号で止まる。

陽向が。

助手席を見る。

静かに眠る美月。

紗良と同じ顔。

でも。

もう。

陽向には分かっていた。

これは。

紗良じゃない。

眠るとき。

少しだけ身体を丸める癖も。

バッグを抱えるようにして寝る姿も。

紗良とは違う。

「……美月」

小さく名前を呼ぶ。

反応はない。

陽向は。

前を向き直った。

昨日。

紗良を返してほしいと願った。

今でも。

紗良に会いたい。

それは。

嘘じゃない。

でも。

今日。

美月がいなくなったと知った瞬間。

自分は。

何を思った?

――紗良の身体がなくなった。

それだけだっただろうか。

違う。

頭に浮かんだのは。

美月の顔だった。

笑って。

泣いて。

すぐに謝って。

何か褒めれば。

びっくりするくらい嬉しそうにして。

自分のテレビを。

誰より楽しそうに見ていた。

高瀬美月。

「……なんなんだろうな」

陽向は。

小さく呟いた。

紗良を失うことが怖かった。

そして今。

美月までいなくなることも。

同じように。

怖かった。

その感情が。

何を意味するのか。

このときの陽向には。

まだ。

分からなかった。