朝、洗面所で父さんと並んで歯を磨いていると、ふと鏡に違和感を覚えた。
鏡の中の父さんは、僕を真顔でじっと見つめている。
「えっ」
横を見ると、歯を磨き終わった父さんが首を傾げた。
「どうした?」
「い、今、僕のことを怖い顔で見てた?」
「はは、なんだそりゃ」
父さんに、笑い飛ばされた。
もう一度鏡を見ても、映っているのは笑っている父さんだけ。なんだ、気のせいか……。
だけど、次の日。顔を洗い終わって鏡を見ると、後ろに真顔の母さんが映っていた。
「わっ……!」
ビックリして振り向くと、タオルを取りに来た母さんに逆に驚かれた。
「ちょっとなによ、急に大声を出して」
「い、いや……」
翌日には妹、その次の日はおばあちゃん。
なぜか愛犬のポムまで、鏡に映ると真顔になる。
でも、僕の目を通して見る家族はなにも変わらず、楽しそうに笑っている。
「ねえ、うちの鏡おかしくない?」
そう聞いても、家族は不思議そうな顔をするだけだった。
おかしいのは僕だけなのか……。
そして、翌朝。僕は早起きをして鏡の前に立った。
鏡の僕の口が、勝手にゆっくりと開く。
「ああ、これでやっと入れ替われる」
その瞬間、鏡の中の僕が真顔になった。
代わりに、鏡の前に立つ僕の顔は、満面の笑顔を浮かべていた。
〈解説〉
♦️このお話の違和感に、あなたは気づけたかしら?
鏡の中で笑っていなかった家族は、現実の家族ではなく『鏡の世界に閉じ込められていた本物の家族』だったのよ。
♣️毎日ひとりずつ真顔で語り手を見つめていたのは、「助けて」という最後のサインだったんだね。
♦️でも、その願いは届かなかった。最後には語り手も鏡の世界へ閉じ込められ、本物の家族は全員鏡の中に取り残されてしまったわ。
♣️じゃあ、現実の世界の語り手の家族は、みんな偽物ってこと?
♦️そういうことね。鏡から出てきた偽物は、今日も本物の家族になりすましたまま、何事もなかったように暮らし続けているのかもしれないわ。



