君と迎えるクランクアップ

「おい聞いたか? 次の第7話、ついにふたりの告白シーンからの……アレだろ」



「あー、あの話題のキスシーンね! 脚本のaihara先生が『ここ一番の山場だからガチでいってくれ』って注文つけたらしいぜ」



撮影の合間、スタッフたちのそんな話し声が耳に入り、塁の手がピタリと止まった。



第7話。ついに物語のクライマックスに向けた、最大の山場がやってくる。



控室の前に戻ると、ちょうど扉が開いており、中の様子が見えた。



「ねえRENくん、ここのセリフのトーンさ、もう少しこうした方がいいかな?」



「お、いいねえ。じゃあさ、本番のつもりでちょっと合わせてみようか」



リハーサルという名目で、RENが優愛の手を取り、至近距離まで顔を近づけている。



演技の一環だと頭では分かっていても、目の前で繰り広げられるその光景に、塁の理性は音を立てて崩れかけていた。



「……失礼します」



低く冷たい声を出しながら、塁はわざと音を立てて控室に入った。



「あ、塁くん。ちょうどよかった、今のシーンの立ち位置さ……」



RENが爽やかに振り返るが、塁はそれを遮るように優愛の前に立った。



「スケジュールの確認です。次のシーン、予定より十五分前倒しになりますので、準備をお願いします」



「……あ、うん。分かった」



塁のただならぬ空気を察知したのか、優愛は少し驚いたような顔をしてうなずいた。



RENも「お、おう、じゃあ準備してくるわ」と笑いながら控え室を去っていった。



ふたりきりになった途端、控え室の空気が重くなる。



「塁、さっきの入り方、なんか怖かったよ。何かあった?」



優愛が不安そうに声をかけてきたが、塁はもう感情を抑えきれなくなっていた。



「……あんなに近くで、何度も顔を近づけ合って楽しいのかよ」



「え……?」



「仕事だって分かってる。でも、見ているこっちの身にもなってくれよ……!」



口に出してしまってから、塁はハッとした。



今の言葉は、マネージャーの枠を完全に踏み越えている。



だが、優愛は驚いたように目を見張ったあと、ゆっくりと、その唇に嬉しそうな笑みを浮かべた。



「……そっか。塁、やっぱり嫉妬してたんだ」



「っ……!」



図星を突かれ、言葉を失う塁に、優愛は一歩一歩と近づいてきた。



その瞳には、仕事で見せるどんな演技よりも、真剣で熱い光が宿っていた。






「ねえ、塁。ちょっと付き合って」



「……どこにだよ」



「いいから、誰もいないスタジオの隅に来て」



第7話の撮影直前。



リハーサル室から引っ張られるように連れてこられたのは、薄暗い機材倉庫の裏手だった。



周囲に誰もいないことを確認すると、優愛は背中を壁に預け、じっと塁を見上げた。



「どうしたんだよ、もうすぐ本番の時間だぞ」



「ねえ、塁。私、あのシーンですごく不安なの」



「不安って……お前なら完璧にできるだろ」



「そうじゃなくて……キスシーンの角度のことだよ」



その言葉に、塁の息が止まった。



「き、キスシーンの角度……?」



「そう。RENくんとの本番の前に、どんな風に見えるのか、一度ちゃんとしたアングルを確認しておいた方がいい気がしてさ」



優愛は真面目な顔をしているが、その耳の端がうっすらと赤くなっているのに塁は気づいた。



「……そんなの、俳優同士で確認すればいいだろ。俺はマネージャーだぞ」



「でも、RENくんだと本気になっちゃいそうであれだから……信頼できる人に相手してほしいの。ねえ、塁、ダメ?」



上目遣いでそんなことを言われて、耐えられる男がこの世にいるだろうか。



「……ふざけんなよ、優愛」



塁はため息をつきながら、壁際にいる彼女のすぐ目の前まで歩み寄った。



逃げ場を塞ぐように、両手を壁につける――いわゆる、壁ドンのかたちになる。



「これで満足か?」



近すぎる距離に、優愛の息遣いが直接肌に伝わる。



優愛は少しだけ顔を赤らめながらも、怯むことなく塁の目をしっかりと見つめ返した。



「……口先だけじゃなくてさ、ちゃんと予行練習してよ。本番で失敗しないようにさ」



挑発するような、それでいて震えているその声に、塁の理性の堤防が完全に決壊した。



「……後悔しても、知らないからな」



潤んだ瞳を閉じた優愛の顔に、塁はゆっくりと顔を近づけていく。



カメラの回っていない、ふたりの秘密の空間で、本当の恋が動き出そうとしていた。