讐牟D.C.滅亡都市




「──エヴァ」


 その呼び声に背後を振り返ってみると、柔和な笑みを浮かべる美しく整った顔立ちの青年と視線がぶつかる。
 プラチナブロンドの髪は綺麗に整えられ、風に揺れてサラサラと流れる様子はとても柔らかそうだ。微笑んでいても、どこか少し冷たさを感じる涼しげな目元によく似合っている。
 そんな彼は、おそらく誰の目から見ても好青年にしか見えないのだろう。事実、文武両道で絵に描いたような優等生の彼は、妹の私とは違って両親自慢の息子なのだ。


「探したよ」

「…………。ちょっと一人で買い物がしたくて」

「それならそうと、連絡くらいくれないと。迎えに行ったのにいないから心配したよ」

「……ごめんなさい」

「…………。どうやら目当ての買い物はまだのようだね。学校帰りにそのまま遊ぶのはあまりお勧めできないけど……今日は僕がいるからね。エヴァの買い物に付き合うよ」


 私の手元をチラリと確認した兄は、そう告げるとニッコリと微笑む。その有無を言わせぬ空気にコクリと小さく頷くと、私の歩幅に合わせて歩き始めた兄と二人並んで歩みを進める。

 都市ニゲラの中心街はやはり流石とでも言うべきか、通勤通学で利用している人は勿論のこと、買い物や遊び目当ての人達で相変わらず賑わっている。こうして学校帰りに立ち寄ることも滅多にないせいか、ついつい忙しなく視線が彷徨ってしまう。それだけ、煌びやかで目を惹く建物が多いのだ。
 そんな私の様子に気付いたのか、兄は時折「目当てのものは見つかった?」と確認してくるものの、私は小さく横に首を振って応えるだけだった。もとより、目当ての買い物などないのだ。ただ一人でいる為の口実だったのだから。

 人の波にあふれかえる喧騒の中、一人立ち止まった私は前方を眺めた。これだけ沢山の人達が行き交っているというのに、まるで私のことなど誰も見えていないかのように通り過ぎてゆく。
 たまにぶつかってくる人達の勢いに押されては、右へ左へとふらふらとよろける。


「──エヴァ!」


 少し離れた前方で、慌てたような声を上げながらこちらに向かってくる兄の姿を目にした──次の瞬間。突如として上空に眩い閃光が走り、その眩しさに思わず目を瞑った私は、その光を遮るようにして右手をかざした。
 うっすらと開いた視界の先に見えたのは、上空一面を覆うほどの鮮烈な黄みがかった白い光。その場にいた誰もが足を止め、一瞬にして遠のく喧騒。


「綺麗……」


 思わず溢れ出たその言葉は、自分でも気付かないほどに無意識だった。時間にしてどれくらいだっただろうか──おそらく数秒の出来事だったのであろうそれは、突然の轟音とともに押し寄せた爆風によって、私の身体を勢いよく吹き飛ばした。
 打ち付けられた身体でゆっくりと上半身を起こすと、ズキリと痛みの走った左足へと視線を向けてみる。


 「……ゔ……、っ」


 その痛みに思わず小さな呻き声を上げると、私は瓦礫に挟まった左足を引き抜いた。一体、何が起きたのだろうか──。最後に目にしたのは、眩いほどの閃光だったことだけは覚えている。
 呆然とする頭のままゆっくりと辺りを見渡してみると、そこかしこに血を流して倒れている人々の姿、(すす)まみれで泣いている子供の姿が目に入る。つい先ほどまで華やかに活気づいていた街並みは跡形もなく崩れ落ち、所々で炎を上げながら瓦礫と化している。
 その地獄絵図のような惨状を前にしてもなお、私の壊れた心は何一つ変わりなかった。そんな自分自身にツキリと胸を痛めると、悲しみにそっと顔を歪めながら、擦り傷だらけの両手で地面を固く握りしめる。


(いっそ、このまま死ねたらよかったのに──)

 
 吹き付ける熱風にプラチナブロンドの髪を(なび)かせながら、私はただ、静かに目の前の光景を眺めた。



 ──シュメル歴六百七年、八月九日。

 この日、都市ニゲラは突如として現れた閃光によって一瞬にして崩壊した。