「……光輝くん! 若葉! 早く、もうすぐ幕が上がるよ!」
双葉が慌てた様子でこちらに走ってきた。
彼女もまたドレスの裾を揺らしながら、少しだけ頬を紅潮させている。
双葉は私と光輝が近くにいるのを見て、ふっと優しい目を細めた。
「……若葉。私、怖かったけど、舞台に立つよ。お姉ちゃんとしてじゃなくて、私自身として」
その双葉の表情には、いつもの「無理をして作り上げた完璧さ」ではなく、確かな強さと美しさが宿っていた。
私は息を呑み、そして小さくうなずいた。
「……うん。行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
カーテンの向こうから、開演を告げるチャイムがけたたましく鳴り響く。
光輝がステージへ向けて歩き出す直前、私の手をもう一度ギュッと強く握りしめた。
「見ててね、若葉ちゃん」
その背中が、今度は「誰かのための主役」ではなく、私のたった一人の大切な人として、眩しく光り輝いて見えた。
演劇は大成功だった。
双葉の凛とした演技と、光輝の圧倒的な存在感に、体育館は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
劇のラストシーン。
王子がシンデレラの手を取り、静かに微笑み合うその瞬間を見届けながら、私はなぜか涙が出そうになるのを必死にこらえていた。
「――おい」
不意に隣から声をかけられ、顔を上げると、そこには智樹が立っていた。
彼はポケットに両手を突っ込んだまま、少し気まずそうにステージの上の双葉と光輝を見つめていた。
「……何よ、塩対応くん」
「……お前の姉ちゃん、けっこう頑張ってたな。……まあ、あいつのこういう無茶するとこ、相変わらず見ててイライラするけどさ」
その口調は相変わらずぶっきらぼうだったけれど、その瞳の奥には、いつもの冷徹さではなく、どこか穏やかな熱が灯っていた。
「……お姉ちゃんは、いつだって頑張り屋なんだから」
私は小さく笑いながら、智樹に視線を戻した。
「あんたもさ、たまには素直になりなさいよ。お兄ちゃんのこと、本当は大好きなくせに!!!」
「はあ!? なんでそうやって勝手に決めつけるんだよ!」
「決めつけてないよ? 事実じゃん!」
「はぁ? 決めつけてるじゃん!!」
真っ赤になって言い返す智樹の顔を見て、私は今日一番の心からの笑みをこぼした。
初めて、誰かを傷つけるための毒ではない、本当の笑顔が自分の胸から溢れ出していくのを感じた。



