陽菜子が命名した『ちくわくん』が営業成績がトップだったことが判明してから1週間が過ぎた。
その間、陽菜子は神崎と顔を合わせることはなかった。
神崎は営業成績トップのため会社にいることが少ないようだ。
「ねぇ、陽菜子、氷の王子とはどうなったの?」
昼休み。陽菜子は社員食堂で、経理部の隣席の同僚・伊藤恵美とカレーを食べていた。
「どうなったのってなんで?」
きょとんとする陽菜子。
「だって、先週…」
そう言いかけ、恵美は驚いた顔をする。
陽菜子の後ろでガチャガチャとお盆に置いた食器とスプーンが当たる音がした。
「陽菜子っ!うしろ!」
まるでお化けが出たかのように後ろを指さす。
陽菜子は不思議そうな顔をし、後ろを向く。
「あ…ち…神崎さん。」
『ちくわくん』と言いかけて、慌てて飲み込んだ。
神崎がお盆をもって、斜め後ろに立っていた。神崎の手に持つお盆が、小刻みに震えていた。

「はっ春宮さん、お疲れ様です…っ。」
(陽菜子さん…っ!一週間ぶりの陽菜子さん…。今日もかわいいですね。何食べてるんですか?僕もご一緒してもいいですか?…こんなこと聞いたら迷惑かな?)
平然を装う神崎だが、心は大荒れ、お盆も大荒れ。声も震えている。
冷徹なエリートとは思えないほどに。
「神崎さんも一緒にどうですか?」
その様子をみて恵美はにやにやと言った。
「あ、そうですね、ここ、空いてますよ。」
陽菜子も賛成。
隣の席をぽんぽんと叩く。お隣どうぞと言うように。
「え…。じゃあ、お隣失礼します。」
神崎の思考は停止。ロボットのように歩き出し、陽菜子の隣の席に座る。
「二人の接点ってなんなんですか?」
恵美はまたニヤニヤしながら、聞いてくる。
陽菜子はちらっと神崎を見る。
神崎は聞いていない。思考停止中のため。
「…この間、たまたま、家の近所の公園で会ったんだよ。ただそれだけだよ。」
陽菜子は平然を装い、昼食のカレーを口にしながら、咄嗟に半分嘘をついた。半分本当なのだから、いいだろう。
そんなフォローをしてくれた陽菜子に目を向ける神崎。
(…は?カレー食ってる。…俺とお揃い?…てかかわいすぎる。……無理だ。かわいすぎる。俺の心臓が耐えられない。ご飯食べてる陽菜子さん尊い。)
自分のお盆にのったカレーと陽菜子を交互に見る。
3往復ほどして、「ごほん。」と咳をし、ここは会社だと、正気に戻る。
「そうなんです。たまたま公園で会いまして。」
「へぇ〜。そうなんですね。でも陽菜子ってこの間はじめて営業部に行ったのに、なんで知ってたんですか?」
鋭い質問をする恵美。
陽菜子は適切な答えが出なかった。
(は?そんなの決まってんだろ。)
「残業している、陽菜子さんを何度かお見掛けしまして、同じ会社に勤めてるのは知っていました。」
カレーを食べながら神崎は淡々と答える。
(え?ちくわくんって私がよく残業してるの知ってたの…?)
陽菜子の手の動きが止まる。
知らないところで、誰かが自分の頑張りを見てくれていた。
その事実が、なぜか少しだけ嬉しかった。
恵美は再び質問をしようとした所、
「あ、春宮さん。神崎さんいいところに。」
営業部の部長が話を割って入ってきた。
「あ、はい。なんでしょう。」
陽菜子はスプーンを置き、部長を見る。
「ご飯中にすまないね。二人が一緒にいるなら、ちょうどいいと思ってね。 」
「春宮さん、明日から1週間営業部の様子を見てきてほしいんだよ。ほら、営業部っていつも領収書が遅れたり、不備があったりするだろ?だから、すぐそばに経理部の者がいれば、改善するかなってさっき会議で決定してね。」
「春宮さんしっかりしてるし、どうかな?」
しっかりしてる。面倒ごとをすぐ受け入れてしまう陽菜子を良いように言っている。
「わかりました。」
陽菜子が返事をする前に、神崎が答えた。
「いつも営業部が経理部の方々にご迷惑おかけして申し訳ございません。春宮さんなら、営業部の問題点にも気付いて改善してくださると思います。」
営業部の部長をまっすぐに見て言った。
「営業トップの君が言うなら、決定だね。」
じゃあ、そういうことでよろしくねと部長は去っていった。
「…神崎さん。」
「はい」
「私、営業部の方たちの邪魔にならずに、ちゃんと役に立てますかね? 」
陽菜子が心配そうな顔で神崎を見る。
(何その顔、かわいすぎる。写真に納めたい。納めて神棚に飾って祀りたい。)
「もちろんです。」
神崎は笑顔を向けた。
それは営業部で誰も見たことのない、柔らかな笑顔だった。

