Dear Darling

ひまりは、ICUで静かに眠り続けていた。

 一日――。

 二日――。

 三日――。

 規則正しく響く心電図の電子音だけが、静まり返った病室に時を刻んでいた。

 蓮は仕事の予定を調整しながら、毎日病院へ足を運んだ。

 眠るひまりの傍らに腰を下ろし、その手をそっと握る。

「また来たよ。」

 穏やかな寝顔を見つめ、蓮は小さく微笑んだ。

「明日も来るから。」

 その言葉は、四日間、毎日繰り返された。

 そして四日目の朝――。

 春の柔らかな陽射しがカーテンの隙間から差し込み、ひまりの頬を淡く照らしていた。

 その時、小さく指先が動く。

「……!」

 異変に気づいた看護師がベッドへ駆け寄った。

「藤堂さん、聞こえますか?」

 ゆっくりと瞼が震える。

 重たい瞼を開くと、白い天井がぼんやりと視界に映った。

 身体は鉛のように重い。

 息を吸うたび喉がひりつき、腹部には鈍く重い痛みが走る。

「……っ。」

 思わず小さく顔をしかめた。

「よかった。」

 看護師は安堵したように微笑む。

「先生をお呼びしますね。」

 まもなく担当医が病室へ入ってくる。

「藤堂さん、私の声が聞こえますか。」

 ひまりはゆっくり頷いた。

「ここは病院です。事故によるけがで緊急手術を行いました。手術は無事に終わっています。」

 事故――。

 その言葉に、途切れていた記憶が蘇る。

 運転席には春香。

 道路へ転がるボール。

 正面から迫る大型トラック。

 激しい衝撃。

 ……その先は、思い出せない。

 ひまりはゆっくりと目を閉じ、小さく息を吐いた。

 ――助かったんだ。

「ご家族をお呼びします。」

 数分後、病室の扉が開いた。

「……ひまり。」

 蓮だった。

 目の下には深い隈が浮かんでいる。

 疲労は隠せなかったが、それでもいつものように整えられた身なりは、どこまでも蓮らしかった。

 目が合った瞬間、蓮の瞳から涙がこぼれ落ちる。

「……蓮。」

 掠れた声で名前を呼ぶ。

 蓮は何度も頷きながら、ひまりの手を握り締めた。

「……よかった。」

 その一言だけで声が詰まる。

 ひまりはゆっくりと右手を持ち上げた。

 思うように力は入らない。

 それでも精いっぱい指先を伸ばし、涙で濡れた蓮の頬へそっと触れた。

「……ごめんね。」

 掠れた声が、小さく震える。

 蓮はその手を両手で包み込み、そっと微笑んだ。

「ありがとう。」

 一筋の涙が頬を伝う。

「帰ってきてくれて。」

 ひまりの瞳からも、静かに涙があふれた。

 その時、病室の扉が再び開く。

「ひまり……!」

 母だった。

 娘の姿を見るなり駆け寄り、その手を優しく包み込む。

「生きていてくれて……本当によかった。」

 涙で言葉を詰まらせながら、何度も何度も頷く。

 ひまりも涙を浮かべ、小さく微笑んだ。

「……心配、かけちゃったね。」

 母は首を横に振った。

「大丈夫。」

 病室には、安堵の涙だけが静かに流れていた。

 しばらく穏やかな時間が過ぎる。

 ひまりはふと辺りを見回した。

「……春香は?」

 その瞬間、病室の空気が静かに止まる。

 蓮はひまりの手をそっと握り直した。

「先生から、お話があるよ。」

「今はゆっくり休もう。」

 母も微笑みながら、小さく頷くだけだった。

 ひまりは二人の表情を見つめ、小さく頷く。

 窓の外では、桜の花びらが春風に乗って静かに舞っていた。