放課後の教室は、西日がオレンジ色のカーテンを染め上げて、どこか気だるい静けさに包まれていた。
黒板の端には、担任の几帳面な字で明日の時間割が残っている。
「ねえ、翔太郎」
窓際の席に座る高田翔太郎(たかだ しょうたろう)の背中を、伊原夏音(いはら かのん)は服の裾をちょっと引っ張ることで呼び止めた。
「ん? どうしたの、夏音」
振り返った翔太郎に、夏音は素早く小指だけを立てる。 ――2人だけのひみつ。
クラスの誰もが、今の2人は「ただのクラスメート」だと思っている。
去年の1年2組のとき、席が近くてなんとなく話すようになり、いつの間にか惹かれ合って、夏が終わる頃に付き合い始めた。
それから半年。周りにバレないように、ひそやかに恋を育ててきた。
「ねえ、これ」
夏音は自分の胸をトントンと2回たたく。 ――私は貴方の味方! 信じてるよ。
「……なにそれ、急に」
翔太郎が少し照れくそうに頬をかいた。
2人だけのルールは、周りの目を盗んで想いを伝えるための、大切な魔法だ。
誰にも気づかれないように交わす合図が、夏音にとっては世界で一番甘い時間だった。
「だーめ。秘密のルールだもん」
夏音はイタズラっぽく笑うと、目の下をトントンと叩いた。 ――ずっと見てた。
「俺も、見てたけどさ」
翔太郎が小声でボソッと言った瞬間、教室の扉がガラッと開き、野球部の友人が大声で「翔太郎! 買い出し行くぞ!」と入ってきた。
夏音は慌ててほっぺを4回トントンと叩く。 ――バレそう!
その瞬間、翔太郎はあっと表情を引き締め、「お、おう、すぐ行く!」と立ち上がった。
去り際、翔太郎の背中に向かって、夏音はこっそり手のひらを見せる。 ――また明日!
二人の秘密は、まだ誰にも破られていないはずだった。



