冷徹営業トップは私の限界オタクでした

昼休み、二人は神崎おすすめの隠れ家カフェを訪れていた。

(ここなら会社の人は来ないだろう……。推しと二人きり……緊張するなぁ……)

「ちくわくん、このカフェ素敵ですね。」

「陽菜子さんが気に入ってくださり、よかったです。」
(陽菜子さん、なんで俺だけをランチに誘ったんですか?)

「あの……!今日はごちそうしますね!」

陽菜子は少し頬をこわばらせながら、神崎の目をまっすぐに見た。

「えっ!」
神崎が『私が出します』と言うより先に、陽菜子は続けた。

「私、気が付いちゃったんです。」

「私が残業したときに『お疲れ様です』って書いた付箋を添えて、お菓子を置いてくれていたのって、ちくわくんですよね? 」

陽菜子がまっすぐに神崎を見て言った。
神崎の頭は一瞬で真っ白になった。

(なんでそれを……?どこで気づいたんですか?まさか、気持ち悪がられる……!? )

神崎は裁きを待つように、ぎゅっと目をつむった。
神崎の返事を聞く前に陽菜子はつづけた。

「今日、ちくわくんが書いたメモをみて、付箋の字と同じだって気が付いたんです。それに、引き出しにあったお菓子も、いつももらっていたものと同じで…… 」

「私は嬉しかったです。」

予想もしなかった言葉に、神崎はゆっくりと目を開いた。

「私のことを見てくれている人がいて、お疲れ様って労ってくれる人がいるんだって……」

「私、頼まれると断れなくて……。仕事は好きなんですけど、やっぱり抱えすぎると疲れちゃうじゃないですか。」

「ありがとうございます。ちくわくん。あなたの優しさに、心が温かくなりました 。」



陽菜子は少し照れくさそうに、それでも嬉しそうに笑った。
ドクン、と神崎の心臓が大きく跳ねた。

(か、かわいい......!俺が勝手に置いていたお菓子を、喜んでくださっていた……!? もう今日が命日でもいい…… )

「でも、ちくわくん。どうして今まで言ってくれなかったんですか? 」

陽菜子は不思議そうに神崎を見た。

「今まで言えなくてすみませんでした。陽菜子さんからすれば、ろくに話したこともない相手からお菓子をもらうなんて、気味が悪いかもしれないと思って…… 。」

神崎は申し訳なさそうに目を伏せた。

「気持ち悪くなんてないですよ 。」

「さっきも言いましたが、嬉しかったんです。」

「だから、今日は私にごちそうさせてください! 」

(そ、そんな!推しにごちそうしてもらうなんて、できない…!)
「で、では……コーヒーだけ、ごちそうになります 」

「ダメです。今日はちゃんと、ご飯もごちそうさせてください 」

「う……。」
(え?怒った顔もかわいいって反則すぎる…!!)
「はい。」

二人は日替わりランチとコーヒーを注文した。

「あの、今さらなんですけど……会社の人がいないところでは、『ちくわくん』って呼んでも大丈夫ですか? 」

「……もちろんです。そう呼んでいただけるなら、光栄です 。」

神崎の耳は真っ赤に染まった。
五月半ばの暖かな日差しが、向かい合う二人を優しく包み込んでいた。

陽菜子が嬉しそうに笑う。その笑顔を見つめながら、神崎は今日という日を一生忘れまいと心に刻んだ。