スケバン生徒会長の正体は、推ししか勝たん限界オタクでした。


「なんかさー今日、メイク盛りまくりじゃね? サエキング」

 ライブ会場に着いた途端、ノワール推しのジェミーに、私の頬をちょんちょんされながら指摘された。
「こら、触るな! チーク落ちるでしょ……っていうか、いつもと変わんないよ」
 とは言ったものの、ジェミーの指摘の通りだ。
「アタシも速攻でそう思った……さては、ラヴィちゃんアタックに気合い入れまっくってんな?」
 シュガー推しのそるてぃがニヤニヤしながら私の全身を見回す。

 今川雪夜が転入してきたその週の土曜は、渋谷でジュニアアイドルグループ『CA(~)LIN』(カラン)のライブだ。行こうか行くまいか、ギリギリまで迷ったけど、チケットは予約していたし……やっぱ、スノーラヴィ君に会いたい! あの声を聞きたい! 欲望が理性を完膚なきままにたたきのめし、私は着替えとメイクにいそしんで、このライブハウスに駆けつけた。

 多分バレてないだろう……だいたい、客席の一ファンなんて気に留めてないよね(いつもなら私を見て見て!って思っているくせに)と信じ込んで、でも念には念を入れてメイクを強めにして顔バレ対策に備えた。書記のマスミ、普段はあまりライブに行かないって言ってたけど、もしも来ていたら、と彼女対策でもある。

「よーし、じゃあ今夜は『客席サエキング推し』で、ラヴィ君に存在感をガンガンアピールしようぜ!」
「おう、やったろーじゃん!」
「頼むから二人ともやめて! 私は、静かに見守りつつ、心の中でしっかり応援するタイプなんだから」

 ほんと、余計なことはしないで欲しい。
 まあ遠慮するな、次のライブではアタシを推してくれと、そるてぃに背中を押されながら客席に入った。
 アルアルな展開だけど、よりによってこんな日に限って、立ち席の前の方が空いていて、他担の二人にぐいぐい推され、ステージまで至近距離で丸見え――逆に言えばステージから丸見えの場所に来てしまった。普段だったらラッキー! と飛び上がって喜んでいるのに……

 ライブが始まった。
 ああ、やっぱこんな近くでラヴィ君の歌が聴けて、踊りが見られるのは至福以外のナニモノでもない。で、でも、顔バレは避けたい。私はややうつむき加減で体を動かし、コールに応える。
「サエキング、何やってんのよ! ほら顔上げて」
 ジェミーが私の顎に手をあてグイッと上げる。
 それと同時にそるてぃが黄色い声を張り上げた。
「ラヴィくーん、こっちー! 君のナンバーワンオタク、ココにいるよー」
「こらヤメロ、ラヴィ君の歌の邪魔をするな!」
 構わず、ジェミーとそるてぃは、推しウチワを使って私をあおぎ立てる……
 そんななか始まった、ユキヤのバラード。

〈タイトル〉 ぼくのためのぼくのウソ
〈作詞・作曲〉 今川 雪夜
〈編曲・パフォーマー〉  CA(~)LIN
――――――――――――――――
♪~
 Aメロ
 君は忘れているかもだけど
 あのときの ささやき 覚えている さびしそうな 口もと
 誰にだって 秘密やウソは ひとつくらいあるよね
 ぼくのためについてくれた ウソ

 Bメロ
 今お腹すいてるからかな…… 友だちとケンカして機嫌悪いんだ……
 ごめん せっかく作ってくれたお弁当 エリンギは苦手なんだ
 なるべく 君に 誠実でいようと 思ってね
 正直に話せたのは 他愛もない 本音だけ
 大切なこと 言えなくて やっぱりぼくは ただのウソつきさ

 ~♪
――――――――――――――――

 そんなしっとりとした言葉が紡がれる中、ジェミーとそるてぃのアピールに気づいたのか、ユキヤはこっちを振り向き、さびに向かうフレーズの合間にウィンクした! ああ、これはマズい、ヤバい……でもウレシイ!

――――――――――――――――
♪~

 サビ
 ぼくは受け止める 君のウソを
 だから 君にも受けとめて欲しいんだ
 ボクの真っ赤なウソの ほんとうの意味を

 優しさのつもりでついたウソ でも それが
 どんなに君を 傷つけるだろう

 卑怯者 そうさ ぼくは 卑怯者 だから
 最初に聞くんだ つきあって すぐに
 ウソをついてもいいかなって
 前フリしとく 卑怯者
 ぼくの真実 卑怯者

 ~♪
――――――――――――――――

 歌い終わると、彼はちょっと騒がしい私たちのいる辺りを目指して再びウィンクを投げかけた!……いやいや気づいてない気づいてない、ただ、ファンサをしてくれただけだ。……と、根拠もないのに安心感と確信を得て、結局その後のステージは、いつものようにスノーラヴィ、今川雪夜を推しまくってしまった……

 アンコールも含め、すべてのセットリストが終了した。やっぱ今日は来てよかった! 来週からまた頑張れる。
……ただ、気がかりなのは、この前のライブに比べるとラヴィ君、元気がないっていうか、ちょっと、うわのそら気味なところがあった。歌や振り付けを間違えたようには見えなかったけど、ステージから降りる時、『CA(~)LIN』(カラン)のメンバーに両手を合わせ、「わるい」と詫びているように口もとが動いていた。

「今日のオープニング、新曲だよね?」
「そうそう、さっき公式みたけど、作詞はラヴィ君らしいよ」

 そうか、やっぱり新曲なのか。チェック不足だった。
 歌詞、なかなかすてきだったな。
 さすがにすべては覚えていないけど、彼が紡ぎ出した言葉を反すうする。

 ″ぼくは受け止める 君のウソを゛

 ……ん?
 なんか、ひっかかるなあ。
 
「どこかでお会いしましたか?」
 学校で初めて会った時の彼の第一声。
 ライブ中の意味深なウィンク。

 君のウソ、ぼくのウソ……いやあまり深く考えちゃダメ! これは、曲の中の話であって、私とは何も関係ない……関係ないはずだ。
 たまたま転入してきた男の子がラヴィ君だっただけ。たまたま私は生徒会長だったので、サポート役になっただけ。それ以上でもそれ以下でもないってことを肝に銘じろ。和咲とサエキングの二役を演じきるんだ。
「ねえサエキング、さっきから何ブツブツ言ってんのさ? この後、出待ちしてさ、それから行くでしょ? センター街のバーガーキング」
 背後から私の肩をカクカク揺すってジェミーが誘ってきた。

「……うーん、ごめん、やっぱやめとく。今日は早めに家に帰ってやらなくちゃいけないことあるの、忘れてた」
「えー、行かないのー? サエキングとバーガーキングってゴロがよかったのに」
 と、そるてぃ。……そんなくだらない理由で私を誘ってくれてたわけ?

「ごめん。今日はこのまま帰る」
「あーん、ノリ悪いなあ」
 ジェミーの不満そうな声をスルーしながら、ロビーにできている、いくつかの人だまりを縫って通り抜け、私はライブハウスを後にした。

 今日はライブ仲間とごはん食べて帰るから夕ご飯はいらないって母に伝えてあったので、地元駅の千歳船橋で降り、コンビニに寄ってジャージャー麺を買って帰った。
 家に帰るとまずそれを食べ、盛りに盛ったメイクを落とし、シャワーをして自分の部屋に入って髪を乾かした。
 ライブの日は配信動画を視ないで、リアルのラヴィ君を脳内再生して一晩で二度楽しむことにしている。宿題や予習は明日の日曜に回そう。今川雪夜との『これからどうするか問題』も明日考えよう。
 灯りを消し、ベッドに潜り込んで目を閉じる。


 おやすみ、ラヴィ君。

○

 学校が変わったからというわけではないと思うけど、今夜のライブ、僕はなんかいつもと違う緊張感というかワクワク感を抱いてこのステージに立っている。
 偶然の出会いでびっくりしたけど、あの人、来ているだろうか? もし気を遣わせてしまっていたら、申し訳ない。それに、せっかく作った新曲、ぜひ聞いて欲しいし……歌詞に込めた気持ちをほんのひとかけらでも受け取って欲しい。

 ステージが始まった。
 一瞬ライブ会場全体が暗闇に包まれ、三秒後に真っ白で眩しいスポットライトがステージ上の僕を照らした。途端に歓声があがる。ああ、また会えた! みんなに最高のステージをプレゼントするぞ!と気合いが入る瞬間だ。

 オープニング曲は、僕がソロで歌うバラード。こんな大役を任せてくれる、実力者揃いのメンバーの四人、それからプロデューサーさんに頭が上がらない。色々と気を遣わせてしまっている。みんな、スノーラヴィとして活躍できる時間に限りがあることを知っているからだ。
 インストによる間奏にさしかかると、スポットライトがステージと客席を縦横無尽に照らし出す。

 見つけた……来てくれた。
 生徒会長の佐伯和咲さん。
 そして、僕の恩人で、憧れの人。

 いつものライブ仲間たちが彼女を盛り立てている。
 それに乗っかり、ウィンクしてみせる。

 彼女は知っているのだろうか。
 ステージから客席の距離は意外と近く、よく見えることを。
 メガネを外してどんなにメイクで盛っても、その美しい顔立ちは隠せないということを。

 このまま彼女の『正体』を気づかぬフリをし続けた方がいいのか?
 気づいていることをちゃんと伝え、彼女の力を借りた方がいいのか?
 ……正直僕は迷っている。

 でも、こんな風にライブを楽しんでくれている彼女の姿を見ると、そっとこのままにしておいた方がいいんだと思えた。

〇

 ライブは無事終えた。でも、メンバーみんなのパフォーマンスの進化に比べると、自分だけが置いてけぼりにされているような気がする。僕は四人に両手を合わせながらステージを降りた。
 マネージャーさんに頼まれ、『CA(~)LIN』(カラン)のメンバーは、ロビーに出て『ハイタッチお見送り』をする。五人は一列に並び、順にハイタッチとバイバイを繰り返す。
 佐伯会長といつも一緒の、ノワール推しとシュガー推しの二人が列の中にいた……あれ、会長さんは?

「今日は二人ですか?」
 思わず聞いてしまった。
「キャー! ラヴィ君に声かけられちゃった」
「……あのー」
「ああ、そうそう、サエキングったら、さっさと帰っちゃった」
「……そうなんだ、ありがとう。また遊びにきてね!」
「ハーイ、モチロン!」「バイバーイ!」

 サエキング……なんかセンスないし、本名バレバレのニックネーム……それはいいとして、なんで会長さん、さっさと帰ってしまったのだろう? やっぱり……

 スタッフさん数人だけが残り、人気(ひとけ)がなくなったロビーを横切り、楽屋口に向かう。メンバー四人は先に楽屋へ戻っている。
 関係者専用通路のドアを開けたら、通路に女の子が一人立っていた。

「えっ、君は」
「ライブ、お疲れ様。今夜も素敵なステージだったね」
「……あの、ここは関係者以外立ち入り禁止なんだけど」
「ごめんなさい、ラヴィ君……今川雪夜君、一言二言話させて。そしたらすぐに出ていくから」
「……ファンの子は、あまり僕のことを本名で呼ばないんだけど」
「あら、アタシだってあなたの熱烈な一(いち)ファンよ……でも、高校に入学してすぐに転校しちゃうなんで、びっくりしたわ」
「……で、話したいことって?」

「『CA(~)LIN』(カラン)って、特に事務所から恋愛禁止令とか出てなかったよね?」
 嫌な予感がした。
「……特に強く止められているわけじゃないけど」

「じゃあ、ぶっちゃけ、お願いなんだけど、アタシとつきあってくださる?」
「え⁉」
「どうかな?」
「急にそんなことを言われても……だいだい君は、僕の『一(いち)ファン』って言ったばかり……」
「さっきのライブの新曲、素敵だったね」
「?」

「♪~ やっぱりぼくは ただのウソつきさ ~♪」
「……何が言いたいのかな」
 彼女は僕の足元に目線を落としてつぶやいた。
「知ってるのよ、あなたのウソを……そして、知ってるのよ。あなたの真実を」
「それって脅しじゃないか!」
「そう……あなたの歌の通り、アタシは卑怯者……それでもいいの」
「ぼくの真実を知っているのなら、なおさら……」
「真実はどうでもいいの。アタシは『今川雪夜』そのものが好きなんだから」
「そんな風にされたって僕は……」
「あ、今は返事しなくていいわ、また来るから。じゃあね!」
 そう言って彼女はロビーを抜けて、スタッフが鍵を締めかけたエントランスから出ていってしまった。

 どうする?
 独りで解決できるか?

 大ごとになってみんなに迷惑をかける前に、なんとかしなくちゃいけない。
 佐伯会長……彼女にすべてを話し、力を借りる日がそう遠くないかも知れない。