今日も悪魔に恋してる 〜塩対応な先輩は、絶対に好きと囁かない~


「ビール頼んだ人ー!」
「それでこの前取引先で——」

個室とはいえ全部署が一堂に集まると、ざわめきも賑やかだ。
あちらこちらに、話題に花が咲いている。
特に黄色い声で盛り上がっているのが——。

「佐久間主任っ、ビール次ぎましょうか?」
「休みは何してるんですか?」
「次、こっちで飲みませんか?」
 
佐久間主任の周りを他部署の女性社員が囲んでいる。

「悪魔に見えないですよっ」
「情シスの悪魔って、酷いですよね」 
「悪魔……?そうやろな」  
  
皆話しかけているが、主任は頬杖をついてビールを仰いだ。
 
(わぁー……佐久間主任との温度差が凄い……)
(やっぱり、人気があるんだ……)
  
誰かが悪魔のハーレムと揶揄するも、佐久間主任はどこ吹く風。  
女性陣には目もくれず、グラスを置いて立ち上がる。
 
「邪魔」   

氷の刃のような声音に、少し怯んだものの「どこ行くんですか!?」や「隣座ってくださいっ」と諦めない。
佐久間主任は面倒くさそうに視線だけ向けた。

「……鬱陶しい」

それでも、そうそうないチャンスだからか、女性陣は笑って食い下がる。

「えー、そんなこと言わずに!」
「少しくらい教えてくださいよ」

その時だった。
佐久間主任がゆっくり一瞥する。

「言う必要ないやろ」

その一言で、女性陣がぴたりと黙る。
——これが"情シスの悪魔"。
氷漬けの彼女たちに代わり、情シスの男性社員が声をかける。
  
「主任っ」
「煙草」

佐久間主任は振り返ることなく、喫煙所に歩いていった。 
カシスソーダを口に含みながら、その背中を人垣越しにぼんやり見送る。
 
(最低……あんな言い方……しなくてもいいと思う)

口に残る冷たさは、まるで佐久間主任の態度みたいだ。

(あたしには関係ないしっ)

そう思うのに、どうしてか視線だけは追いかけてしまう。
 
「すみれ、ぼーっとしてるよ?」
「あっ、ごめん!」 
   
麻美の声に我に返ると、飲み物はすっかり空になっていた。
 
「ちょっと、お手洗い行ってくるね」
「はーい」 
    
お手洗いからの帰り道、前を歩くパーカー姿の男性。
 
(佐久間主任?!)

何となく声がかけづらくて、少しだけ距離をあけてしまう。
ふと、佐久間主任がしゃがみ込んだ。
視線の先には、床へ滑り落ちたショール。

「どうぞ」
「あら、ごめんなさい。ありがとうございます」

年配の女性が、ほっとしたように受け取る。
その微笑みにつられたように、ほんの一瞬だけ。
佐久間主任の表情が、ふっと和らいだ。

(……今、笑った?)

ただショールを拾っただけ。
それだけのことなのに。
 
(噂……なんで否定しないんだろう……)
 
胸の奥が、小さく揺らいだ。