春空は、ふっと視線を逸らした。

春空「……奈津、ずるいな。」

冗談みたいな言い方だった。

けれど、その表情は笑っていない。

悠真も何も返せなかった。

自分だって同じことを思っていたから。

奈津は、莉麻の肩で少しだけ体勢を変えた。

その動きに莉麻が気づく。

莉麻「奈津くん、少し楽になった?」

奈津「……うん。」

奈津がゆっくり顔を上げる。

目が合うと奈津は少しだけ照れたように笑った。

奈津「莉麻ちゃんがいてくれて、よかった。」

その言葉を聞いた瞬間廊下にいる悠真の胸が、また苦しくなった。

――自分だって。

自分だって、莉麻にそう言いたい。

「いてくれてよかった」って。

「そばにいてほしい」って。

何度も思っている。

なのに奈津のほうが一歩先に、莉麻との距離を縮めているように見えた。

悠真「……。」

春空も、黙ったままだった。

けれど、しばらくして小さく息を吐く。

春空「……莉麻ちゃん、鈍いよね。」

悠真「……え?」

春空「たぶん、何も気づいてない。」

悠真は莉麻を見る。

確かに莉麻は、奈津に特別なことをしているという自覚がないようだった。

ただ心配してただ優しくしてただ、大切な仲間として寄り添っている。

それが分かるからこそ――。

三人の気持ちが、まだ交わっていないことも分かってしまう。

春空「……でも。」

春空は少しだけ笑った。

春空「俺も、譲るつもりないけど。」

悠真の目が、わずかに見開かれる。

春空はそれ以上何も言わず、先に歩き出した。

悠真「……春空。」

呼び止めようとしたけれどその先の言葉が出てこない。

――自分も同じだから。