「……ねえ、塁。この制服、変じゃないよね?」
ドラマの専用控室。
鏡の前に座る早乙女優愛が、落ち着かない様子でスカートの裾を引っ張っていた。
普段、彼女がまとっているのは、凄腕の女医や冷徹な女性探偵を演じるための、洗練されたスーツやモードな衣装ばかりだ。
しかし、いま彼女が纏っているのは、オフホワイトの襟が眩しい、王道の高校生制服だった。
「変じゃないって。似合ってるよ、すごく」
ソファの背もたれにもたれかかり、台本から目を離さずに塁は答えた。
声のトーンは努めて冷静に保ったつもりだったが、内心では大いに動揺していた。
目の前にいるのは、日本中が恋焦がれる大人気女優・早乙女優愛。
だが同時に、かつてボサボサの髪で同じ中学校の通学路を並んで歩いていた、幼なじみの「優愛」そのものだったからだ。
「もう、適当に言ってない? 塁、さっきから一回もこっち見てないじゃん」
優愛がふっと頬を膨らませ、くるりと椅子を回転させてこちらを向く。
その整いすぎた顔立ちに制服という反則的な組み合わせが、直視するにはあまりにも眩しかった。
「見てるって。……ただ、似合いすぎてて、昔を思い出してたんだよ」
「昔……?」
「ほら、中学のとき。お前、高校に入ったら絶対ブレザーがいいって騒いでただろ。あの頃の理想通りだなと思ってさ」
塁が苦笑いしながら言うと、優愛の琥珀色の瞳がわずかに見開かれた。
それから、彼女は少しだけ恥ずかしそうに目を伏せ、小さく呟いた。
「……覚えてるんだ、そういうこと」
「幼なじみだぞ。お前の黒歴史はだいたい網羅してる」
「黒歴史って言わないの!」
バシッと軽く腕を叩かれる。
痛くない、いつもの慣れた距離感。
だが、その制服の袖口からほんのりと香るシャンプーの匂いが、いつもの「マネージャーと女優」の空気感を心地よく狂わせていく。
今回のドラマ『あなたのイチバンになりたくて。』を手がけるのは、いま最も世間を騒がせている大人気脚本家・aiharaだ。
恋愛ドラマ初挑戦となる優愛にとっても、そして彼女を一番近くで支える塁にとっても、特別な作品になることは間違いなかった。
「……ねえ、塁」
ふと、優愛が真剣な表情に戻り、塁を見つめた。
「今回のドラマさ、恋愛モノで……その、キスシーンもあるんだよ」
知ってるよ、と塁は心の中で飲み込んだ。
スケジュール管理をしているのは自分なのだから、台本の全容も誰よりも早く把握している。
頭では分かっていたはずなのに、優愛の口からそのワードが出た瞬間、胃のあたりがキュッと締め付けられた。
「……相手は、あのRENだろ? あいつ、アドリブ多いから気をつけろよ」
「そういうこと聞いてるんじゃないのっ!」
優愛がぷりぷりと怒りながら立ち上がり、塁の目の前に歩み寄る。
至近距離で見上げるその瞳には、撮影に向けたプロとしての決意と、――それだけではない、隠しきれない熱が揺れていた。
「私が本当に緊張してるのは、キスシーンそのものじゃないもん」
「じゃあ、なんだよ」
「……秘密。教えない」
意地悪そうに微笑むと、優愛はくるりと背を向け、ドアの向こうへと続く撮影スタジオの方へ歩き出した。
「ほら、塁! モニターチェック遅れるよ! マネージャーでしょ!」
「はいはい、分かってますって」
遠ざかる制服の背中を追いかけながら、塁はポケットの中でこぶしを強く握りしめた。
この恋心がクランクアップを迎えるまでに、どこまで耐えられるだろうか。
カメラの回らない場所で、ふたりの本当の物語が、いま静かに動き出していた。
ドラマの専用控室。
鏡の前に座る早乙女優愛が、落ち着かない様子でスカートの裾を引っ張っていた。
普段、彼女がまとっているのは、凄腕の女医や冷徹な女性探偵を演じるための、洗練されたスーツやモードな衣装ばかりだ。
しかし、いま彼女が纏っているのは、オフホワイトの襟が眩しい、王道の高校生制服だった。
「変じゃないって。似合ってるよ、すごく」
ソファの背もたれにもたれかかり、台本から目を離さずに塁は答えた。
声のトーンは努めて冷静に保ったつもりだったが、内心では大いに動揺していた。
目の前にいるのは、日本中が恋焦がれる大人気女優・早乙女優愛。
だが同時に、かつてボサボサの髪で同じ中学校の通学路を並んで歩いていた、幼なじみの「優愛」そのものだったからだ。
「もう、適当に言ってない? 塁、さっきから一回もこっち見てないじゃん」
優愛がふっと頬を膨らませ、くるりと椅子を回転させてこちらを向く。
その整いすぎた顔立ちに制服という反則的な組み合わせが、直視するにはあまりにも眩しかった。
「見てるって。……ただ、似合いすぎてて、昔を思い出してたんだよ」
「昔……?」
「ほら、中学のとき。お前、高校に入ったら絶対ブレザーがいいって騒いでただろ。あの頃の理想通りだなと思ってさ」
塁が苦笑いしながら言うと、優愛の琥珀色の瞳がわずかに見開かれた。
それから、彼女は少しだけ恥ずかしそうに目を伏せ、小さく呟いた。
「……覚えてるんだ、そういうこと」
「幼なじみだぞ。お前の黒歴史はだいたい網羅してる」
「黒歴史って言わないの!」
バシッと軽く腕を叩かれる。
痛くない、いつもの慣れた距離感。
だが、その制服の袖口からほんのりと香るシャンプーの匂いが、いつもの「マネージャーと女優」の空気感を心地よく狂わせていく。
今回のドラマ『あなたのイチバンになりたくて。』を手がけるのは、いま最も世間を騒がせている大人気脚本家・aiharaだ。
恋愛ドラマ初挑戦となる優愛にとっても、そして彼女を一番近くで支える塁にとっても、特別な作品になることは間違いなかった。
「……ねえ、塁」
ふと、優愛が真剣な表情に戻り、塁を見つめた。
「今回のドラマさ、恋愛モノで……その、キスシーンもあるんだよ」
知ってるよ、と塁は心の中で飲み込んだ。
スケジュール管理をしているのは自分なのだから、台本の全容も誰よりも早く把握している。
頭では分かっていたはずなのに、優愛の口からそのワードが出た瞬間、胃のあたりがキュッと締め付けられた。
「……相手は、あのRENだろ? あいつ、アドリブ多いから気をつけろよ」
「そういうこと聞いてるんじゃないのっ!」
優愛がぷりぷりと怒りながら立ち上がり、塁の目の前に歩み寄る。
至近距離で見上げるその瞳には、撮影に向けたプロとしての決意と、――それだけではない、隠しきれない熱が揺れていた。
「私が本当に緊張してるのは、キスシーンそのものじゃないもん」
「じゃあ、なんだよ」
「……秘密。教えない」
意地悪そうに微笑むと、優愛はくるりと背を向け、ドアの向こうへと続く撮影スタジオの方へ歩き出した。
「ほら、塁! モニターチェック遅れるよ! マネージャーでしょ!」
「はいはい、分かってますって」
遠ざかる制服の背中を追いかけながら、塁はポケットの中でこぶしを強く握りしめた。
この恋心がクランクアップを迎えるまでに、どこまで耐えられるだろうか。
カメラの回らない場所で、ふたりの本当の物語が、いま静かに動き出していた。



