通りすがりの俺様



 そして、カラオケに行っても、俺様は遠かった。

 ホールのような大きな部屋を借りたからだ。

 もう一時過ぎてる。
 今度こそ、帰るぞ。

 私の肩を死守しなければっ、と思いながら、騒がしい部屋をそっといずるは抜け出した。

 すると、
「あれっ? もしかして、もう帰るの~?」
と誰か男の人が声をかけてきた。

 開いたドアから、さっきまで同期の水鳥七人(みずどり ななと)が歌っている声が聞こえてきたので、自分とこのホールかな、と思い、いずるは振り返った。

 そういえば、何処かの部署で見たことのある、一見、おとなしげなひょろっとした男が立っていた。

「鳴沢いずるさんだよね。
 総務の」

「え? はい」

「総務の子は社内を回るからすぐ覚えるんだよね」
「そうなんですねー」

 ねえねえと彼は近づいてきた。

 ち、近いよ。

「二人で別の店に行かない?」

「え?
 は……」

 はい、ではない。

 ここはさすがに、はい、ではない。

 反射で適当にしかけた返事をいずるは引っ込めた。

「あの――」

「おい、井田(いだ)

 そんな声がして、ひっ、といずるは振り返った。