デビューの話が白紙になってから。
私たちは、また研究生としてレッスンを続けていた。
何も変わらない。
……そう思っていた。
「美緒!」
「なに?」
ある日のレッスン終わり。
兄が、珍しく私を呼び止めた。
「ちょっと話がある」
「何?」
「……事務所から」
兄が言葉を濁す。
「新しい話が来た」
「新しい話?」
「うん」
隣にいた悠が、黙って兄を見る。
「何の話?」
私が聞くと、兄は少しだけ笑った。
「デビューの話」
「……え?」
胸が跳ねた。
「また?」
「うん」
「じゃあ、悠も?」
私は当然のように悠を見る。
でも。
悠は何も言わなかった。
「……お兄ちゃん?」
「俺だけなんだ」
「え?」
一瞬、意味が分からなかった。
「俺だけ、声をかけてもらった」
「……何に?」
「事務所のグループ」
兄が所属することになったのは、事務所でも一番人気のグループだった。
すでにデビューしていて。
ファンもたくさんいて。
テレビにも頻繁に出ている。
そこへ――
追加メンバーとして、兄が加入する。
「……すごいじゃん!」
私は思わず笑った。
「お兄ちゃん、すごい!」
兄は困ったように笑う。
「ありがとう」
「悠も一緒?」
私は、もう一度聞いた。
今度は誰も答えなかった。
「……悠?」
「俺は、まだ」
「そっか」
私は何も考えずに言った。
「じゃあ、悠もすぐデビューできるよ!」
「……」
「だって、悠も歌もダンスも上手いし!」
「美緒」
兄が私を止める。
「何?」
「……そう簡単にはいかないよ」
「でも――」
「大丈夫」
悠が笑った。
いつもの、あの顔。
眠そうで。
のんびりしていて。
何も気にしていないような顔。
「玲央、おめでとう」
「悠……」
「頑張って」
「……うん」
二人が握手をする。
私は、その光景を見ながら笑った。
「これからも三人で頑張ろうね!」
「……うん」
悠が答える。
でも。
その声は、少しだけ小さかった。
⸻
その日の夜。
私は寮の部屋で、一人になった。
兄はもう、エースグループのメンバーとして東京で活動する準備を始めている。
「お兄ちゃん、すごいなあ……」
私はベッドに寝転びながら呟いた。
兄が夢を叶える。
それが嬉しかった。
ずっと一緒に頑張ってきたから。
きっと悠も、すぐに続く。
そう思っていた。
だって。
二人は親友だから。
ずっと一緒だったから。
だから私は――
二人の間に、何かが変わってしまったなんて思いもしなかった。
翌朝。
私はいつものようにレッスン室へ向かった。
ドアを開ける。
「おはよー!」
「……」
返事がない。
「悠?」
部屋の隅。
一人で座っている悠がいた。
「どうしたの?」
「……別に」
「玲央は?」
「東京」
「そっか」
私は悠の隣に座った。
「すぐ戻ってくるよね?」
「……さあ」
「え?」
悠は笑った。
「忙しくなるんじゃない?」
「でも、お兄ちゃんだよ?」
「うん」
「悠の親友じゃん」
「……そうだね」
その笑顔が。
ほんの少しだけ、寂しそうに見えた。
でも私は。
その理由を、まだ知らなかった。



