君と迎えるクランクアップ

「ねえ、aiharaさんの脚本って、本当にずるいよね」



スタジオの控え室。



次の出番まで少し時間が空いたため、ふたりきりになった空間で優愛がソファに突っ伏した。



開かれた台本のページには、赤字でびっしりとメモが書き込まれている。



大人気脚本家・aiharaが描く物語は、登場人物たちの細やかな心の機微がリアルで、読んでいるだけで胸が締め付けられるような台詞が満載だった。



「ずるいって、なにがだよ」



塁はテーブルの上の台本整理をしながら声をかけた。



「だってさ……第4話のここ。『好きになんて、なるはずなかったのに』ってセリフ。これ、絶対アドリブっぽく言ったら反則じゃない?」



そう言って優愛は起き上がり、真っ直ぐに塁を見据えた。



その琥珀色の瞳の奥に、強い光が宿っている。



「もしさ、塁が誰かにそんなこと言われたらどうする? ……あ、例えば、私が誰かにこのセリフを向けたとしたらさ」



「……仮定の話だろ。仕事のセリフにそんな感情持ち込むなよ」



「真面目~」



優愛がクッションをポスッと塁の胸に投げつけた。



威力はないが、プイとそっぽを向いた横顔は、見事なまでに不機嫌を示している。



「仕事だって分かってるけどさ。役になりきってると、本当にその人のことしか見えなくなっちゃいそうになるんだよ。今回の相手、RENだしさ」



「……RENがどうかしたのかよ」



つい、声のトーンが低くなる。



塁のその反応に気づいたのか、優愛はふっと意地悪な笑みを浮かべた。



「ふーん? 塁、もしかして嫉妬してる?」



「してない。嫉妬じゃない。マネージャーが担当タレントの心配をして何が悪い」



「はいはい、口だけは一丁前。……でもね、安心しなよ」



優愛は立ち上がり、塁の背後へと回ると、ふわりと甘いシャンプーの香りを漂わせながら耳元に顔を近づけた。



「私が本当に『好き』って言いたい相手は、こんな台本の中の人間じゃないから」



心臓が、耳元で激しく鳴り響いた。



振り返ろうとした瞬間には、優愛はもう数歩離れた場所で、いつもの澄ました女優の顔に戻ってドアノブに手をかけていた。



「じゃ、後半の撮影行ってくるね。マネージャーくん、しっかり見張っててよ?」



バタン、と扉が閉まる。



一人残された控え室で、塁は顔を両手で覆い、荒くなった息を整えるしかなかった。



あんなの、反則だ。心臓が持たない。