大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。



ライブの翌日。

私は朝から、なんとなく落ち着かなかった。

昨日の悠の言葉が、頭から離れない。

――「俺がずっとそばにいるから」

「……何なのよ、ほんと」

思い出すたびに、顔が熱くなる。

昔から一緒にいるのに。

最近の悠は、少しだけ違う。

優しい。

……いや。

優しいのは昔からだ。

でも。

最近は、その優しさを意識してしまう。

「美緒ー!」

「……!」

廊下から声が聞こえた。

「朝からうるさい!」

ドアを開ける。

そこには悠がいた。

「おはよ」

「何でいるの?」

「今日、こっちで収録」

「ああ……」

「はい」

「何?」

悠が紙袋を差し出した。

「朝ごはん」

「……また?」

「昨日ちゃんと食べてなかったでしょ」

「食べたよ」

「少なかった」

「見てたの?」

「うん」

「怖いんだけど」

「心配だったから」

「……」

私は袋を受け取った。

「ありがと」

「どういたしまして」

「……ねえ」

「ん?」

「悠ってさ」

「うん」

「私以外にも、こういうことしてるの?」

「こういうこと?」

「朝ごはん買ったり」

「しない」

「……なんで?」

「美緒だから」

また。

その言い方。

「……私だからって、どういう意味?」

「そのまま」

「分かんない」

「分からなくていいよ」

「何それ」

悠は笑った。

「じゃ、またあとで」

「うん」

悠が去っていく。

私はその背中を見ながら、ため息をついた。

「……ほんと、分かんない」

⸻

その日の午後。

私はテレビ局の廊下を歩いていた。

すると。

「朝比奈くん!」

「悠くん、今日このあと空いてる?」

「みんなでご飯行こうよ!」

女性アイドルたちの声。

まただ。

悠は相変わらず囲まれている。

「えー……」

「またその反応!」

「疲れた」

「じゃあちょっとだけ!」

「うーん……」

私は遠くからその様子を見ていた。

……別に。

気にしてない。

そう思った。

「美緒!」

別のメンバーが私を呼ぶ。

「何?」

「こっち!」

私はそのまま歩いていった。

振り返らない。

……なのに。

なぜか。

背中に視線を感じる。

ちらっと振り返る。

悠がこっちを見ていた。

女性アイドルに囲まれたまま。

私と目が合う。

すると。

「ごめん、俺行く」

「え?」

「友達待ってるから」

悠はそう言って、人の間を抜けてくる。

そして。

「美緒」

「何?」

「どこ行くの?」

「楽屋」

「一緒に行く」

「……女の子たちは?」

「知らない」

「いいの?」

「いい」

「……ふーん」

二人で歩き始める。

しばらく無言だった。

「……ねえ」

「ん?」

「さっき」

「うん」

「なんで来たの?」

「美緒がいたから」

「それだけ?」

「それだけ」

「……」

私は黙った。

「何?」

「何でもない」

「また?」

「うん」

悠が笑う。

「変なの」

「悠に言われたくない」

「そっか」

そのまま歩いていると。

突然、悠のスマホが鳴った。

「……もしもし?」

電話に出る。

「うん」

「……」

「今?」

悠の顔から笑顔が消えた。

「……分かった」

短い返事。

電話を切る。

「どうしたの?」

「……玲央」

「お兄ちゃん?」

「うん」

「何かあった?」

「いや」

悠は少し黙った。

「仕事の話」

「そっか」

悠は気まずそうな表情を浮かべた。

話を逸らした。

何年も一緒にいるので、悠の考えていることは分かる。

悠は何かを隠している。

それだけは分かった。