讐牟D.C.滅亡都市




 三人の軍人によって保護された私達は、かれこれ二十分程かけて徒歩で移動すると、目の前にそびえ立つ重厚な扉を見上げた。


「…………」


 岩場の間に隠れるようにして設置された扉は、寂れたこの場所に随分とそぐわないほどに厳重な造りをしている。こんな施設が存在していただなんて、おそらく一般人は知る由もないだろう。それほど徹底して存在が隠されている──そんな印象を受ける。
 繋いだ左手にギュッと力を込めると、それに気付いたキンカと顔を見合わせてコクリと頷く。

 ゴゴゴと重低音を響かせながら開いた扉。その先に控えていた警備兵らしき軍人と挨拶を交わすと、そのまま私とキンカを連れてその先にあるエレベーター前へと移動する。
 先導して歩いていたリーダーらしき三十代の軍人は、こちらを振り返ると静かに口を開いた。


「今からこのエレベーターに乗って地下へ行きます。もともとはただの研究施設ですが、現在は緊急措置として生存者の保護施設となっています。安全は保証されているので安心して下さい」


 淡々とした口調でそう告げた軍人は、私達が返事をしたのを確認するとエレベーター内へと足を進める。それに(なら)うようにして全員で乗り込むと、地下へと向かって動き出したエレベーター。ようやく安全な場所に辿り着いた実感に、ホッと小さく安堵の息を漏らす。
 ほどなくして地下へと到着すると、静かに開いてゆくエレベーターの扉。その先に立っていたのは、赤縁眼鏡を掛けた利発そうな白衣姿の女性だった。年齢は、おそらく三十代は超えているだろう。だけど、綺麗な容姿も相まって実際のところはよく分からない。


「生存者二名を保護しました」

「ご苦労様。後はこちらに任せてあなた達は任務に戻りなさい」

「はい」


 そんなやり取りを黙って静観していると、その視線に気付いた女性は私達の方へと視線を向ける。


「ようこそ。地上は大変だったでしょう? ここには充分な食料もあるし、安全だから安心してちょうだい」

「……はい」

「……ありがとうございます」


 口々にそう答えると、優しく微笑んだ目の前の女性。


「私はこの施設の責任者のロベリア・リンドウよ。施設はここ以外にも複数あって、その全ての統括責任者でもあるわ。よろしく」

「……センカ・ヤンテです。よろしくお願いします」

「キンカ・ヤンテです……」

「二人は姉妹なのね」

「はい、双子です」

「そう……。疲れているところ申し訳ないんだけど、二人にはまず検査をしてもらわなければならないの」

「検査、ですか……?」
 

 検査という言葉に不安げな表情を浮かべると、それに気付いたリンドウは柔和な笑みを浮かべる。


「大丈夫よ。予防接種を受ければ心配ないわ」

「予防接種……?」

「聞いてなかったかしら? 地上は今や空気汚染が蔓延しているのよ。今からでも予防接種は間に合うから、その点は安心してちょうだい」

「「……はい」」


 キンカと顔を見合わせてからそう答えると、「それじゃ、行きましょうか」と告げて歩き始めたリンドウ。その背中を追いかけるようにして歩き始めるも、初めて目にする物珍しさからキョロキョロと辺りに視線を送る。
 見渡す限りが白で統一された施設内は、地上の有り様と比べるとまるで別世界のようだ。一見するととても清潔感のある白も、こうして見てみると随分と無機質に感じる。それもきっと、この施設が元々は研究施設だからなのだろう。
 その後に案内された一室で検査と予防接種を終えると、二人同室の寝室を与えられた私達は、そこに置かれていたベッドに腰を下ろした。


「頭の怪我は大丈夫?」

「うん。キンカは?」

「私も大丈夫だよ」

「…………」

「…………」


 手当てされたばかりの身体を互いに気遣うと、自然と訪れる長い沈黙。いざ安全な場所に保護されてみると、考えてしまうのは父と母のことばかり。きっと、それはキンカも同じなのだろう。悲し気な表情を浮かべている様子からも、それは一目瞭然のことだ。
 それでも、こうして助かったのが自分一人だけではなかったことには少しだけ救われる。おそらく、私一人ではこの状況に耐えられはしなかっただろう。隣にいるキンカの手をそっと優しく手に取ると、それに気付いたキンカが視線を合わせる。


「なにがあっても、私達はずっと一緒だからね」

「……うん」


 涙ながらにそう答えたキンカは、静かに微笑むと私を抱きしめた。


 それからの私達は、互いの存在だけを頼りに施設での単調な毎日を過ごしていた。施設に保護されてからの四日間、一日に複数回決まった時刻に検査を受ける以外は、特にこれといって何もすることのない日々。だからといって別に不満があるわけでもなく、こうして無事でいられるだけで充分に有難い。
 唯一気になることといえば、昨夜から続いているこの発熱だ。今朝は昨日よりも気怠さを感じる。


「センカ……大丈夫?」


 中々ベッドから起き上がらない私を見て、心配そうに顔を覗き込むキンカ。


「うん……」


 のろりと起き上がると、そんな私の額に手を当てたキンカは不安げな表情を浮かべる。


「昨日より熱が上がってる……。ねぇ、本当に平気?」

「うん……正直、ちょっとしんどいかも」

「水飲む?」

「……ありがとう」


 差し出されたグラスを手に取ると、熱く火照った身体を冷ますために水分補給する。


「ごめん……これじゃキンカにも風邪移しちゃうね」

「ううん、そんなこと気にしないで」


 甲斐甲斐しく世話してくれるキンカに謝罪をすると、なんでもないことのようにそう答えたキンカ。


「薬もらってくるから、センカはゆっくり休んでて」

「……うん、ありがとう」


 その言葉に促されるようにして再びベッドに横になると、部屋を後にするキンカの背中をぼんやりと眺める。視点が定まっていないせいか、なんだか全てのものが二重に歪んで見える。


(ああ……、ほんとにヤバイかも……っ)
 

 朦朧(もうろう)とする意識の中でそんなことを思ったのを最後に、私の意識はそこでプツリと途絶えた。



──────


────



『呼……、拍正常』

『……化……手のみ……』


 ぼんやりとした意識のままゆっくりと瞼を開くと、突然降り注いできた強烈な眩しさに思わず右手で視界を遮る。その右手に繋がれている沢山の管と感覚の違和感に、覚醒しきれていない頭のまま困惑する。


(何が……どうなってるの……?)
 

「…………」

「八番意識回復。脈拍、呼吸ともに安定。両目にも変化の兆候あり」


 無機質な言葉が響く中、その言葉の意味すら理解できないまま呆然とする。

 確か、最後の記憶では高熱でかなり身体が辛かったことだけは覚えている。薬をもらってくると言って出て行ったキンカを見送って──おそらく、その後私は意識を失ったのだろう。
 

「眼球の状態を確認しろ」

「はい」


 そんな言葉とともに視界を遮っていた右手をどかされると、再び強烈な眩しさに晒される。


「……っ、やめて!」


 思わず拒絶の言葉を発して暴れると、その場にいた複数人の職員達によって身体を押さえつけられる。


「暴れないでください。あなたは空気感染による副作用で倒れたんです。これはそのための検査です」

(…………空気感染……?)


 それなら初日に予防接種を受けたはずだ。あれでは万全ではなかったということなのだろうか……? だとしたら、あの高熱も風邪のせいではなかったのだろう。どうりで尋常じゃないほどの怠さだったわけだ。
 そんなことを思いながらも、おとなしく職員の指示に従う。


「少しの間我慢してください」


 そう告げながら小さなペンライトのようなものを当てられ、あまりの眩しさにズキズキとした痛みが走る。


「虹彩欠如がみられる。瞳孔、網膜に異常はなし」


 淡々とそう告げる職員の言葉を受けて、何やら入力しているのかカタカタとタイプを打つ音が聞こえる。


「視力は特に問題ないとは思いますが、そのままでは不便でしょうから遮光ゴーグルを用意します」

「……はい」


 わけも分からないままそう答えるも、先程から右手の違和感が拭えない。


「あの、右手がなんか変なんですけど……」


 恐る恐るそう尋ねてみると、声色一つ変えない職員は淡々と告げる。


「それはきっと右肘から下が変化したからでしょう。副作用です」

「…………」

(変化……? 副作用……?)


 先程から、この職員の言っている意味がさっぱり分からない。
 確かに私は空気感染による高熱で倒れた。その副作用として、後遺症があると説明されるならまだ理解ができる。だけど、変化とは一体なんのことなのだろうか……? 


「あの……変化って、何ですか……?」

「…………。ご自身の目で確認された方が早いでしょう」


 そう告げると、私の身体を押さえていた職員達の手がスッと離れる。相変わらず機械に繋がった管が取り付けられてはいるものの、これでやっと自由に身体を動かせる。
 解放された右手をゆっくりと動かすと、目前に掲げてその手を確認してみる。だけど、天井から降り注ぐ照明が眩しくてぼんやりとしか認識できない。


「……起き上がってもいいですか?」

「少し待ってください」


 淡々とした口調でそう答えた職員は、私の身体に取り付けられている管を一つずつ取り除いてゆく。そのまま全ての管を取り終えると、眼鏡を掛けた四十代らしき男性は無表情のまま口を開いた。


「どうぞ」

(…………。こんな顔をしてたのね)


 どうやら少しだけ眩しさにも慣れてきたようで、初めて目にする職員の顔を見てそんなことを思う。


「……ありがとうございます」


 なんとなくそう答えながら起き上がると、今度こそ自分の右手を確認してみる。


「──! な、に……? これ……っ、」


 思わず絶句した私は、自分の右手を見つめながらカタカタと震えた。
 目の前にある右手は確かに自分の一部だというのに、感覚から見た目までもが以前とはまるで違っている。右肘から指先までの皮膚は硬い鱗で覆われ、そのビジュアルはまるで魚の鱗のようだ。その既視感ある見た目に、思わずゾッとする。


(これじゃ……、まるであのバケモノじゃない……っ)


 地上で見たバケモノの姿を思い浮かべると、カタカタと震える口元から小さな声を上げる。


「これ……っ、何なんですか……? どうしてこんなことに……?」

「空気感染によるものです」

(空気感染……? これが……?)


 顔色一つ変えずにそう説明する職員を前に、信じがたい思いを胸に抱えながら静かに見つめ返す。
 専門的な知識などないにしても、空気感染が原因で身体が変異するだなんて症状は聞いたことがない。それとも、私の知識では及ばない“何か新種”のものなのだろうか?


「……っ……」


 いずれにせよ、私の右手があのバケモノのように変異してしまった事実は変わらない。
 その受け入れ難い現実にショックを受けると、私はカタカタと震える右手をそっと胸に抱きしめた。