悠真「……行かないで。」
熱で掠れた、小さな声。
その一言に、その場の空気が静まり返る。
悠真自身も、自分が何を言ったのか分かっていないようだった。
目を閉じたまま、苦しそうに呼吸を繰り返している。
莉麻は顔を覗き込んで悠真と目線を合わせる。
莉麻「悠真くん。」
そっと名前を呼ぶ。
悠真はゆっくり瞼を開けた。
焦点の合わない瞳が、莉麻を見つける。
その瞬間だけ、少し安心したように表情が緩んだ。
莉麻「私はちゃんといます。どこにも行きませんから。」
悠真は莉麻を見つめたまま、小さく頷く。
それでも、掴んだ服は離れない。
奈津はその様子を見て苦笑し、小さく肩をすくめ莉麻に目線を向ける。
奈津「悪いけど、このまま一緒に乗ってくれない?」
突然のお願いに莉麻は目を丸くする。
奈津「この状態じゃ、たぶん一人じゃ落ち着かない。」
莉麻は悠真を見つめた。
自分の服を握る手は、まだ小さく震えている。
その手をそっと包むように優しく触れ、微笑んだ。
莉麻「分かりました。一緒に行きます。」
その返事を聞くと、悠真は安心したように小さく息を吐いた。
奈津は後部座席へ乗り込む莉麻を見ながら、心の中で静かに思う。
――この子は。
悠真にとって、もう特別な存在になり始めているのかもしれない。



