あきない恋を、君と夜の街で。〜氷の貴公子の裏の顔〜

夜の八時。
昼間の真面目な雰囲気が嘘のように、歓楽街のネオンがギラギラと妖しく光る繁華街。

重く響く低音の排気音とともに、一台の黒い大型バイクが路地裏の暗闇を疾走していた。
ノーヘルで風を切る影。制服の上着を脱ぎ捨て、黒の革ジャンを羽織ったその男こそ、学校での優等生ぶりが嘘のような「裏の顔」を持った春夏冬秋人だった。

「ふう……っ」

 人気の少ない薄暗い路地裏にバイクを止め、エンジンを切る。
 ポケットから取り出した煙草にライターで火をつけ、紫煙を夜空へと吐き出した。

(くだらない)

 昼間の「完璧な生徒会長」としての疲労が、泥のように身体にへばりついている。
 家に戻れば、壁一面に飾られた兄や姉の表彰状や写真。父親からの「秋人、次の模試も当然首位だろうな」という冷淡なプレッシャー。
 この夜の街で暴走し、無免許でバイクを乗り回し、喧嘩に明け暮れる時間だけが、自分が「生きている」と実感できる唯一の呼吸孔だった。

「おいおい、兄ちゃん。いいバイク乗ってんじゃねえか」

 暗がりから、下品なニヤニヤ笑いを浮かべた男たちが三人生えてきた。髪を派手に染め、刺青をちらつかせた典型的な街のチンピラだ。

「高校生だろ? 無免許でこんな排気量乗ってちゃマズいんじゃねえの? 警察に言わないでおいてやるから、鍵と財布置いていけよ」

 秋人は煙草の灰を路上に落とし、冷めきった瞳でチンピラたちを見下ろした。

「失せろ。鬱陶しい」
「ああ? 調子に乗ってんじゃねえぞ、ガキが!」

 先頭の男が掴みかかろうと腕を伸ばす。
 次の瞬間、秋人は煙草の火を男の手の甲に押し付け、悲鳴を上げる隙を与えずに顎へ鋭い膝蹴りを叩き込んだ。

「ガハっ……!?」

 崩れ落ちる男。残りの二人が怒声を上げて殴りかかってくるが、秋人の動きには一切の迷いがない。相手の拳を軽々と受け流し、鳩尾へ強烈なストレート、さらに後頭部へ蹴りを叩き込む。
 わずか数十秒。路地裏には、冷たいコンクリートの上でのたうち回る男たちの呻き声だけが残された。

「……ハァ、ハァ……」

 拳についた血をブレザーの袖で乱暴に拭う。
 殴っても、蹴っても、胸の奥にある黒い欠落感は一向に満たされない。むしろ、殴ったぶんだけ自分の価値が下がっていくような、言いようのない虚しさが広がっていくだけだった。

「……帰るか」

 バイクに跨り、再びエンジンをかける。重低音が夜の街に響き渡った。