収録が終わっても。
さっき聞いた言葉が、頭から離れなかった。
――『お兄ちゃんの件、ごめんなぁ』
――『あいつも、いろいろ大変やったもんなぁ』
「……何だったんだろう」
楽屋に戻ってからも、ずっと考えている。
聞かなかったことにして。
そう言われた。
でも。
そんなことを言われたら、余計に気になるに決まっている。
私はスマホを手に取った。
お兄ちゃんに連絡する。
『今日、昔のグループの人に会った』
しばらく待つ。
既読はつかない。
……忙しいのかな。
私は画面を閉じた。
そのとき。
「美緒」
「……!」
楽屋のドアから、悠が顔を出した。
「何?」
「まだいたんだ」
「うん」
「帰らないの?」
「もうちょっとしたら」
悠が入ってくる。
いつものように、私の向かいの椅子に座った。
「今日、どうだった?」
「……普通」
「そっか」
「ねえ、悠」
「ん?」
私は少し迷った。
でも。
聞くなら今しかない。
「今日さ」
「うん」
「昔のお兄ちゃんのグループの人に会った」
悠の表情が、ほんの少しだけ変わった。
「……そうなんだ」
「うん」
「何か話した?」
「話した」
「……何を?」
私は悠を見る。
「お兄ちゃんのこと」
「……」
「『お兄ちゃんの件、ごめんなぁ』って言われた」
悠は黙った。
「それから」
私は続ける。
「『あいつもいろいろ大変やったもんなぁ』って」
「……」
「ねえ」
「うん」
「何のこと?」
悠は答えない。
「悠」
「……分からない」
「嘘」
「……」
「悠、今、嘘ついたでしょ」
「ついてないよ」
「顔に出てる」
「出てない」
「出てる」
悠は困ったように笑った。
「美緒」
「何?」
「それは……」
「うん」
「俺からは話せない」
「……なんで?」
「玲央との約束だから」
また。
その言葉。
「約束って何?」
「……ごめん」
「私には言えないの?」
「うん」
「妹なのに?」
「……」
悠が黙る。
その沈黙が。
答えみたいだった。
「……分かった」
私は目を逸らした。
「もう聞かない」
「美緒」
「大丈夫」
「……」
「私が勝手に気になってるだけだから」
立ち上がる。
「帰るね」
「待って」
悠が私の手首を掴んだ。
「……何?」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「でも――」
「怒ってないってば」
私は手を離した。
「ただ……」
少しだけ言葉に詰まる。
「私だけ何も知らないのが、嫌なだけ」
悠が黙った。
「昔はさ」
私は笑った。
「三人で何でも話してたじゃん」
「……うん」
「なのに今は」
言葉が止まる。
「お兄ちゃんのことになると、二人とも何も教えてくれない」
「……」
「私、そんなに信用されてないのかな」
「違う!」
悠が珍しく、強い声を出した。
私は驚いて顔を見る。
悠は少し俯いていた。
「……違うよ」
「じゃあ何?」
「美緒を傷つけたくないだけ」
「……」
「玲央も、俺も」
「どういう意味?」
悠は答えなかった。
ただ。
「……いつか話すから」
それだけ。
「いつかって、いつ?」
「分からない」
「……」
私はため息をついた。
「本当にずるいよ、悠」
「うん」
「私、もう子どもじゃないのに」
「……知ってる」
「だったら教えてよ」
「……ごめん」
私は何も言えなくなった。
すると悠が。
少しだけ寂しそうに笑った。
「美緒」
「何?」
「玲央は」
一瞬、言葉を選ぶように黙る。
「美緒のこと、ずっと大事にしてるよ」
「……」
「それだけは、信じて」
「……うん」
それ以上は聞けなかった。
楽屋を出る。
廊下を歩きながら。
私はスマホを握りしめた。
兄からの返信は、まだない。
「……お兄ちゃん」
今、どこで。
何をしているんだろう。
そして。
私に隠していることは。
一体、何なんだろう。
⸻
その頃。
誰もいない楽屋に残った悠は。
スマホの画面を見つめていた。
そこには。
昔撮った一枚の写真。
まだ三人が、何も知らなかった頃の写真。
悠は小さく息を吐く。
「……ごめんな、美緒」
その写真を見ながら。
誰にも聞こえない声で呟いた。
「まだ、言えないんだ」
そしてスマホを伏せる。
――美緒が真実を知る日は。
まだ、もう少し先だった。



