翌日。
私は朝から落ち着かなかった。
昨日、事務所に呼ばれた悠。
何の話だったのか、まだ聞いていない。
「……遅い」
レッスン室の時計を見る。
いつもなら、とっくに来ている時間。
「何かあったのかな……」
すると。
ガチャ。
「おはよー」
「遅い!」
「え?」
入ってきた悠は、いつも通りだった。
眠そうな顔。
少し乱れた髪。
そして――
なぜか、ものすごく機嫌がいい。
「……何?」
「何が?」
「なんか嬉しそう」
「そう?」
「そう」
「分かる?」
「分かるよ」
「そっか」
悠はニヤッと笑った。
「じゃあ、当ててみて」
「……」
「俺、昨日事務所で何言われたでしょう」
私は腕を組んだ。
「新しい仕事?」
「違う」
「レッスン増える」
「違う」
「怒られた」
「なんでそうなるの?」
「じゃあ……」
私は少し考えた。
そして。
「デビュー?」
「正解」
「……え?」
一瞬。
頭が追いつかなかった。
「え、嘘」
「ほんと」
「本当に!?」
「うん」
「悠、デビューするの!?」
「する」
「いつ!?」
「もう決まった」
「誰と!?」
「グループ」
「知ってる!」
思わず悠の腕を掴む。
「すごいじゃん!」
「うん」
「やったじゃん!」
「うん」
「お兄ちゃんにも連絡しないと!」
スマホを取り出そうとすると。
悠が私の手を止めた。
「待って」
「何?」
「俺から連絡する」
「……そっか」
悠はスマホを取り出した。
画面を見つめる。
少しだけ迷ってから。
兄にメッセージを送った。
『俺もデビュー決まった』
既読はすぐについた。
そして。
『おめでとう』
短いメッセージ。
そのあと。
『待ってた』
悠の顔が、少しだけ緩んだ。
「……よかった」
「何が?」
「玲央も喜んでくれた」
「当たり前じゃん」
「うん」
悠はスマホを握りしめる。
「これで、やっと追いつける」
「……?」
「何?」
「今、何か言った?」
「言ってない」
「言ったよ」
「気のせい」
「絶対言った」
「美緒」
「何?」
「俺のこと、応援してくれる?」
「……」
私は笑った。
「するに決まってるじゃん」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ、一番最初に応援して」
「どういう意味?」
「俺がデビューする瞬間」
「もちろん」
「約束ね」
「約束」
小指を差し出される。
「また?」
「また」
「子どもじゃん」
「いいから」
私は笑いながら、小指を絡めた。
「絶対だよ」
「うん」
――このとき。
私はただ、嬉しかった。
兄に続いて。
今度は悠も夢を叶える。
これで二人とも、同じ世界に行ける。
またいつか。
三人で笑える。
そう思っていた。
だけど。
それから数ヶ月。
私の目の前には――
テレビの中で輝く悠がいた。
兄とは違うグループ。
でも。
兄と同じくらい、いや。
それ以上の勢いで人気になっていく。
そして私は、まだ知らない。
この先。
悠のグループが――
「顔面偏差値が高すぎるアイドル」として、社会現象になることを。
そして。
そんな悠を見ているうちに。
私の中に。
今まで感じたことのない感情が芽生え始めることを。



