大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。

朝比奈悠。

今や、誰もが知っている国民的アイドル。

テレビに出れば黄色い歓声が上がるし、街を歩けばすぐに気づかれる。

そんな人が。

「美緒ー」

「……何」

「今日、一緒に帰ろ」

「嫌」

私の隣を、当たり前みたいについて歩いている。

……本当に、意味が分からない。

「なんで嫌なの?」

「疲れてるから」

「俺も疲れてる」

「じゃあ帰れば?」

「一人だとつまんない」

「知らないよ」

「冷たい」

「うるさい」

私は足を速める。

すると悠も、のんびりついてくる。

「待ってよー」

「待たない」

「美緒、歩くの速い」

「悠が遅いの」

「じゃあ手つなぐ?」

「なんで!?」

「早く歩けるよ」

「絶対つながない!」

「そっか」

……。

本当に、こいつは。

昔から変わらない。

そもそも。

私と朝比奈悠は、どういう関係なのか。

よく聞かれる。

「朝比奈くんと仲良いよね」

「付き合ってるの?」

「幼なじみ?」

そのたびに、私は同じ答えを返す。

「兄の友人です」

それだけ。

私の兄――

瀬名玲央。

兄と悠は、昔からの親友だった。

そして私たち三人は、同じ芸能事務所の研究生だった。

毎日のようにレッスンを受けて。

歌って。

踊って。

デビューを夢見ていた。

私は兄の後ろについて。

悠は兄とくだらないことで笑って。

気づけば、三人でいるのが当たり前になっていた。

「美緒、今日のレッスンどうだった?」

「普通」

「俺、今日めっちゃ褒められた」

「はいはい」

「なんで興味なさそうなの?」

「いつものことでしょ」

「ひどいなあ」

そんな私たちを見て、兄はいつも笑っていた。

「お前ら、本当に仲いいよな」

「「よくない!」」

私と悠の声が重なる。

「ほら」

兄が笑う。

「そういうところ」

「どこが!?」

「仲良いじゃん」

「お兄ちゃんまで!」

あの頃は。

何もかもが当たり前だった。

兄も。

悠も。

私も。

三人で同じ場所を目指している。

そう思っていた。

でも――

私たちの未来は、同じじゃなかった。

ある日。

兄と悠に、デビューの話が出た。

二人で。

同じグループで。

「玲央、悠。二人とも頑張れよ」

スタッフさんにそう言われて。

私は飛び跳ねるくらい嬉しかった。

「すごいじゃん、お兄ちゃん!」

「悠も!」

「うん」

悠は笑っていた。

兄も笑っていた。

その頃の私は、本当に何も知らなかった。

二人が一緒にレッスンする姿を見るのが好きだった。

レコーディングに行く二人を見送るのも好きだった。

「お兄ちゃん、デビューしたら絶対CD買うからね!」

「美緒が買わなくても売れるよ」

「何それ!」

「冗談」

兄が笑う。

悠も隣で笑っている。

――それが、ずっと続くと思っていた。

なのに。

ある日を境に。

二人のデビューの話は、突然なくなった。

私は理由を知らなかった。

ただ、

「デビューは白紙になりました」

そう聞いただけ。

そして、その少し後。

兄だけに、別の話が来た。

事務所のエースグループ。

そのグループへの追加メンバーとして、兄が選ばれた。

「……お兄ちゃんが?」

私は驚いた。

「うん」

兄は、笑っていた。

でも。

その隣にいた悠は――

何も言わなかった。

「悠?」

「……ん?」

「どうしたの?」

「別に」

そう言って、いつものように笑った。

だけど。

その笑顔が。

なぜか少しだけ、寂しそうに見えた。

――あの日のことを。

私は今でも、よく覚えている。

そして。

現在。

「美緒?」

「……何?」

「またぼーっとしてた」

「してない」

「してたよ」

「してないって」

悠が私の顔を覗き込む。

「玲央のこと考えてた?」

「……」

私は答えなかった。

悠も、それ以上は聞かなかった。

ただ、少しだけ目を逸らして。

「……お腹減った」

「話そらした?」

「そらしてない」

「絶対そらした」

「じゃあガム食べる?」

「いらない!」

「まだ聞いてないのに」

「どうせあのガムでしょ!」

「正解」

「……もう!」

私は歩き出す。

その後ろを、悠が笑いながらついてくる。

昔と同じ。

何も変わらない。

――そう思っていた。

でも。

私にはまだ分からない。

あの日。

二人のデビューが白紙になった本当の理由も。

そして。

兄と悠の間に、何があったのかも。