──大学一年生の春。
高校を卒業してから、もう一か月が過ぎていた。涼は東京の大学へ進学し、私は地元の大学へ進んだ。
毎日顔を合わせていた日々は終わり、今は画面越しに“おはよう”と“おやすみ”を交わす毎日。
最初は寂しくて仕方がなかった。
家に帰っても、“おかえり”と言ってくれる涼はいない。
夕飯の時間に向かい合って笑うこともない。
───それでも、夜になるとスマートフォンが震える。
『今日もお疲れ。』
たった一言。それだけで心が温かくなる。
夏音は小さく笑いながら返信を打った。
『涼も、お疲れさま!』
画面の向こうにいるだけなのに、隣にいるような安心感があった。
───ある金曜日。
講義が終わった夏音のもとに、一通のメッセージが届く。
『明日、帰る。』
送り主は、もちろん涼だった。その四文字を見た瞬間、胸が高鳴る。
『本当に?』
『うん。昼には駅に着く。』
その夜は、ドキドキしてなかなか眠れなかった。
そして、翌日。
少し早起きをして、お気に入りの白いワンピースに袖を通す。
鏡の前で髪を整えながら、ふと笑ってしまう。
「……なんか、デートみたい。」
そう呟いた瞬間、自分で照れてしまった。駅前には、初夏の風が吹いていた。
改札の向こうから人が流れてくる。その中に、見慣れた背の高い姿を見つけた。
黒いリュックを肩に掛け、少しだけ大人びた表情で歩いてくる。
───涼だった。
二人の目が合う。一瞬だけ時間が止まったような気がした。
「……夏音。」
「おかえりっ」
その一言だけで、胸がいっぱいになる。涼は少し照れたように笑って言った。
「ただいま。」
その笑顔は、高校生の頃と何も変わっていなかった。
二人は並んで歩き出す……歩幅は自然とそろう。
離れていた時間を埋めるように、大学であった出来事を話し合う。
「東京はどう?」
「人が多すぎる。」
「ふふっ。涼らしい。」
「夏音は?」
「友達ができたよ。でもね……。」
───夏音は少しだけ立ち止まり、照れくさそうに笑った。
「やっぱり、一番話したい相手は涼だった。」
その言葉に、涼は歩みを止める。
少しだけ照れたように視線をそらしながら、小さく息をついた。
「……ずるい。」
「え?」
「そんなこと言われたら、今すぐ抱きしめたくなる。」
夏音の頬が一気に赤くなる。
「ここ駅前だよ?」
「分かってる。」
二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
遠距離になっても、会えない日が増えても。
好きという気持ちは、少しも変わらなかった。
むしろ、会えない時間があったからこそ、会える一日が何より大切になっていた。
「行こうか。」
「うん。」
二人が向かった先は、母が眠るあの場所だった。
───伝えたい言葉が、たくさんあったから。



