「ユキヤ、突然呼び出してごめんね」
「どうしたの? 急に改まって」
放課後、僕は凛(リン)に呼び出され、今二人で学校の中庭にいる。グラウンドや体育館からは体育系部活のかけ声やボールの音が小さく響いてくるが、ここは人気(ひとけ)が無く、春の終わりの風が低い樹木の枝葉を揺らす音が聞こえる程度だ。
「あのね、ユキヤ……やっぱりアタシ、自分の気持ちに逆らえない」
「というと?」
「……わかってるって思ってたんだけど……アタシ、ユキヤのことが好き」
「そ、そんな……今までのように友達じゃだめなのか?」
「うん。今さらおかしいんじゃないかって思われるかもだけど、ユキヤとは彼氏と彼女としておつきあいしたい」
「か、カレシとカノジョって……」
リンとは、中学からのつきあいで、この春、同じ高校に入学したクラスも同じだ。気が合うし、なんでも気楽に話ができたし、ずっと親友だと思っていた。
「……ごめん。うまく言えないんだけど、僕には色々あって、恋愛はできないんだ」
「……やっぱり、そういうの、あるんだ」
「?」
彼女は僕がお茶を濁して言った『色々あって』をどう捉えたのだろうか。
「アタシ……知ってるよ。ユキヤは秘密にしてるのかも知れないけど」
えっ、もしかして?
「たまたまね、インスタの動画観ててね。なんか似てるなって思ったんだ」
「え! そんなはずは……」
「衣装やヘアスタイル、それにメイクもしてるから誰も気づかないかもだけど、アタシはすぐにわかった。長いつきあいだし……だいたい名前が『スノーラヴィ』だよ、ちょっと考えればわかるじゃない」
「……それは迂闊だった」
「授業も最近よく休んでるし、ネットの噂によると、メジャーデビューが近いって……やっぱ、恋愛禁止とかあるんだ」
「いや、そういうルールは無いんだけど。まだまだ駆け出しだし」
「じゃあ、このことは誰にも言わないから、ユキヤの彼女にしてくれないかな?」
風が完全に止んだせいか、背中にうっすらと汗を感じた。
「ごめん……リン、やっぱり君は僕の大切な友達だ。これからもずっとそうであって欲しい」
「……そう、わかった」
彼女はその場にしゃがみ込み、顔を覆った。その指のすき間から涙がポタリポタリと落ちる。
僕は大切な友達を泣かせてしまった。
「リン、ごめん。こんなこと言っても慰めにもならないだろうけど、僕はまだ、誰を好きになっていいのか……愛してもいいのか……愛せるのか……自分でもよくわからないんだ」
〇
それから二週間ほど経ってのこと。僕は、放課後に所属している芸能事務所に呼び出された。
そこのアカデミーでダンスとボーカルを習い、多くの研修生から選抜されてアイドルグループを結成して活動している。まだ事務所が主催するイベントや小さなライブハウスでの活動が中心だが、たまたまそれを観にきたレコード会社の方に関心を持ってくれて、メジャーデビューに向けての準備が始まっている。
「ユキヤ君、ネットの書きこみ、見たか?」
「え?」
事務所の小さなミーティングルームに入るや否や、担当マネージャーの国重さんに尋ねられた。
「いいえ、僕は……」
「そうだな、君はSNSは見ない主義だったな。それにそれほど拡散されていないようだし」
そう言うと国重さんは自分のスマホの画面をタップし、テーブルの上でくるりと回して僕に見せた。
『注目の男子アイドルグループ『CLIN』(カラン)、そのセンター、スノーラヴィ君の通う学校が遂に判明! しかも彼には重大な秘密が!』
「学校バレですか」
「ああ、こんな投稿をされるのも名が売れてきたという証しでもあるけれど、内容的にもタイミング的にもちょっとまずい。何か心当たりはあるかい?」
本文を読むと、見出しにあった『重大な秘密』が『ある噂によると』と前置きがついて書かれていた。
僕は真っ先にリンを思い浮かべた。中庭で泣いている親友。
「思い当たることはありません」
「そうか……いずれにしても、あるルートを使って、SNSの運営会社に投稿の削除を依頼している」
「ということは、僕は今まで通りのキャラクター設定で行く、ということですね?」
「事務所の方針としてはそうだ。君も色々と思い悩むことがあるだろうけど、従ってほしい」
「……わかりました」
僕が席を立とうとしたら国重さんが両手を上げて制した。
「一つ頼みがある」
「なんでしょう?」
「学校を替わってくれないか?」
「……そういうことですね」
「ああ、今通っている学校は『本来の君』を知っている。今回のような噂が広まると……」
「ちょっと待ってください! 『本来の僕』とはどういう意味ですか?」
「言い方を間違えた……申し訳ない」
そう言ってマネージャーさんはテーブルに両手をついて頭をゴンとぶつけた。少し大げさだけど、この人のこういうキャラクターが憎めない。
「……いいえ……でもわかりました。僕もその方がいいと思います。新しい学校で『本来の自分らしく』生活していけるのでしたら」
ちょっと嫌味に聞こえただろうか。国重さんは苦笑し、再び頭を下げた。
「ありがとう。転校先は、事務所の会長のツテがある」
「どんな高校でしょう?」
「外苑前にある私立高校だ。なんでも自主性と自由を重んじる校風で、教職員というよりも生徒会が頑張っているらしい……きっと君の力になってくれるはずだ」
「だといいですね」
僕は、親友のリンと離れてしまうのは寂しかったが、距離を置いた方がいいかも知れない。彼女が噂の発信源なのかどうかはわからないけど『親友だった」と過去形にしたくはなかった。
「ご両親には、ウチの社長から話をしてもらう」
「ありがとうございます。では」
席を立とうとしたら再び引き止められた。
「最後に一つだけ。君も知っての通り、アイドルとは本来『偶像』を意味する。この偶像をしっかり創り上げて、さらにステージへと上がっていける……わかって欲しい」



