大嫌いな兄の友人は、国民的アイドルです。

「……また囲まれてる」

音楽番組の収録前。

私は楽屋の隅から、少し離れたところにいる集団を眺めていた。

正確に言えば――その中心にいる男を。

「ねえ、朝比奈くん。このあと時間ある?」

「えー?」

「よかったらみんなでご飯行かない?」

「うーん……」

「朝比奈くん、今日めっちゃ暇そうじゃん」

「ひどいなあ」

へらへら笑っている。

相変わらず、腹の立つ顔だ。

長い手足。

整った顔。

少し眠そうな目。

何を考えているのか分からない、ぼんやりした表情。

テレビで見ると、誰もが言う。

「かっこいい」

「顔面偏差値高すぎ」

「国民的アイドル」

「今一番人気のグループ」

……知らない。

私にとっては、昔からずっと。

大嫌いな男。

「……ふん」

私は視線を逸らした。

別に気にしてない。

あいつが誰に囲まれていようが。

女の子に誘われていようが。

今や何万人ものファンがいるアイドルだろうが。

私には関係ない。

本当に、関係ない。

「じゃあ朝比奈くん、連絡先――」

「えーーー。めんどくさいです」

「え?」

「今日は家帰るんでー」

「……」

女の子たちが固まった。

私は思わず吹き出しそうになって、口元を押さえた。

……ほんと、こいつ。

昔から何も変わってない。

「朝比奈くんって、ほんとマイペースだよね」

「そう?」

「そうだよ!」

「じゃ、帰ろ」

「まだ収録終わってないでしょ!」

「そっか」

……ほら。

こんな感じ。

国民的アイドルになった今でも、こいつはこいつだ。

私は呆れながら楽屋を出ようとした。

そのときだった。

「あ!」

背後から、聞き慣れた声がした。

「美緒!」

……最悪。

私は足を止めた。

振り返らなくても分かる。

「美緒、いたんじゃん!」

タタタッ、と軽い足音。

そして私の隣に並ぶ。

「……何」

「何って。さっきから探してた」

「嘘。女の子に囲まれてたじゃん」

「え? ああ」

彼は私の顔を覗き込んだ。

「どうしたの?」

「別に」

「なんか不機嫌じゃーん」

「怒ってないし」

「おこってるじゃーん」

「怒ってないって!」

「……あ!」

突然、彼の顔がぱっと明るくなった。

嫌な予感がする。

「分かった!」

「何が?」

「お腹減ってるんでしょ?」

「…………は?」

「そうでしょ? 絶対そう!」

「違うから」

「ほら!」

彼はポケットを探り始めた。

そして得意げに取り出したのは――

「〇〇の好きなガム!」

「いらない!!」

「え?」

「いらない!」

「これ期間限定なんだよ?」

「だから?」

「誰でも買えるわけじゃないんだよ!」

「……」

「美緒のために買ってきたんだよ!」

「いいから!」

「えー。食べないの?」

「ほんっと……」

私は思わずため息をついた。

「空気読めないんだから!」

「……え?」

本気で分かっていない顔。

その顔を見ると、余計に腹が立つ。

「もういい!」

私はそのまま歩き出した。

「美緒ー?」

後ろから、のんびりした声が追いかけてくる。

「待ってよー」

「ついてこないで!」

「なんで?」

「知らない!」

「怒ってる?」

「怒ってない!」

「じゃあガム食べる?」

「いらない!!」

「そっかー」

……本当に。

本当に、昔から。

何も変わっていない。

そして私はまだ知らなかった。

この男と、こんなふうにくだらない喧嘩をする日々が。

これから先もずっと続いていくことを。

――いや。

「ずっと」なんて、思っていた。

まさかこの頃の私は、

この大嫌いな男を、

いつか誰よりも大切に思うようになるなんて。

まだ、知るはずもなかった。