「うわぁぁぁ!!」
まただ。
悲鳴にも似た声と騒がしい足音に、思わず入力していた手が止まる。
視線を向けると、男性社員が頭を抱えて自分のデスクに駆け戻ってきた。
静かだったフロアが一気にざわめく。
「終わった……」
「情シスの悪魔か、ツイてなかったな」
「御愁傷様ー」
珍しく大声で話しているので、否応なしに耳に入ってくる。
(出た——まだ見ぬ"情シスの悪魔"!!)
入社して三ヶ月。
"情シスの悪魔"の噂だけは、嫌というほど耳にしていた。
とはいえ、情報システム部には、まだ一度もお世話になったことがない。
(仕事に厳しくてダメ出しするとか?……まさかめちゃくちゃ怒鳴られるとか?!)
(……できれば関わりあいたくないなぁ)
それでも気になって、噂話に耳を傾けてみる。
「あいつに目ぇつけられたら、終わるよな」
「でも、顔だけは良い」
「あれは反則。そりゃ女子も虜になるわ」
「いや、でも、俺見たけど、女子社員にも塩対応だったぞ……」
するとそこへ、別の女性社員の声が混ざる。
「塩対応でも、あのビジュなら許せる!」
(えぇっ?!顔が良くても、そんな彼氏はお断りなんだけどっ)
(……まぁ、好きな人すらいたことないけど)
すると、隣からトントンと指で机を叩く音。
気付くと、先輩で教育係でもある山根さんが苦笑いで見ている。
「小鳥遊さん、手、止まってるよ」
「……すみませんっ!」
「焦らなくていいから。正確にね」
「はいっ」
途中だった伝票に目を向ける。
甘いものを飲みたい誘惑にかられつつ、陽の光は容赦なく伝票を照らしている。
(はぁ……まだお預けよね、愛しのアイスココア……)
(というか、助けてもらったのに、悪魔って決めつけるのは違う気がする……)
入力していた指先が、思考と一緒に迷っていく。
その様子を見ていた山根さんが、静かに問いかけた。
「……小鳥遊さんも、噂が気になる?」
「怖いですけど……会ってもない人を、噂だけで悪魔って決めつけるのも違う気がして……」
「なるほど。そう思うんだ」
「え?」
「さ、仕事、仕事」
山根さんの言葉に背を押され、あたしは再び画面に向き直った。



