スケバン生徒会長の正体は、推ししか勝たん限界オタクでした。


チー、チー……ジーーーーーーーー……チッチッチッ
ジリジリジリ、ジュワジュワジュワ、ジーーーーーーーーー
ミーン、ミンミンミンミンミンミンミンミン、ミイーン

 都心とはいえ、セミの声はなかなか旺盛だ。特にこの辺りは明治神宮外苑が近いからセミが元気にたくさん育ちやすいのかも知れない。最初はニイニイゼミの声しか聞こえなかったけど、これにアブラゼミ、ミンミンゼミが加わって大合唱だ。
 私はタオルハンカチで額の汗を拭い、校門をくぐる。
 夏休みとはいえ、生徒会は活動を続けている。この時期はやはり文化祭・体育祭の全体運営のまとめ上げと準備作業がメインだ。タイムテーブルのフィックス、広報部へのパンフレットの依頼、機材・備品の手配リストの作成……ウチの学校では保健所・消防署への申請書類作成の作成まで生徒会でやっている。
 八月の頭には、オープンスクールがあって、そこでの学校説明会は説明スライドの作成もしなくてはいけない。
 でも、そんな作業は大したことない。生徒会役員のメンバーがチームワークよくやってくれているし、授業がない分時間にも余裕がある。大学受験もまあまあうまくいっている、二年の時から志望校はずっとA判定だ。

 そんなことは、どうでもいい。それよりも何よりも……
 足りないのだ! ユキヤ君成分が!

 一学期はよかった……いやむしろ控えめに言って、天国だった。朝の登校時、彼は経堂駅から私のいる車両に乗り込んでくる。週に二回は一緒になったので、彼のスクーリングがある時はいつも同じ時間の電車に乗ってくれたのではないか? で、表参道から学校まで二人並んで歩く。初夏の風、梅雨、からりと晴れた夏空と、会話のほとんどは季節に関するものだったが、それでもちょっとはにかんだ顔で話してくれる彼を見ているだけで、心が踊り、胸がドキドキし、それが彼にばれないようにするのに苦労した。
 一学期末は、生徒会の役員にとって最も忙しい時期のひとつだ。生徒会活動では各クラスや参加団体の文化祭企画書の回収と審査、生徒総会の決算・中間報告の作成などの事務作業をこなさねばならない。この合間をぬって期末試験の勉強をせねばならない。この時期も生徒会のメンバー、それから生徒会サポーターの生徒たちがよくやってくれた。だから、何も問題はない。

 充実した、学業と生徒会活動……それに、
 充実した、ユキヤ君成分。
 ああ、つい最近このとだけど、何もかもが光り輝き……懐かしい。

 それなのに……

「カズサさん、あの、報告があるんです」
 夏休み直前の登校の時間、いつものように並木道を歩いていると、ユキヤが切り出してきた。
「なんだろうか?」
「僕たちCA(~)LINですが、メジャーデビューが決まったんです。大手レーベルと契約できまして」
「そうか、それはよかったな! おめでとう……でもいいのか、部外者の私にそんな大事なことを話しても?」
「はい、もうすぐ公式に発表がありますし……カズサさんなら大丈夫だと思いまして」
「そうか、信頼してくれてありがとう。発表があるまで心の内に留めておくよ」
 本当はその場で飛び上がって喜びを表現したいところだ。自分の推しグループ、推しの子が成長してくれる、こんなに嬉しいことはない。
「それでですね……もう始まってはいるんですが、レコーディングやミュージックビデオの撮影なんかもありまして、これからはそんなに頻繁には学校に来れなくなります」
 私はなるべく自分の感情を抑えてそれに答える。
「そのために、レポートや課題が単位取得のメインである通信課程を選んだんだろう? 今は大事な時期だろうから、レコーディングやなんかに専念して頑張ってくれ」
「……ありがとうございます」
 最近、ライブのチケットは予約しにくくなったし、動画サイトの再生回数は、この半年で十倍くらいに増えている。まさに、ブレイク期にさしかかったところだろう。

 ユキヤが目を伏せ、淋しそうな表情を見せたけど、それはこうやって私と一緒に登校できなくなることを残念がっているのだろうか? ……いやいや、自分をそんなに買い被ってはいけない。彼が見せた表情の裏には、もっと何か深い理由があるような気がした。
 その日以来、ユキヤが同じ電車に乗ってくることはなかった。

 ……だから、足りないのだ! ユキヤ君成分が!

〇

 生徒会の打ち合わせを終え役員のメンバーが帰ったあと、自分の仕事を少しだけこなす。
 作業を終え、ふぅーっと息をつき、立ち上がって窓を開けた。
 セミの大合唱で飛び込んでくる。生徒会室は冷房がよく効いていて、快適に過ごせるが、夏真っ盛りの『青春』から、ほど遠い場所のような気もする。

 今ごろ、どうしているかな……ユキヤ君

 これはヤバイ! いくら彼と一緒に登校したって、会話ができたって、ただの「推しとファンの関係」だぞ! しかも彼は私が推しまくっていることすらも知らない。

 たるんでる……自覚症状アリ。

 私は、生徒会室のロッカーに常備している体育のシャツとハーフパンツに着替え、竹刀を手にし、武道練習場に向かう。

 今日はそこで剣道部も柔道部も練習をしておらず、しんと静まりかえっていた。生徒会室よりは室温が高く、ほんのりと汗臭い空気が漂っていたが、それらすべてが私の気持ちを鎮めてくれる。入学した時、剣道部の顧問の先生に強く入部を勧められたが、ゆくゆく生徒会活動に専念したかったので、半ば幽霊部員として時々団体戦に駆り出されている。

 私は約十メートル四方の床の中央に立ち、腰の位置に竹刀を携える。そして中段の構えをしながら、そんきょの姿勢をとった。気を落ち着け、スッと立ち上がる。

 静寂。
 道場の板張りの床から、かすかに杉の木の香りが立ち上る。
 目を閉じ、呼吸を整える。無我の境地へ至るのだ。剣の道とは、己の邪念を切り捨てる修練に他ならない。
 ……そう、邪念を。

……でも、あの時のユキヤ、キャメル色のブレザーめちゃくちゃ似合ってたな……あのはにかんだ笑顔……天使か? いや、現代に舞い降りたウサギの精霊か?

「いかん!」

 私は切先をビシッと前方に向けた。
 邪念どころか、脳内が推しのファンミーティング会場になっている!
 カズサ、雑念を払え!相手はおのれの内に巣食う煩悩だ!

 大きく息を吸い込み、私は右足をわずかに引いて竹刀を天高く振り上げた。
 そして——渾身の力で踏み込む!

 バシィィィィンッッ!!

「めぇぇぇぇぇんッ!」

 ビュンッ! と凄まじい風切り音が道場内に反響する。
 だめだ、一振りしたくらいでは、あの時ユキヤが放った殺人的な透明感の残像が消えてくれない!
次だ、次ッ!

 素早くステップを踏み、手首の返しだけで二の太刀を繰り出す。

「コテェェェッッ!」

 バチコンッ! と架空の相手の右小手を粉砕する鋭い一撃。
 しかし、振り抜いた竹刀の重みの向こうに、彼のハニカミ笑顔が脳裏をよぎってしまう。

「消えろぉぉぉッ! 私のスケベ心ォォォッ!! 奥義、千本ッ!」

 床を踏み鳴らし、左右への連続胴斬り。
「タアア! タアア! タアア!」
だが、切っても切っても、ユキヤの幻影は消えない。

「くっ……! なんという強敵……!
 これが……これがメジャーデビューを直前に控えたアイドルの覇気か!

「……迷うな」

 私は竹刀の柄を強く握り直した。
 生徒会長としての義務? オタクとしての節度?
 私のスケバン魂はどこに行った⁉

 彼が困っているなら、しっかり助け出す。次のステージにステップアップするなら、温かく見守る……それが私の信じる真の自由であり、そう言う道を私は選んだはずだ。

 剣道の中段から、腰を深く落とした古流の構えへとシフトする。
 全身のバネを極限まで圧縮し、一気に跳躍する。

「喰らえ!」

 バシイイイイイイーーーーーン!

 ……しんと静まり返る武道場。
 いやもともと、竹刀の打音は私の脳内で鳴っているだけだ。

「ふぅぅぅ……」
 竹刀を下ろし、額の汗を手の甲でぬぐう。

〇

 少し力が入りすぎたかもしれない。全身汗だくだ。できればシャワーでも浴びたいくらいだ。確か今日は水泳部もその他の運動部も休みの日で、シャワー室は使えないはず……残念。

 "君はシャワー付きの来賓室を使い放題だったな"

 ちょっと皮肉を込めてユキヤに言った自分の言葉を思い出した。そうだ来賓室はシャワーが付いていたんだった――来賓室になぜシャワーが必要なのか、今ひとつ謎だが――そこを使わせてもらおう。

 私は一旦生徒会室に戻り、竹刀を置いて制服とタオルと下着(なぜ常備している?)をセカンドバッグに詰めて、来賓室の合鍵を机の引き出しから取り出して、部屋を後にした。

 来賓室は鍵がかかっていなかった、施錠し忘れたのは先生か、ユキヤか? 後で注意せねば。
 部屋に入り、奥にある化粧室とシャワーブースのコーナーに向かう。

 そこからは照明の光が漏れ、物音も聞こえきた。
 あ、誰かいる⁉
 そう思った時には遅かった。

 化粧室のドアを開け、パンツ姿でバスタオルを首に巻いて出てき人物は……

 目が合い、そのまま五秒ほどお互い見つめ合った。

 ユキヤ君……だよね?……でも……

 そして私が反射的に視線を落とすと……
 
「キャアアアアア!!!!!」

 かん高い悲鳴が来賓室に響き渡った。いや、外にも漏れ出していたかもしれない。

 彼はしゃがみ込み、胸を両手で隠している……なぜ胸を?

 その理由を問うまでもなかった。彼が隠す前に、私は見てしまったのだ。
 小ぶりながらも、決して男性のものではない、柔らかな膨らみを。

「すまない、許してくれ!」
 私が謝るのが筋なのかどうかわからないけど――いや、勝手に来賓室のシャワーを使おうとした私が悪いのだけど――とにかく謝った。目をそらし気味にしながらも。

「カズサさん、どうしてここに?」
「い、いや、竹刀で素振りをしてきて、少々汗をかいたので、ここを使わせてもらおうと思ってだな……」
「だったら、シャワーを済ませてきてください! その後、お話しましょう」
「う、うん、わかった」

 動揺を隠せないまま、私はガシンバシャンと化粧室のドアを閉め、服を脱いでシャワーブースに入った。
 シャワーを浴びている間、目を閉じてなんとか状況を整理しようとしたが、目の前にさっき見たばかりのユキヤの裸体が浮かび上がってくるだけだった。

〇

 シャワーを浴び終えてタオルで体を拭き、ドライヤーで髪を乾かした。それから、夏物のセーラー服と超ロングスカートに身を包み、身支度を整えた。

 セカンドバッグを抱え、化粧室のドアを開けて恐るおそる部屋に戻る。ユキヤは、部屋の真ん中、ローテ―ブル付きのソファーセットに腰かけていた。半袖のシャツに、グリーンとブルーのストライプのネクタイ……いつもの服装だ。彼の視線に促されるように、向き合ってソファに座る。

「同じ理由です」
「え⁉」
 唐突にユキヤが切り出してきた。

「今、レコーディングの最中なんですけど、たまたま時間が空いたので、グラウンドをお借りして走り込みをしていました」
「それで汗をかいてシャワーを使ったと?」
「はい。だから気にしないでください……ただの不可抗力です」
「いや、私が勝手にここを使ったのが悪いのだから……」
「僕が、なんで走り込みをしているか、わかりますか?」
「やっぱりダンスは体力勝負だろうし、レコーディングも缶詰めで大変だろうし……」
 彼は相づちを打たずに私をじっと見つめる……しかたがないので思っていることを正直に話そう。
「なるべく体力差を埋めたかったのかな……他の『CA(~)LIN』(カラン)のメンバーとの」
「やっぱりわかってもらえましたか……さすがカズサさん」
 そう言って彼は少し淋しそうに微笑んだ。
「僕の体は女なんです。さっき見て、一目瞭然だと思いますけど」
「でも今は……」
「ああ、これですか?」
 彼はYシャツの第二、第三ボタンをはずした……ちょっ、ちょっと!
 そこから見えたのは、サポートタイプのブラ。スポーツ用のハイサポートというタイプのものだろう……そんなもので抑え込むなんて、なんともったいない……とはとても言える雰囲気ではなかったので、私はうんとうなずくしかなかった。
 
「たまたまなんですけど、CA(~)LIN結成の時にオーディションがあって、特に性別の限定はなかったので、受けてみました。そうしたら、このアイドルグループの『癒され系動物キャラ』というコンセプトに合っているということで合格してしまいました」
「……元々男子アイドルグループにするつもりだったのだろうか?」
「事務所もそこまできちっとは考えてなかったようですが、ライブや動画配信を重ねているうちに『私を癒してくれる男の子たち』と定着してしまったので、成り行きとして僕は男の子ということになりました」
「それは不運だな……君も女の子として堂々とステージに上がりたいだろう……」

「いや、違うんです!」

 その語調は今まで彼が発した言葉の中で一番強かった。
 少し間を置いて弱弱しく彼は言葉を発した。
「僕は、いわゆる『トランスジェンダー・男性』なんです」

「……そうなのか」
「はい。だから、小さい頃から女の子あつかいされるのが苦痛でした。だから、たまたま入ったダンスと音楽のスクールで、男子のメンバーと一緒にアイドル活動をやるのは楽しかった……なんとなく自分らしくいられるなって思っていました」
 私は何を聞いてあげていいのかわからなかったが、対話することを彼は望んでいるんだろうなと思った。
「……その、CA(~)LINのメンバーは君のこと……」
「ええ、もちろん。結成した時から知っています。それでもみんな、他のメンバーと同じように振る舞ってくれて。もちろん彼らが外に漏らしたりはしません。完全に契約で縛られているので。あ、あと控室は別に用意してもらっています……それも申し訳なくて」

「そもそも、CA(~)LINの活動期間は『いつまで』というような時限はついていなかったのかな?」
「えーっと、だいたいメンバーみんなの声変わりが終わるまで、その後は、ダンス専門か、歌専門か、新たなグループとして再デビューさせるか、みたいなことは考えていたようですが、そこそこ人気も出てきて、メジャーレーベルから声もかかったのでしばらくは活動継続です」

 そうか……私にメジャーデビューの報告をしてくれた時、決して嬉しそうではなかったのは、そういう理由か……性自認は男、だから男としてアイドル活動を続けたい。でも、声の質や体型や体力は仲間と差がついていく、でも男として歌って踊っていかなければならない。いくつものジレンマが絡み合っていたわけだ。

「色々と立ち入ったことを聞いてすまなかった。このことはもちろん誰にも言わない。だから、今までと同じように振る舞って欲しい。相談に乗ってあげられることがあればいいのだが……困ったことや、こうして欲しいということがあったら構わずなんでも言って欲しい」
 私は彼のために何かしてやれることは、ないのだろうか? 情けないことに何も思いつかなかった。

「……じゃあ、さっそく」
「え?」
「カズサさんは、僕に秘密にしていること、ありませんか?」
「え?」
「カズサさんは僕の秘密を知りました。だから、あなたの秘密も教えてください」
 こ、これはきっと……
「ひょっとしてバレてた?」
「はい……サエキングさん」
 ……これはダメだ。私は観念する。
「その通りだ……でも何でわかったのかな?」
「あはは、バレバレですよ」
 私の必死の変装の努力は無駄だったのか……さすがにスノーラヴィ、『儚げ×小悪魔』キャラ設定だけのことはある。などと感心している場合ではない。
「あの、お願いがあるんだが」
「はい?」
「『サエキング』の件はこの学校の生徒には内緒にしておいてくれないか?」
「はい、もちろん。お互い秘密を持った同士、ということで」
 そう言って彼はいつものように微笑んでくれた。

「それからもう一つ、いいですか?」
「……まだあるのか?」
「はい……カズサさんは僕の体が女であることを知りましたが、それで何か、感情の変化はありましたか? ……例えば、そういうことだったら、もう推すのをやめよう、とか」
 難しい問いをぶつけてきた。
「質問で返してすまないが、そう聞く意図はどこにあるのだろうか? 『一般的に』ファンが知ってしまった時の反応を知りたいのか、『私個人』の考えを知りたいのか」
 ややこしいことを逆質問してしまっただろうか。
「んー、本当はカズサさん個人のことを知りたいですけど、一般的な方も参考までに知りたいです」
「……そうだな、一般論の方も答えるのはなかなか難しいが、もし君の事情を知っても推し続けてくれるファンはけっこういるのではないかと思う」
「それは、アーティストとして、ダンサーとしての君は、本当に魅力にあふれているから」
「ありがとうございます」そう言って彼は照れ笑いする。
「それに、今は女性のファンが女性――失礼、どう言っていいのか――女性の体の子を推すのは何もめずらしくないし……それに、推しはあくまでも推しだ。自分のカレシとか、カノジョになって欲しいわけじゃないだろう?」
「確かにその通りですね。参考になります……カズサさんにとって僕はただの推しですか? ……ここから『カズサさん個人』について聞いています」

 個人的に私のことを聞いてどうするつもりなんだろう。それでも彼には誠実に答えてあげたい。
「さっきは少々驚いてしまったが、そうだな……君は私にとって、かけがえのない存在だ。一ファンとして……いや違うな……いや、それ以上だ……これも違うな……」
 ユキヤは言い淀む私を真正面から見据えている。
 観念して息を吸い込む。
「君の体が男だろうと、女だろうと関係ない。私は君が『今川雪夜』だからこそ、好きなんだ」
 え! え! やば! 私告白してる? させられてる?

 彼の表情が緩む。そしてふらりと立ち上がり、テーブルを回って私に抱きついた。
「ち、ちょっと……」
 この間、電車の中で感じた彼の体の柔らかさ。それに納得がいった。
 念のため部屋の中を見回し、監視カメラが設置されていないか確かめた。

「……憶えてますか?」
「?」
「電車の中で痴漢に遭った女高生を助けたことを」
「ああ、そういえば、そんなことがあったな……え、まさか」
「はい、あれは僕だったんです」
「そ、そうだったのか⁉」
 私は下劣な痴漢野郎を捕まえて駅員に突き出すのに精いっぱいだったから、被害に遭った子の顔をよく見ていなかった。
「……でも、あの時は女子の制服だったと思うが」
「はい、半ば強制的に女子の制服を着せられていました。女子用のスラックスもありませんでした……だからこの高校に転校してきました。事務所の勧めでもありましたけど」
「……そういうことだったのか」
「はい、だから、カズサさんが改革してくれている、この高校に来れてよかったです」
「……縁は異なもの味なもの、ということか」
「カズサさんは、僕にとっての恩人であり、憧れです」
「あ、憧れ」
「はい、僕もカズサさんみたいに優しくて勇気ある男になりたいです」
「……あのなあ、私は一応、女なのだが」
「あ、ごめんなさい! 『内面』の話です。言葉足らずでした」
 彼の言葉に気づかされる。スケバンの『スケ』とは、女のことだ。私はスケバンもユキヤのファンも、『女性の枠』の中でやっている。その枠に収まることができない彼の気持ちは、いかばかりのものか。

「そうか……憧れか」
 そうつぶやいた私の顔をユキヤは不思議そうに見ていたが、何を思ったのか、
「ふふ、これ以上は秘密です。続きはまたいつか」
 そう言って悪戯っぽく微笑んだ……さすが小悪魔キャラ。

「……ところでこの件、知っている人間はどれくらいいるのかな?」
「そうですね、うちの家族、事務所の社長さんとマネージャーさん、CA(~)LINのメンバー、それから、外苑前高校の校長先生、教頭先生、戸波先生、というところかな」
「結構いるな」
「あ……あと、前の学校のクラスメイトの女の子。リンちゃんっていうんですけど。この学校では、アイドル活動をやっていることは隠していたんですけど、この子は僕がCA(~)LINのメンバーであることに気づいていました……で、僕に告白してきたんですけど、お断りしました……それから」
「告白⁉」
 私はその言葉に過剰に反応したため、ユキヤは何か言いたそうだったが、話すのをやめてしまった。
「こういうことは、どこから漏れるかわからないが、わが校が発信源にならないよう十分注意していく」
「ありがとうございます」

 私は、少し前に生徒会室で役員のみんなの意見交換した投書を思い出していた。
"『交際』 というものを男女に限定してしまっていいのでしょうか? 今は同性同士の恋愛や交際も普通にあるものだとして校則も検討した方がいいのではと思い、投書させていただきました"
 決してユキヤが私に『憧れ』とは別の感情を抱いていると、うぬぼれてはいないが、今さらながらこの投書で投げかけられた課題にしっかり答えてやらねばならないな……と実感している。
 
 その後、ユキヤはレコーディング活動が本格化したらしく二学期に入っても学校に姿を見せることは無かったが、LINEを交換してくれ、時々近況を伝えてくれるので、私のユキヤ成分は少しだけ補充できている。

 二学期に入ると、一学年の普通科に一人の女の子が転入してきた。