結婚したくないはずの俺様社長に、成婚を強行されました

 迅の父が亡くなったのは突然だったと聞いている。急遽、後を継いだ彼は、この一年半、会社のために休むことなく走り続けてきたのだろう。息抜きすら煩わしいと思うくらいに。

「……また、時間を作ってどこかに出かけましょう」

 そう伝えると、迅は静かにうなずいた。

「そうだ、透子。これを君に」

 迅はジャケットポケットから小さな細長い箱を取り出し、テーブルの上に置いた。

「これ、もしかしてルナリアのルージュですか」

 艶のある箱には金色の筆記体で〝LUNÉRIA〟と書かれている。多くの女性が憧れるMSBのブランドの中でもひときわ高級なラインだ。

 透子は数年前に、母からこのラインのアイシャドウをプレゼントしてもらったことがある。

 ひと塗りで驚くほど繊細に色づく発色の美しさと、まぶたに溶け込むようななめらかな使い心地が忘れられず、すぐにファンになっていた。

 けれど、当然ながら価格帯も簡単に手が届くものではない。

 新作が出るたび気になってはいるものの、自分へのご褒美としてたまに買うのが精一杯だ。

(今さらだけど、迅さんはこのブランドを作っている会社の経営者なんだ)