原宿のライブ会場に着いた時は、すでに入場が始まっていて、建物の入口の行列は、もうあとわずか。時々本番前に出演者が物販に出てることもあるので、もし今日がその日だったらと気が気でない。スマホでチケットをスキャンしてもらい、急いで中に入る。
グッズのワゴンを物色していた女子二人が私を見つけ、手をぶんぶん振ってきた。
「あー、サエキング、今ごろ来た。おっそー!」
そう声をかけてきたのは、ジェミー。隣の子は、そるてぃ。もちろん本名じゃないよ。二人ともインスタとTikTokも同じネームを使ってる……平気でリアルバレしている。さっき私が呼ばれた『サエキング』はアカウントネームではない。一応リアルで会う人にはネットの方の名前は内緒にしている。「サエキング」は、二人に名前を聞かれて咄嗟に作った愛称だけど、佐伯和咲―サエキング……これじゃあすぐに本名がバレてしまいそう。ちょっと軽率だったかも。
「今日はあの子たち、物販出てきてないの?」
期待半分で私が聞く。
「さすがに最近は出てこないね」とそるてぃ。
「ちょっと売れてきちゃったからね。残念というか嬉しいというか……ああ、複雑なファン心理」と手で顔を覆うジェミー。
彼女たちは、いわゆる『他担』で、ライブ後に私がグッズを物色している時、ちょっとしたきっかけで話したことから知り合いとなった。
一度、別のライブ会場で、私と推しの子が同じという、いわゆる『同担』の女の子と立ち話をしたことがあったけど、解釈不一致……ちょっとした推しの魅力についての解釈の違いからひどく険悪なムードになってしまった。
その子はやはり都内の高校に通っていて、私が何気なく「ラヴィー君って、なんとなく乙女っぽさもあるけど、実はたくましくて凛々しくて男っぽさも感じるよね!」と自分なり彼のトキメキポイントを話したら、同担の子の瞳に何かがキランと光った。
「あらそうかしら? 彼の魅力は、私が思うに真逆だけどなー。普段は頼りになる王子様なんだけど、女性的な何かに支配されていて、時々弱さを見せるの」
これは、「結局どっちも似たもんじゃない?」と軽口を叩いてはいけないヤツだと本能的に感じた。男らしさ、女らしさという微妙な言葉を出してしまったのも迂闊だった。
生徒会活動以外のプライベートでは自分の主張を押し通すことなく協調的に良好な人間関係を作るスキルは持ち合わせていると思うけど、これはお互いのこだわりの問題なので、『同担には近づくべからず』と肝に銘じ、彼女とライブ会場で会っても、なるべく距離を取るようにしている。
……ということで、私たちが推しているアイドルグループと、それぞれの推しの男の子を紹介しておきまーす!
グループ名は、『CALIN』(カラン)。
フランス語で「抱擁」「甘える」「愛撫(ちょい、えちい!)という意味。
構成メンバー
・スノーラヴィ:
今のセンター。儚げ×小悪魔。メインボーカル&ダンス
・マシュ:
リーダー。ふわふわ×ドSな羊&執事。サブボーカル&ダンス
・ノワール:
ダンサー。気まぐれ×俺様。アクロバティックダンス
・フェネン:
元気×策士。ラップ&ダンス
・シュガー:
末っ子。甘えん坊×実は腹黒。サブボーカル&ダンス
ご推察の通り、みんな『癒され系動物キャラ』!
ユキウサギ、モフモフのヒツジ、クロネコ、フェネック、それにモモンガ。ネットでは彼ら自身と、『動物アバターVtuber』二種類の動画配信がある。私も真夜中に何となく回遊していたインスタグラムでまずはリアルな彼らに、に出会い、秒で虜になってしまった。そして勘を働かせ、動物アバターのチャンネルも速攻で探し出した。
ジェミーの推しは、ノワール。ツンデレで上から目線な態度が堪らないんだって。
そるてぃの推しは、シュガー。『そるてぃ』というネームも、彼にちなんで、ペア感を出したくてつけたそう……
で! 私の推しの子は誰かと言うと……
全体的に中性的なメンバーの中でも、よりユニセックス感たっぷりのルックス、それに加えて透明で泣かせる歌声。かと思えば、ギャップありまくりの跳躍力を感じるダンス。さっきまで甘くて優しいセリフを吐いていたのに、小悪魔的ダークサイドな発言もポロリとこぼすギャップの王子様、その名もスノーラヴィ! 愛称ラヴィ君。ああ、一気に喋っちゃって日本語変かも……でも、ウレシハズカシ。
いやほんと、スマホの画面で出会った時は、背筋に電気が走り、ベッドから慌てて飛び上がり、勉強机の上のパソコンを点け、椅子の上に正座して大画面で見直したほどだ。
それまではクラスメイトたちや生徒会メンバーがアイドル話で盛り上がっていても、ふーん、どこがそんなにいいんだろうか、と冷ややかに見ていた私。今では彼女らの会話に加わりたくてウズウズしている自分が恐くなる……もちろん私の立場とプライドがそれを許してくれない。
じゃあ、ここからはライブの実況!
陰のMC
「CALIN スペシャルライブ『真夜中の動物園』へようこそ!」
(心臓の鼓動のような重低音が響き渡る。 ドクン……ドクン……ドクン……。 会場の照明が落ち、真っ暗闇に包まれる。 それと同時に、客席から色とりどりのペンライトの光が星空のように浮かび上がり)
トラップベース、キタ……ッ!
この瞬間、 心臓が口から飛び出そう。
頼む、落ち着け私の心拍数。
私は震える手で、白く輝く二本のペンライト「ラヴィ丸」を握りしめる。
ステージ上の五つのシルエットが、まばゆいライトに照らされ、そこにいるのが誰か明らかになる。
ホントは、シルエットの時からわかってたけど。
ギャァァァァッ!!(客席の悲鳴)
「キャー、ラヴィ君、こっち見て笑った!」
思わず私が歓喜の声をあげると隣のジェミーがギョッとして振り返った。構うものか。あなたたちだって十分にはっちゃけてるじゃん。お互いさま!
ペンライトを振る私の手は、いつの間にか剣道で鍛えた『正眼の構え』になって上下運動を繰り返していた。
ライブは進む。ノワール(黒猫)のしなやかなアクロバットダンス、マシュ(ヒツジ)が優しい笑顔で会場を包み込み、フェネ(フェネック)が軽快なラップで煽り、シュガー(モモンガ)があざとい上目遣いがステージ後方の大画面にドアップで映し出される。
そして迎えた、バラードコーナー。
ステージの照明が、ラヴィ一人に絞られる。 静かなピアノの旋律。ラヴィが、切なそうに眉をひそめて歌い始める。
〈タイトル〉 ガラスの靴とスニーカー
〈作詞・作曲・歌〉 今川 雪夜
〈編曲・ダンス〉 CALIN
――――――――――――――――
♪~
Aメロ
鐘の音が響くたび 確かめるつま先
魔法が解けたら ぼくは どこへ帰るんだろう
みんな 先に 走ってく
その背中に「待って」なんて とても言えない
Bメロ
ほんとうのぼくは 君が思うよりも 見た目よりも
もっとずっと弱くて そう ウサギ
ぼくが選んだはずなのに 無責任に 怯えてる
罰……なんだよね
サビ
わかってた
ガラスの靴じゃ どこにもいけないんだって
ぼくにはとても はきこなせない
わかってるのに
使い古した スニーカーで 泥だらけになれたら
ぼくを「ぼく」と呼べる場所へ
夜明けが 来る前に 逃げ出せるって
そう 臆病な ウサギ
~♪
――――――――――――――――
いやほんと、君は見たまま通り、守られキャラだよ、お姉さんしっかり助けてあげるよ、と心の中で突っ込みを入れさせてくれるのが、またたまらない。
ラヴィの目から、一筋の涙がこぼれ落ちたように見えた。
会場中が息を飲む。すすり泣く声が聞こえる。
……泣いてる? ラヴィ君が? 何で? 演技? いや、違う。あの瞳の奥にあるのは、もっと深い、本物の悲しみだ……。
何があったの? 誰かが君を傷つけたの? ……許さねぇ!……ダメだ。現実と虚構が交錯してしまう。
こうやってますます彼への愛が、守ってあげたいという使命感に変わり、積み重なっていく。
『同担」にそんな役割を任せられるか!
そして私は立ったまま隣の誰かにもたれかかり、気がついた時にはライブは終わっていた。
〇
「おーい、サエキングー、聞こえるかー?」
声の方に顔を向けると、ジェミーが私の体を支えたままニヤリ笑った。
そるてぃが私の顔を覗き込み、声をかける。
「お願いサエキング、生き返って!…… と言ってもココは天国だけど!」
実は私これ、初めてじゃなくてライブのたびに繰り返している。だから、介抱してくれるライブ仲間は絶対不可欠!
残念だけど、以前実施されていた握手会の復活の兆しはない。でもね、五人のメンバーが自主的に物販コーナーの脇に並んで、マスクはしてるものの、私達に次々とハイタッチしてくれるんだ。
どきどき。
自分の番がやって来た。
「いつも来てくれて、応援してくれて、ありがとう、はい、タッチ!」
ああ! これだからスノーラヴィ君の推しは止められない。



