Dear Darling

ひまりは、そっと日記の表紙を開いた。

少し色褪せた紺色の表紙。

『Diary 201X』

指先でその文字をなぞり、一枚目をめくる。



1月1日

新年。

お正月っていう気分じゃない。

受験まであと少し。

お母さんがお雑煮を作ってくれたけど、緊張で半分しか食べられなかった。

あと少し。

頑張れ、私。



ページは春へ進む。

受験当日。

合格発表。

高校卒業。

高校時代の恋人とは、卒業の日に笑顔で別れた。

初めての一人暮らし。

料理は失敗ばかり。

でも、それも少し楽しかった。

大学の入学式。

新しい友達。

新しい講義。

毎日が新鮮で、気付けば大学生活にも慣れていた。

また一枚、ページをめくる。



10月○日

今日は、少しだけ特別な日だった。

午前の講義が終わって、お気に入りの木の下で本を読んでいた。

風が気持ちよくて、この場所が好き。

今日、いつもと違ったのは。

男の人に話しかけられたこと。

一つ年上の先輩で、経済学部なんだって。

「次の講義まで時間あるんだけど。」

先輩は文庫本を見せながら笑った。

「ここで読んでてもいい?」

「もちろんです。」

少し離れた場所へ腰を下ろす先輩。

その本の表紙を見て、思わず声が出た。

「あっ、その作家さん、私も好きなんです。」

「本当?」

そこから本の話が始まった。

好きな作品。

好きな登場人物。

読み返した場面。

気付けば講義のチャイムが鳴っていた。

「俺、蓮。」

「経済学部二年。」

「私は、ひまりです。」

「文学部一年です。」

「じゃあ、また。」

「はい。」

不思議な先輩だった。



10月○日

また会った。

「こんにちは。」

先輩が先に笑った。

「こんにちは。」

今日は違う作家さんの話。

読んだ本が同じだと、なんだか嬉しい。



10月○日

今日は好きな小説の話で盛り上がりすぎた。

「あの終わり方、反則ですよね。」

思わず立ち上がってしまったら、

「そんなに?」

って笑われた。

ちょっと恥ずかしかった。

でも、私も笑ってしまった。



11月○日

今日は雨。

木の下じゃ読めないねって話になって、二人で図書館へ行った。

静かな閲覧室。

向かい合わせで本を読むだけ。

なのに、不思議と居心地がよかった。



11月○日

今日も会った。

講義のこと。

最近読んだ本のこと。

学食の新メニューのこと。

話すことは特別じゃない。

でも、時間はあっという間に過ぎる。



11月○日

気付いた。

木曜日になると、自然とあの木の下へ向かっている。

先輩がいるかな。

そんなことを考えている自分が、少しだけ可笑しかった。

今日も先輩はいた。

「こんにちは。」

「こんにちは。」

その一言だけで、なんだか嬉しくなる。

どうしてなんだろう。

まだ、分からない。

でも。

最近、毎週木曜日が少し楽しみ。

その一文は、少しだけ弾むような文字で書かれていた。

ひまりは静かにページを閉じた。

窓の外では、夕暮れの光が庭の木々をやさしく照らしていた。