その日の放課後。
文化祭の準備が長引き、帰る頃には夕日が校舎を赤く染めていた。
「じゃあ、お疲れ!」
友達と別れ、夏音が昇降口へ向かうと、涼が一人で脚立を運んでいた。
──思わず足を止める。
「手伝おうか?」
涼は少し驚いたように振り向く。
「……まだいたのか」
「今終わったところだよ」
「無理しなくていい」
「でも重そうだし…」
──夏音は脚立の反対側を持つ。
二人で運ぶと、思っていたより軽かった。
「…ありがとう」
涼が小さくつぶやく
「え?」
「助かった」
その一言だけで、夏音の心は少し浮き立つ。
──学校でこんなふうに話すのは初めてだった。
誰も見ていない放課後だからこそ交わせる、ほんの少しの会話。
それだけで十分嬉しかった。
しかし、その瞬間…
「涼くーん!」
明るい声が響く。
二人が同時に振り返ると、一人の女子生徒が笑顔で駆け寄ってきた。
肩まで伸びた髪を揺らしながら、自然に涼の隣へ立つ。
「探したよ! 実行委員の打ち合わせ始まるって!」
「ああ、今行く。」
女子は夏音を見て軽く会釈したあと、涼の腕を軽くつかんだ。
「早く行こ!」
その距離の近さに、夏音は息をのむ。
涼は特に気にした様子もなく、そのまま歩き出した。
去っていく二人の後ろ姿。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
「…なん、で…?」
──ただ腕をつかまれただけ。それだけなのに、苦しい。
昨日まで感じたことのない感情だった。
帰り道、一人で歩きながら何度も考える。
「私と涼は家族だもんね…涼には友達だって沢山いる…」
こんなの気にする資格ないし…
そう言い聞かせても、胸の痛みは消えてくれなかった。
家に着くと、リビングにはまだ誰もいない。
静かな部屋に一人座り、テーブルに頬杖をつく。
窓の外では、夕焼けが少しずつ夜へと変わっていく。
──そのときだった。
玄関のドアが開く音がした。
「ただいま。」
聞き慣れた低い声に、夏音の心臓はまた、小さく高鳴った。
あんなに黒い感情に駆られていたのに、涼の声を聞くだけでそんな感情はどこかへ行ってしまう。



