財界の暴君に契約妻として囲われました ~初恋を拗らせた大富豪に、一途に愛されています~

 髪は一つに束ねただけ。ところどころに泥がついたスニーカー。
 上下ジャージ姿のままの、仕事終わりの格好。
 見るからにお洒落とはかけ離れている私の姿。

 男の視線に、思わず肩が竦む。

「お前、昔から変わらないな」
「……え?」
「昔もそんな格好で、あちこち駆け回ってただろ」

 心臓が一瞬止まった気がした。

「……え、何でそんなこと知ってるんですか?」

 男は不敵に微笑み、私の反応を窺う。

「フッ、……片桐(かたぎり)(せい)()だ。お前と同じ高校の」
「……えっ⁉ 片桐って、……あの、片桐くん!?」

 名前を口にした瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。
 忘れていた記憶が、一気に引きずり出されるような、そんな感覚に襲われた。

 その昔、『庶民』と見下しながら、冷たい眼差しを向けてきた彼。
 殆ど会話もしたことがなかったけれど、〝最低な王子様〟という印象は、あの頃と今も何一つ変わらない。

 車に凭れかかっていた彼が、私のもとへと歩み寄ってきて、口角を緩やかに持ち上げながら、私の髪へと手を伸ばしてきた。
 長い指先が優しく髪を梳く。

「漸く、思い出したか」

 その言葉は、どこか嬉しそうな色を滲ませていた。