冷徹営業トップは私の限界オタクでした


何も指示がなく取り残されてしまった陽菜子。
とりあえず、座って持ってきた荷物をデスクへしまう。
「春宮さん。」
女性職員に話しかけられた陽菜子。顔を上げる。
女性職員は、すらりとしたパンツスーツ姿の美人だった。きっちりと整えられた身なりからは、いかにも仕事ができそうな印象を受ける。その腕には、たくさんの領収書が抱えられていた。

「私、白石玲奈(しらいしれいな)。よろしくね。」

「よろしくお願いいたします。」

ペコッと頭を下げる。

にこやかに名乗った白石だったが、その笑顔は領収書の束を机に置いた瞬間、すっと消えた。

「さっそくだけど、この領収書の処理お願いね。」

指導のために来たはずなのだが、これも内容を確認する仕事なのだろうか。

「あなた、神崎さんに少し親切にされたからって、期待しないほうがいいわよ。」

椅子に座っている陽菜子を見下しながら言う。

「期待…ですか?」

陽菜子は意図がつかめず、わずかに首を傾げた。

「…神崎さんに特別扱いされてるなんて、勘違いしないほうがいいわよ。」

「特別…?」
「私、何も特別なことなんてしてもらってませんよ。」

「…は?」

白石の眉がぴくりと動いた。

「…本気で言ってるの?」

「ちょっと、ちょっと、白石~助っ人に来てくれた春宮ちゃんをいじめちゃダメだぞ。」

後ろから男性職員が声をかけてきた。
陽菜子が振り返ると、整えられた茶色い髪に、爽やかな笑みを浮かべた男性が立っていた。健康的に日焼けした肌も相まって、神崎とは正反対の親しみやすい雰囲気をまとっている。

「別にいじめてなんかないです。」

白石はツンとそっぽを向き、その場から離れた。

「俺、寺内 朝輝(てらうち あさき)。神崎とは同期なんだ。」

「よろしくね、春宮ちゃん。」

握手をしようと、手を伸ばす寺内。

「あ、はい。よろしくお願いいたします。」

陽菜子が手を伸ばした、その瞬間だった。
どこからともなく戻ってきた神崎が、二人の間へ滑り込むように割って入った。
宙に浮いたまま行き場を失った二人の手。その間に立つ神崎を、陽菜子は呆然と見上げた。

「寺内さん。不必要な接触はセクハラに該当します。」
(その手を引っ込めろ。陽菜子さんに触れるな!)

「相手も手を差し伸べてるし、同意の上だからいいでしょ。ね、春宮ちゃん。」

神崎の肩越しに、寺内がひょいと顔をのぞかせた。

「寺内さん。春宮さんを困らせないでください 」
(春宮ちゃん……? 気安く呼ぶな。陽菜子さんは俺の推しだ。同担拒否。)

神崎は寺内を遮るようにすっと手を出し、陽菜子からその顔が見えないようにした。

「困らせてんのはどっちだか。」
「あ、やべ、そろそろ俺行かなきゃ!」
「じゃあね~春宮ちゃん、今日、時間が合ったら一緒にランチしようね~ 」

(ランチだと……?)

寺内は言いたいことだけ言うと、 嵐のように去って行った寺内。
寺内の姿が見えなくなると、神崎は陽菜子へ向き直った。

「春宮さん、その領収書の束、どうしたんですか。」

「あ、これは、白石さんが置いて行ってしまって…。」

「またあいつか」と言いたげに、神崎は深いため息をついた。

「白石さんが失礼しました。これは春宮さん一人に任せるようなものではありません。まずは私も一緒に内容を確認します」

「あの、神崎さんが謝ることでは……」

「いいえ。春宮さんを困らせる行為は、私にとっても重大な問題です」

「そ、そうなんですか?」

陽菜子が不思議そうに目を瞬かせる。

「はい。極めて重大です」

神崎は真剣な表情でうなずき、自分のデスクに座った。

「ありがとうございます。神崎さんが一緒に確認してくれるなら、心強いです。」

にこりと笑いかけられた瞬間、神崎の肩がわずかに跳ねた。

(心強い…?)

神崎はにやける口元を隠すかのように、手をあて、陽菜子から顔をそらせた。

「神崎さん?」

「…何でもありません。」
(ダメだ。初日から尊すぎる。心臓が持たない。)

不思議そうに見つめる陽菜子の隣で神崎は必死に平静を装いながら領収書の束を手に取った。