スケバン生徒会長の正体は、推ししか勝たん限界オタクでした。


 あのライブから一週間。
 どんなエナドリの数千倍分も、いや計り知れないくらいの活力をラヴィ君からもらえるから、ハードな生徒会活動に打ち込むことができるというものだ。もちろん、動画配信での追加補充も欠かせない。でも私は、学校の、生徒たちの『真の自由」を探求している生徒会長だ。父の遺志を受け継ぎ(まだ生きているけど)、今の世の中にふさわしい学園生活のあり方を模索し、示していかなければならない。

 などと言いつつ、今日の授業はきつかった。睡眠不足は禁物だ。少なくとも六時間以上の睡眠を確保せねば。そう思いながらも深夜まで動画を見過ぎたことを後悔している。放課後の時間まで寝不足を引きずってしまうとは、我ながら情けない。大あくびをして職員室の前の廊下を歩いていると、生徒会顧問の戸波先生がガラッとドアを開けて職員室から出てきた。慌てて大きく開けた口を両手で隠す。

「やあ、佐伯君、どうした、勉強のしすぎじゃないのか?」
「いいえ、おのれの不摂生によるもので。お見苦しいものを見せてしまい、申し訳ありません」
「何もそんな畏まらんでも。新年度の生徒会役員チームも、君がしっかりまとめてうまくやっているそうじゃないか」
「ありがとうございます。でも、まだまだチームビルディングの途中です」
 そう、書記のマスミは遠慮しがちだし、もっとフランクに話しあえる関係づくりをしたい。あと、ケイイチの時代遅れのセクハラオヤジ発言を何とかせねば……

 そういうものかい、と顧問の先生は答え、開いたままの職員室のドアの向こうを見ていた。
「佐伯君には話しておいた方がいいだろうな……というか君の協力は必ず必要になるだろうし」
「?」
 先生は私に視線を戻した。
「今日から一年生の転入者が入ってきた」
 今はゴールデンウィークが開けたばかりだ。
「……随分と中途半端な時期ですね」
「どうやら、在学していた学校の環境が彼に合わず、急遽転校を決めたらしい」
「いじめ、ですか?」
「いや、そうではないんだが、彼には色々と特殊な事情があってね。それに適した環境がウチ(外苑前学園)には揃っているということらしい……確か、君のお父様が生徒会長の時に学校に働きかけ成し遂げた、教育プログラムの改革もその一つだ」
「私の父が?」
「ああ、ウチは進学校でもあるが、通信制高校と同様な単位取得制度がある」
「それは、単位取得試験を兼ねたレポートの提出と、在学中に取り組んだ授業外の活動が評価される制度ですね」
「そう、その通り。君のお父様は大したもんだよ。生徒それぞれの事情を考慮した『学び方の多様性』をしっかりと考えてくれていたんだから」
 私は誇らしいような、嫉妬心のような複雑な感情を覚えた。
「転入生は、あまり学校に来ることができない状態、ということでしょうか?」
「そう、仕事の関係でね」
「仕事?」
「ああ、芸能活動だ。それゆえ、なるべく着替えたり、トイレを使うところもウチの生徒に見せたくない」
「そこまでするものなんでしょうか?」
「まあ、彼の『体調面やプライバシーへの配慮、それから学業と芸能活動の両立のための特別措置』ということだ……生徒会室の隣りに来賓用の個室があるだろう? そこを彼が使えるようにしたので、君たち生徒会役員のメンバーにも知っていて欲しい」
「随分と厚いおもてなしですね。いくら芸能人だからといって、優遇し過ぎのようにも感じます」
「……まあ、彼の依頼人と理事長が旧知の仲でね……君がそういうのを一番嫌がるのをわかってはいるが」
「その通りです」
「この際、大人の事情は置いといて、転入生の立場になって考えてやってくれ」
「先生がそう仰るのでしたら」
「ありがとう。じゃあ生徒会長さんに彼を紹介しておくよ」
 そう言って先生は職員室の開いたドアに向かって手招きした。

 そろりと顔を出したのは。
 制服の紺ブレザー――といっても、わが校の場合、何を着るかは本人の自由なのだが――を着た、少し小柄で華奢で色白な男子生徒。

 今。

 目の前で起きていることが、にわかに信じられなかった。このところ、夜な夜な見ている妄想のような夢の続きを見ている……そんな錯覚に陥った。
 戸波先生の横に立ち、私に向き合う男子生徒。
「紹介するよ、生徒会長の佐伯和咲さんだ」
 そう言って先生は転入生の肩をポンと叩いた。
「あ、初めまして、今川雪夜といいます。これからよろしくお願いします」
 そう名乗り、男子生徒が丁寧にお辞儀をした。
 信じられない。

「ゆ、ユキヤ君⁉」

 私の言葉に彼はぴくりと反応したが、すぐさま表情に、笑みと『?マーク』を一緒に浮かべ、小首をかしげながら返事した。

「どこかでお会いしましたでしょうか? 例えばライブ会場とかで?」

え!
「たたた多分……いや絶対違うんじゃないかな」
「そうですか。会長さん……佐伯さんと似たような人を見かけたような気もしたのですが、人違いですね。失礼しました」
「……いえいえ」

「でも、一言だけ、お礼を言わせてください」
「?」
「……あの時は、ありがとうございました」
「なんの話かな?」
「すみません、そのお話はいずれまた」

 心当たりなくお礼を言われたが……これはえらいことになった!

「それでは、こちらで失礼します」
 転入生の今川雪夜は、丁寧にお辞儀をしたあと、玄関に向かった。
 今日は挨拶と事務手続きに来ただけということで、ご両親と芸能事務所のマネージャーさんが玄関で待っているそうだ。
「佐伯君、君も一緒に来るかい?」
「い、いいえ、一旦生徒会室に戻りますので、こちらで失礼します」
 心の整理がつかないこの状態。推しとはいえ、謎の転入生と一緒にいる時間は、一秒でも減らしたい……といいつつも。私の中のアイドルオタクが握手させろとか写真撮らせてもらえとか騒いでいる。

 落ち着け! サエキング。

 私は女子トイレの個室に入ると、便座に座り、スマホを取り出した。鏡アプリをタップし、映し出された自分の顔をまじまじと眺める。それから、ライブの合間にジェミーとそるてぃと三人で自撮りした写真を映し出す。
 脳内で二つの画像を比べてみる……生徒会長の私はこの通り、黒の超ロングスカートのセーラー服で、銀縁メガネをかけ、ファンデーションだけ。黒髪は真っ直ぐに下ろしている。
 一方、『サエキング』 の方は、『原宿に迷い込んだ、野ウサギちゃんのお友達』だぞ。ラベンダートーンのメロい系メイクにユル巻きの髪。控えめだけどチークとラメで輝かせ、服はミニスカに淡い系のブラウスにニットベストにフリルつきソックスだぞ。

 絶対、バレてるわけないよね⁉
 と自分に言い聞かせてみたものの、ひょっとしたらバレているかもしれない……でも、バレてたからってどうだっていうんだ? 開き直って学校でも『サエキング』で通せばいいじゃん……ラヴィ君の推し活やってまーす!って……ああ、頭が混乱パニック状態だ……いかんいかん……コラ! お前は佐伯和咲だろ? ……しっかりしろ。

 えーっと、今の状態を冷静に考え直そう。
 私が推しているラヴィ君……今川雪夜がわが校に転入してきたのは事実だ。
 彼はどうやら前の学校の環境? 人間関係? に問題があってここにやって来た。
 きっと困っているはずだ。
 そして、戸波先生は、「転入生の立場になって考えてやってくれ」と仰った。そして私が彼の力になってくれると信じている……それは、この学校での生徒会長の『佐伯和咲』という役割に期待しているということだ……なんだ、簡単なことではないか。この学校の生徒たちのリーダーとして、精一杯彼の力になってやればいいだけのことだ。

イエス、アイキャン!
ジャスト、ドゥ・イット!
スティ、ハングリー! スティ、フーリッシュ!
インポッシブル イズ ナッシング!
イフ・ユーキャンドリームイット、ユーキャンドゥイット!

 ……うーん、気合が入りすぎている、さっきまでの眠気はどこに行ってしまったんだ?

 今後、彼をしっかり支えていくためにも、もう少し、今川雪夜のことを戸波先生に聞いてみよう。

 〇

 職員室を訪ねてみたら、戸波先生は席に戻っておられて、私の姿を認めると、室内にある小部屋へと案内した。

「やっぱり戻ってきたね」
「そりゃそうです、ユキヤ……今川君のために、いろいろと聞いておいた方がいいでしょうから」

 ハハハと笑うと、緑茶のミニペットボトルをテーブルの上にポンポンと置いて私に勧めた。
 キャップを開けて、冷たいお茶を口に含んだところ、
「佐伯君は今川君と知り合いなのかい? さっきそんなこと彼が言ってたけど」
 私は思わずお茶を吹き出しそうになり、必死でこらえ、ケホケホとむせた。
「ち、ちがいます! 人違いです」
「そうだよな、君が推し活をしている姿なんか想像できないもんな」
 話を前に進めよう……
「あの、いくつか質問させていただいてよろしいでしょうか?」
「ああ、彼のプライバシーに関わること以外だったら」
「わかりました。まず最初に、今川君は毎日登校するのでしょうか?」
「彼はわが校の通信課程を利用するから、『スクーリング』のある火曜と木曜の週二回が基本だ。レッスンだか、リハーサルだか、本番だかの予定を考えて、そういう日程になった……あと、その日程の中で体育なんかも受ける」
「クラスは? 生徒達との交流はどうなっているんですか?」
「一応、通信課程にもクラスはあるから、そこで他の生徒と普通に接する」

「そうですか……それからもう一つ、彼がこの学校に通っていることは公表するんですか? 本人や芸能事務所がそれを嫌がる場合もあると思いますが」

 戸波先生はうなずいてお茶をひと口飲んだ。
「それなんだが、やはり、学校側にも生徒たちにも、内密にしてほしいという希望はあった。SNSなんかで流されたらあっというまに広まってしまうから、生徒たちにも十分に注意して徹底させて欲しいとの要望書ももらっている。だから生徒たちには、各学級ごとに、先生から強く指導があると思う。すまないが、生徒会からも呼びかけを頼む」
「そうでしょうね……わかりました」
「とはいえ、こういう情報は、十分に注意していてもなかなかガードしきれないだろうから――ユキヤ、つまり本名のファーストネームはみんな知ってるし――広まるのは、時間の問題だろうな」
「そういうもんでしょうね。通学はどうするんですか」
「普通に自宅から電車通学するそうだ。登校日も限られているし、近々メジャーデビューするらしいが、まだ車で送迎するレベルではないようだし」
 そう言って先生はさらにひと口お茶を飲んだ。

「あとは何かあるかな?」
「いえ、今はそんなところで大丈夫です」
「そうか……あと、これは僕からというか、今川君からのリクエストなんだけど、『困ったことが起きたら、ぜひ生徒会長さんに相談に乗って欲しい』とのことだ」
 私はなんとか顔がニヤけるのを抑え、なるべくトーンを抑えつつ、
「わかりました……それが私の仕事だと思っています」と答えた。さらに、
「生徒会室は、いつでも自由に出入りしてもらって構いません。それから、異性の私だと何かと相談しにくいこともあると思いますので、生徒会役員の男子生徒も誰か相談相手になってもらうようにしましょうか?」
「生徒会室を利用させてもらえるのはありがたいが、君が直接相談相手になってやってくれ」
「?」
「僕も男子生徒の話を持ちかけたんだが、ぜひ会長さんにお願いしたいとのご要望だ」
 先生は少しだけ含みのある笑みを浮かべている。
「わ、わかりました」

「あと、これは彼からの申し入れだが、秋の文化祭に、ソロで短い時間でよければ、お礼の意味でワンステージ、参加してもいいそうだ」
「それはありがたいですね。生徒も喜びますし。親近感が湧くでしょうし」

 まさに役得というところだが、今川雪夜がなぜこの学校に転入してきたのか、事情がよくわからないので、手放しに喜んではいられない。私情は忘れて(忘れられるだろうか?)、彼としっかりコミュニケーションをとる必要があるなと感じた。

 戸波先生にお礼を言って職員室を後にし、生徒会室で役員メンバーに事情とお願いごとを伝えた。男子アイドル『CA(~)LIN』(カラン)は、まだまだ駆け出しのグループだと思っていたが、役員メンバーのみんなが知っていて驚いた。センターのスノーラヴィ(今川雪夜)が転入してきたと聞いて、書記のマスミは目をハートにしてキャーキャー騒いでいた。ライブにも一回だけ行ったことがあると聞いて、えっ、やば! 身バレ、同担バレの危機か⁉ とハラハラした……