私立鳳学園の昼休みは、いつもと変わらない穏やかな時間が流れていた。
新入生の俺、高橋は、中庭のベンチで一人パンをかじりながら、目の前を通り過ぎる「あの人」の姿に目を奪われていた。
学年トップの成績、乱れのない美しい黒髪、そして誰に対しても崩さない丁寧な敬語。
彼女の名前は九条 澪。この学園の誰もが憧れる、高嶺の花だ。
「あら、高橋君。そんなところでパンを食べていると、風邪を引いてしまいますよ?」
すれ違いざま、彼女が俺に向かって上品に微笑んだ。
心臓が跳ね上がる。
「み、ミオさん! 大丈夫です、ありがとうございます!」
「ふふ、なら良いのですが。では、放課後の委員会で」
小さく手を振って去っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、俺はただの一般生徒である自分との身分の違いを噛み締め、ため息をついた。
――しかし、俺はその日の放課後、この学園の「本当の姿」を知ることになる。
放課後、裏門近くの路地裏。
俺は運悪く、他校のガラの悪い不良3人に囲まれていた。
「おい鳳のガキ、ちょっと面貸せや。財布出せよ」
「や、やめてください……!」
スマホも奪われ、壁に押し付けられて絶体絶命。涙がこぼれそうになったその時――。
腹の底に響くような、重厚なバイクの排気音が路地裏を震わせた。
バリバリバリと、爆音を立てて現れたのは、カスタムされた漆黒の単車。
それに続くように、鳳学園の制服を独自のスタイルで着崩した集団が路地を埋め尽くしていく。
その胸元には、誇らしげに『黒曜(こくよう)』の文字が刺繍されていた。
「チッ、鳳の暴走族か……!」
他校の不良たちが身構える。
バイクの集団が左右に分かれ、道を作る。その中央から静かに歩み出てきたのは、一人の少女だった。
ブレザーを肩に羽織り、冷徹な一瞥をこちらにくれる。
その顔を見て、俺は息を呑んだ。
え……ミオ、さん……?
いや、違う。昼間のお淑やかな彼女の面影はどこにもない。
彼女を取り囲むように並んだ、見るからに強そうな幹部たちが、一斉に頭を下げて深く一礼した。
「「「レイさん、お疲れ様です!!」」」
「レイちゃん、お疲れ様!!」
レイさん。俺たちの知らない、彼女の本名。
一握りの幹部だけが呼ぶことを許された、夜の支配者の名前。



