「……え?」
私は、テレビの画面を見つめた。
そこに映っているのは――兄だった。
「お兄ちゃん……」
デビューしたばかりのグループの新曲披露。
ステージの真ん中で、兄が歌っている。
研究生時代、何度も練習していた振り付け。
何度も聞いた歌声。
でも。
テレビの中にいる兄は、私が知っている兄とは少し違って見えた。
「すご……」
思わず呟く。
隣で悠がソファに座っている。
「……玲央、頑張ってるね」
「うん」
兄が笑う。
ファンの歓声が響く。
画面の向こうからでも分かるくらい、大きな声。
私は嬉しくなった。
「お兄ちゃん、かっこいいじゃん」
「でしょ」
「……悠が言う?」
「俺もそう思ってるから」
「何それ」
悠はテレビを見たまま、少し笑った。
「玲央、昔からステージに立つと別人みたいになるんだよ」
「そうだったっけ?」
「うん」
「私にはいつものお兄ちゃんだけど」
「美緒にはね」
その言葉に、私は笑った。
「でも、悠も早くデビューしないとね」
「……そうだね」
「いつ?」
「知らない」
「えー」
「事務所に聞いて」
「なんで私が?」
「美緒なら聞いてくれるかなって」
「絶対聞かない」
「冷たい」
「自分で聞きなよ」
「めんどくさい」
「出た」
私は呆れて笑った。
本当に、この人は昔からこうだ。
夢を追いかけているはずなのに。
焦っているようには見えない。
兄が先にデビューして。
どんどん遠くへ行って。
それでも悠は、いつも通り。
レッスンして。
寝て。
食べて。
私と喧嘩して。
そんな毎日を過ごしている。
「ねえ、悠」
「ん?」
「お兄ちゃん、人気出るかな?」
「出るよ」
「即答じゃん」
「だって玲央だもん」
悠はテレビの中の兄を見ながら言った。
「絶対、人気出る」
「そっか」
私は嬉しくなった。
「じゃあ、私もいっぱい応援しよ」
「俺のことも応援してよ」
「悠は……」
私は少し考える。
「まあ、する」
「『まあ』って何?」
「だって大嫌いだし」
「ひどい」
「でも」
「ん?」
「デビューしたら、ちゃんと応援する」
悠がこちらを見る。
「……ほんと?」
「うん」
「じゃあ約束」
「何の?」
「俺がデビューしたら、一番最初に美緒に連絡する」
「別にいいけど」
「あと、最初のCDあげる」
「いらない」
「なんで!?」
「買うから」
「……」
悠が固まる。
「何?」
「美緒、優しい」
「普通でしょ」
「じゃあサインもする」
「いらないって」
「する」
「聞いてないし」
「美緒へ、って書く」
「だからいらない!」
笑い声が部屋に響いた。
テレビでは、まだ兄が歌っている。
その隣で。
悠が笑っている。
私はふと思った。
この二人は、これからもずっと一緒なんだろうな。
兄は先にデビューした。
でも、悠もきっとすぐに追いつく。
そしてまた。
三人で笑える日が来る。
――そう思っていた。
けれど。
その夜。
事務所から一本の電話がかかってきた。
「……はい」
電話に出た悠の表情が変わる。
「……俺ですか?」
私は何気なく振り返った。
「はい。分かりました」
短い返事。
電話を切った悠は、しばらく黙っていた。
「悠?」
「……ん?」
「どうしたの?」
「別に」
いつもの笑顔。
でも。
ほんの少しだけ。
その目が揺れていた。
「明日、事務所に来てって」
「何の話?」
「……さあ」
「デビュー?」
私が冗談半分で言うと。
悠は一瞬だけ黙った。
「……だったらいいね」
そして。
いつものように笑った。
私はまだ知らなかった。
翌日。
悠の人生を大きく変える話が、待っていることを。



