「……どうしたの?」
悠が楽屋の入り口に立っている。
私は慌てて写真を手の中に隠した。
「何でもない」
「……美緒」
「本当に何でもないから」
悠は、じっと私を見る。
いつもの柔らかい表情じゃない。
何かを探るような目。
「……何かあった?」
「ない」
「嘘」
「嘘じゃない」
「じゃあ、何隠してるの?」
「……」
私は答えられなかった。
この写真を見せたら。
きっと、何かが変わる。
そんな気がした。
でも。
もう逃げるのも嫌だった。
私はゆっくり手を開いた。
「……これ」
悠に写真を差し出す。
悠は写真を見た瞬間。
動きを止めた。
「……」
「知ってるよね?」
「……」
「これ、どこから来たの?」
悠は写真から目を離さない。
「美緒」
「何?」
「これ……誰から?」
「分からない」
「……」
「今日、スタッフさんから渡された」
「手紙も?」
「うん」
私は封筒を見せる。
悠の顔が、さらに険しくなった。
「……見せて」
「いいけど」
手紙を渡す。
悠は裏返したり、表を確認したりしている。
まるで。
送り主を探しているみたいに。
「……悠?」
「……これ、玲央の字じゃない」
「え?」
「玲央じゃない」
「じゃあ誰?」
「分からない」
「本当に?」
「うん」
悠はそう言った。
でも。
私は気づいてしまった。
悠の手が。
少し震えている。
「……悠」
「ん?」
「怖い?」
「……」
「何か知ってるんでしょ」
悠は答えなかった。
私は写真を取り返した。
「この写真」
写真には。
幼い私。
その隣に兄。
そして、その隣に悠。
三人で笑っている。
「いつ撮ったの?」
「……覚えてない」
「嘘」
「……」
「悠なら覚えてるでしょ」
「……美緒」
「何?」
「その写真、もう持たないほうがいい」
「なんで?」
「捨てて」
「嫌」
「美緒」
「嫌だよ」
私は写真を胸元に抱えた。
「私の兄のことなんだから」
「……」
「私が知らないことを、みんなが知ってるのは嫌」
悠が目を伏せる。
「……そうだよね」
「だったら教えて」
「……今は無理」
「またそれ?」
「ごめん」
「謝ってばっかりじゃん」
私は思わず声を荒げた。
「悠はいつもそう!」
「……」
「何か知ってるくせに、何も言わない!」
「……」
「お兄ちゃんもそう!」
「美緒」
「私だけ置いていかないでよ!」
言った瞬間。
自分でも驚いた。
楽屋が静まり返る。
悠はしばらく何も言わなかった。
そして。
ゆっくり私の前まで歩いてくる。
「……置いていかない」
「……」
「絶対に」
その声は。
いつもの悠とは違った。
冗談も。
笑顔もない。
ただ、真っ直ぐだった。
「でも」
悠は続ける。
「今は、俺から話せない」
「……」
「玲央が自分で話すまで」
「お兄ちゃんが……?」
「うん」
「じゃあ、お兄ちゃんは全部知ってるの?」
悠は少しだけ黙って。
「……知ってる」
その答えに。
胸が締めつけられた。
兄は知っている。
悠も知っている。
昔の仲間も知っている。
なのに。
私だけが知らない。
「……分かった」
私は写真を封筒に戻した。
「もう聞かない」
「美緒……」
「お兄ちゃん本人から聞く」
「……」
「それまで待つ」
そう言って笑った。
でも。
たぶん。
うまく笑えていなかった。
⸻
その夜。
ホテルに戻った私は。
ベッドの上で、もう一度写真を見た。
幼い私。
笑っている兄。
そして。
少し照れたように笑っている悠。
「……この頃は、何も知らなかったんだよね」
私は写真を裏返した。
そこには。
昼間見た一文。
『この頃から、すべてが始まっていた。』
「……何が?」
私は指で、その文字をなぞった。
そのとき。
スマホが震えた。
知らない番号から、メッセージ。
『写真を見た?』
「……!」
心臓が跳ねる。
すぐに返信する。
『あなたは誰ですか?』
既読。
数秒後。
返信が来た。
『玲央のことを知りたいなら、悠には聞かないこと。』
「……え?」
続けて。
『あの子は、玲央との約束を守っているだけだから。』
私は画面を見つめた。
「あの子……?」
そして。
もう一通。
『知りたければ、昔の事務所を調べて。』
「……昔の事務所?」
その瞬間。
画面から目が離せなくなった。
兄と悠が研究生だった場所。
二人がアイドルを目指した場所。
そして。
兄の人生が大きく変わった場所。
「……そこに、何があるの?」
私はスマホを握りしめた。
もう。
知らないふりはできなかった。



