21時に消灯して、いつものように僕は寝たふりをした。
同じ部屋の大抵のご老人たちは、すぐいびきをかいて寝る。
夜勤の看護師さんもしばらくはパタパタと廊下を歩き回る音が聞こえる。
しかし23時にもなると、確かに何も聞こえなくなる。
遠くで心電図の機械のアラーム音が一定に聴こえてくるだけ。
多分、重症者に付けられてるやつだろう。
僕の番もいずれやってくる。僕は壁に立てかけられた松葉杖を取った。
「よし」
布団を適当に膨らませて、財布だけ持って、いかにもなんでもありませんよって感じで部屋を出る。
服はリハビリ用のスウェットの上に上着だけ着た。ナースステーションは通らない道をゆっくり歩く。エレベーターのボタンを押すときは、少し指先が震えていた。
ハハ、このくらいのことで。僕って意外と真面目だったんだ。
「やっと来た」
地下の非常ドアの前に、有希は立っていた。
感情を置いてきてしまったような冷たい声で、そう言ってため息を吐いた。
「約束通りだろう」
僕が少し怒ったように言うと、人差し指を立ててシッと、静かにの合図をする。
そのまま有希が非常ドアを開けてくれたので、松葉杖のまま外に出た。
「どうぞ〜」
外に出るとタクシーが既に横付けされていて、人の良さそうなおじさんがすぐに扉を開けてくれた。
「お客さんたち、どこまで?」
僕は有希を見た。有希も僕を見ていたが、僕の中になんの案もないことを見透かしたように一瞬で目を離した。
「M山のロープウェイ乗り場まで」
「え、もう閉まってるんじゃ?」
「あぁ、今期間限定でイルミネーションやってるからねぇ」
タクシーのおじさんは穏やかな口調で言った。
「君たち医学生? 今どきは夜遅くまで大変なんだねぇ」
「私たち、ミトコンドリアの研究してるんです。ミトコンドリアは細胞のエネルギーの発電所とも言われていて、人間が死ぬ時、ミトコンドリアも細胞死の状態になります。いわゆるアポトーシスです。それを以て人の死とするのか、あるいは心臓が止まった瞬間に人は死ぬのか。でも臨終ですという医者の声が聴こえていたという研究もあります。人の死とはなんなんでしょう。興味深くはありませんか」
有希はペラペラと嘘八百を並べた。
余りにもサラサラと訳の分からないことを言うものだから、有希は本当に学者か何かかと思った。
「何が何だかおじちゃんにはさっぱり分からんよ。まぁ、若い者同士楽しんでくるといいよ」
「ふふ、そうかなぁ。簡単なのに」
「こら、有希。おじさん困ってる」
久しぶりに出た街中はきらきらと輝いて見えた。
ただ街灯が光っているだけなんだけれど。
病院の外にいる。それだけで僕はちょっと泣きそうになった。
「ありがとうございました」
中学生にしては、決して安くはないタクシー代を払って、僕たちはタクシーを降りた。
同じ部屋の大抵のご老人たちは、すぐいびきをかいて寝る。
夜勤の看護師さんもしばらくはパタパタと廊下を歩き回る音が聞こえる。
しかし23時にもなると、確かに何も聞こえなくなる。
遠くで心電図の機械のアラーム音が一定に聴こえてくるだけ。
多分、重症者に付けられてるやつだろう。
僕の番もいずれやってくる。僕は壁に立てかけられた松葉杖を取った。
「よし」
布団を適当に膨らませて、財布だけ持って、いかにもなんでもありませんよって感じで部屋を出る。
服はリハビリ用のスウェットの上に上着だけ着た。ナースステーションは通らない道をゆっくり歩く。エレベーターのボタンを押すときは、少し指先が震えていた。
ハハ、このくらいのことで。僕って意外と真面目だったんだ。
「やっと来た」
地下の非常ドアの前に、有希は立っていた。
感情を置いてきてしまったような冷たい声で、そう言ってため息を吐いた。
「約束通りだろう」
僕が少し怒ったように言うと、人差し指を立ててシッと、静かにの合図をする。
そのまま有希が非常ドアを開けてくれたので、松葉杖のまま外に出た。
「どうぞ〜」
外に出るとタクシーが既に横付けされていて、人の良さそうなおじさんがすぐに扉を開けてくれた。
「お客さんたち、どこまで?」
僕は有希を見た。有希も僕を見ていたが、僕の中になんの案もないことを見透かしたように一瞬で目を離した。
「M山のロープウェイ乗り場まで」
「え、もう閉まってるんじゃ?」
「あぁ、今期間限定でイルミネーションやってるからねぇ」
タクシーのおじさんは穏やかな口調で言った。
「君たち医学生? 今どきは夜遅くまで大変なんだねぇ」
「私たち、ミトコンドリアの研究してるんです。ミトコンドリアは細胞のエネルギーの発電所とも言われていて、人間が死ぬ時、ミトコンドリアも細胞死の状態になります。いわゆるアポトーシスです。それを以て人の死とするのか、あるいは心臓が止まった瞬間に人は死ぬのか。でも臨終ですという医者の声が聴こえていたという研究もあります。人の死とはなんなんでしょう。興味深くはありませんか」
有希はペラペラと嘘八百を並べた。
余りにもサラサラと訳の分からないことを言うものだから、有希は本当に学者か何かかと思った。
「何が何だかおじちゃんにはさっぱり分からんよ。まぁ、若い者同士楽しんでくるといいよ」
「ふふ、そうかなぁ。簡単なのに」
「こら、有希。おじさん困ってる」
久しぶりに出た街中はきらきらと輝いて見えた。
ただ街灯が光っているだけなんだけれど。
病院の外にいる。それだけで僕はちょっと泣きそうになった。
「ありがとうございました」
中学生にしては、決して安くはないタクシー代を払って、僕たちはタクシーを降りた。



